第3話:盛大な歓迎を受ける私と、鉄くずを抱えて泣き叫ぶ元婚約者
魔導帝国ガルディニアの皇宮の奥深く。
案内された『中央魔導工房』の前に立った私は、あまりのスケールの大きさに呆然と立ち尽くしていた。
「──どうだい、リーゼ。気に入ってくれただろうか」
隣でジークハルト陛下が、まるで子供が自慢の宝物を見せるような顔で、私を覗き込んでくる。肩から金色の髪が一房落ちていった。
私は開いた口をそのままに、ゆっくりと再び工房に顔を向けた。
……気に入るどころではない。
歩けば、コツンコツンと響く硬質の床。そこに描かれた細かなデザインが美しい。
開け放たれた大きな扉から中に入り、見渡して息を呑んだ。
元の国の薄暗く埃っぽい地下工房の、優に十倍はあろうかという広大な空間。
壁一面の棚には、温度や湿度まで完璧に管理された最高級の触媒が並び、中央には、伝説のドワーフが鍛えたとされる超高純度の錬金釜が鎮座していた。
「夢、みたい……。こんなに素晴らしい環境で、本当に私が働いていいのですか?」
「当然だよ。むしろこれでも、君の才能に対しては狭すぎると思っている。今日からここにあるすべての素材、すべての予算は君のものだ。誰も君の邪魔はさせない」
その言葉に、心が震える。あまりの幸福感に胸が弾んだ。
職人にとって、ここは間違いなく天国だ。
お礼すらも忘れて、そのまま進もうとした私を、陛下が寸前で手を出し止める。
「だがリーゼ。まずは、しっかりと栄養を摂ろうか。あの国に酷使され過ぎたようだからね」
そう言って陛下が背後に顔を向ける。気づいた侍従の一人が指示を出し、すぐさま工房のテーブルに、色鮮やかな最高級の宮廷料理が並べられた。
香ばしく焼き上げられた極上の肉に、瑞々しい季節の果物。そして疲労回復の最高級ハーブティー。
でも、工房で食べるなんて、と驚く私に陛下が言う。
「我が国には、使い始める建物で食事をする習慣があるんだよ。火入れの祝福と呼ばれていてね。炎の精霊が居ついてくれると言われている」
「なるほど。それは嬉しい話ですね。錬金術に炎は重要ですから」
深く頷くと、陛下が目を細める。それから眼鏡を指先で上げた彼は、わずかな笑みを作り手を差し出した。
「ではひととき、お付き合い願えるかな?」
「ええ。もちろんです」
そう……返したのだけど。
「ほら、リーゼ。口を開けなさい。君は手が汚れるのも気にせず、作業に没頭する癖があるのは知っているからね。私がすべて口に運んであげよう」
膝においで、と呼ばれ、戸惑いながらも座った私に甲斐甲斐しく料理を切り分け口に持ってくる。
さすがに恥ずかしくて、声を上げた。
「へ、陛下!? 自分で食べられますから……っ! フォークを渡してっ」
「残念だがその願いは聞けないよ。我が国の宝となる貴女を、健康にするのは皇帝の義務だからね」
顔を真っ赤にする私を、陛下は楽しそうに、だけど一切隙を見せないまま甘やかし続ける。
元の国で「華がない」「飯を食う資格もない」と、冷たいパンの耳を齧りながら徹夜していたのが、本当に嘘のようだった。
◇◇◇
一方その頃──ラムーバ王国の王宮は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「な、なんだこれは……! どういうことだ、チェルシーっ!!」
王子のレナードが、謁見の間に響き渡るような怒声を上げている。
彼の目の前に並べられているのは、騎士団から緊急で回収された、数百本もの『魔導剣』である。
かつては美しく青い魔法陣が輝き、鉄をも一刀両断した国宝級の武器たち。
しかし今、それらの刀身は錆びつき、まるで長年放置された粗悪品のように、無惨に折れ曲がったり刃こぼれしたりしていた。
「わ、私に言われても分かりませんわ、レナード様……っ ! 私はいつも通り、剣に『素敵ね』って魔力を込めただけですもの……っ!」
豪華なドレスを着たチェルシーが、涙目でガタガタと震えている。
「ふざけるな! お前が宮廷魔導具師の『真の天才』だったのだろう!? 国境の防衛結界の維持魔導具も、すべてヒビが入って今にも砕け散りそうだぞ! 魔獣が押し寄せてきたら、どうする?! この国は終わりだぞ!!」
「ひ、ひえぇっ……!」
彼らはまだ分かっていなかった。
チェルシーがどれほど高い魔力を持っていようとも、リーゼが設計した複雑怪奇な『三重並列バイパス回路』の術式コードを理解し、維持する技術がなければ、その魔力は何の意味もなさないということを。
彼女が去り際に契約解除をした瞬間、それらの武器はただの鉄くずに戻っていた。
さらにチェルシーが暴走気味に注ぎ込んだ生の魔力のせいで、かえって術式回路が過負荷を起こし、自壊しているものさえあった
「レ、レナード殿下! 大変です!」
そこへ、顔面蒼白の騎士が駆け込んでくる。
「り、隣国の魔導帝国ガルディニアが……! 我が国から亡命した天才魔導具師リーゼ様を、公式に『国賓』として迎えたと発表しました! さらに、リーゼ様を侮辱した我が国に対し、全魔導素材の輸出停止を厳密に通達すると……!」
「な……に……っ!?」
レナードの顔から、一瞬で血の気が引いていく。
「リーゼが、帝国へ……? あ、あいつは、ただの地味で無能な、華すらない女のはずだろ……っ!?」
その「華のない女」が、どれほど巨大な国家の背骨を一人で支えていたのか。
彼らがその取り返しのつかない大罪に気づいた時には、すでに、破滅への秒読みが始まっているのだった。




