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第2話:国境の駅で私を待っていたのは、噂の合理主義皇帝(※ただし重度の技術オタク)でした

ガタゴトと夜の闇を駆ける馬車に揺られ、私はラムーバ王国の国境沿いにある小さな駅へと降り立った。


手元には、自分の仕事道具だけを詰めたひとつのトランク。


身軽なものだ。あれほど尽くした国を捨てるというのに、私の心は驚くほど晴れやかだった。


(さて、手紙に書いてあった指定の待合室は……ここね)


寂れた駅舎の中、ひときわ頑丈な鉄の扉が開くと、そこにはおよそ辺境の駅には似合わない、豪奢な毛皮のコートを羽織った男の人が立っていた。


夜の闇にも負けない、淡い金色の髪。それを一つに結び、肩口に流している。眼鏡の奥には、翡翠色の瞳。


お隣の国──最強の軍事力を誇る「魔導帝国ガルディニア」の若き皇帝、ジークハルト・フォン・ガルディニア陛下その人だった。


「こんばんは」


そう頭を傾け、ニコリと微笑まれると戸惑ってしまう。


「こん、ばんは……?」


でもすぐにハッとする。


「えっ、あ、皇帝陛下……っ!?」


てっきり従者か誰かが迎えに来るものと思っていたから、まさか本人がいるとは思わず慌てた。


けど陛下は「気にしなくていい」と言う。


「これは非公式な顔合わせだからね。ここにいるのは私だけだ。気負わないで欲しい」


そう言いながら近づいてくる。そして私の手に握られたトランクを自然に取ると、空いている片手を差し出した。


「本当によく来てくれたね、リーゼ。君が私たちの誘いに応じてくれる日を、楽しみにしていたよ」


静かな、けれど熱のこもった声。

眼鏡越しで翡翠の瞳が柔らかく細められた。


そんな風に優しく見つめられたことは、今までになくて、思わず逃げるように差し出された手に視線を移す。


彼が頭上でフフッと笑った気配がして、そのまま私の手を握りしめた。その温もりに緊張してしまう。


「冷静沈着な合理主義者」と噂される皇帝のイメージからは、それなりに冷淡さがあるものと思っていた。だが、こうして実際会ってみると全く想像と違い、あたたかい空気に包まれている。


外に出ると黒い魔道自動車が停まっていた。世界に何台もない貴重な魔道車。馬車と違い、馬も必要なく、速度も比べ物にならない。


傍には側近とおぼしき男性が立っている。彼は後部のドアを開けて待っていた。


ジークハルト陛下にエスコートされ、滑り込むようにして中に入る。


そこは思ったよりも広く、ふかふかのソファや最高級の菓子類まで用意されていた。


隣に陛下が座り、正面に先程の男性が乗り込む。動き出すと、彼はククッと笑い声をこぼした。


「それにしても、先程の魔導網の強制終了(シャットダウン)。あれは君の仕業だろう? 素晴らしいね。国家規模の魔導具に、供給する魔力を全て消してしまうなんて。どれだけあの国が君を頼ってきたのか、目に浮かぶな」


ジークハルト陛下は、私の煤で汚れたままの作業着や、寝不足のクマなど一切気にする様子もなく、むしろ手放さないように繋がれたままの手をさらに強く握った。


その行動に胸が跳ねて、思わず返す。


「は、はい。クビだと言われたので、ただ私の魔力を回収しただけなのですが……」


「最高だよ。あの国は、君一人に全てを背負わせていた報いを受けただけだ。彼らは今頃どれほど愚かな真似をしたか、思い知っているだろうね。……さあ、我が国へ行こう。君の新しい職場を紹介したい」


そう言いながら、私の手に口づける。

そして目線だけ上げた。


「だがリーゼ、その前に、まずはゆっくり休むといい。ずいぶん細くなっている。以前見たときはここまでじゃなかったはずだろう? どれだけ酷使されていたのか」


「陛下……」


こうして身体を案じてくれる人は、今までいなかった。思わず瞳が潤んでしまう。


彼は私の頬に触れて、眩しげに目を細めて続けた。


「私の願いは、君が健康で、世界一幸せな環境でものづくりをすることだよ。欲しい素材があれば、ドラゴンの心臓でも古代の魔導書でも、世界中から揃えてあげるからね」


その言葉を聞いた瞬間、滲んでいた涙が引っ込んだ。


「ドラゴンの心臓……っ!? 本当ですか!?」


職人として、その名前を聞くだけで胸が高鳴ってしまう。


一瞬、驚いた様子で動きを止めた陛下だったが、すぐにクスクスと笑った。


「ああ、ドラゴンの心臓でも何でも、君が望むなら用意しよう。私の傍にいる限りずっと……いいかい、私の可愛い魔導具師?」


顔を覗き込まれて目を合わせて、言い聞かされるような言葉に思わずコクンと頷いてしまう。


陛下は満足そうに笑みを見せて離れた。


けれど、少しして咳払いすると再び口を開く。

それはどこか躊躇いがちにも聞こえた。


「移動続きで休ませたいんだが……一つ聞いても構わないだろうか」


「もちろんです。何でも聞いてください」


「実は君がラムーバ王国で設計した『量産型結界魔導具・参型』について、どうしても本人に聞きたいことがあったんだ」


ジークハルト陛下の翡翠の瞳が輝いた気がした。

気のせいかと思いながら返す。


「参型ですか? あれは予算を削られたので、かなり簡素な作りにしたはずですが……」


「簡素な……君はやはり素晴らしいね」


その呟きのあと、彼は急に早口になる。


「通常、結界の維持には高価な純度の高い魔晶石が必須だ。それを君は、外装の真鍮に刻んだ微細な三重並列のバイパス回路だけで、そこらのただの魔獣の魔石でも駆動できるように最適化しただろう? 高価な魔晶石の役割を、よく手に入る金属に代用させたんだ。あの呪術的なまでの回路の美しさは、我が国の特級魔導師たちが満場一致で変態的な天才の仕業だと絶賛していたよ」


先程までの優雅さと打って変わった姿に唖然としながら、なんとか返事をした。


「変態……いや、あれはただの……貧乏の知恵というか、予算がない中で工夫しただけで……」


「その()()のレベルが次元を超えているんだよ。既存の魔導工学の本を三冊は書き換える暴挙だね。 しかも、騎士団の剣に施した『自動修復』の特殊効果。あれも、術式の起点をあえて刀身ではなく柄の刻印にすることで、刃が欠けた瞬間の衝撃による術式崩壊を防いでいるね。私はあれを見た瞬間、あまりの美しさに一晩中眠れなかったくらいだ」


「……そこまで見られていたなんて」


私のオタク心までくすぐる部分をピンポイントで突かれて、胸が熱くなる。つい、余計な一言を洩らした。


「王国の宮廷魔導師たちは、あれを『地味な手抜き補強』だって笑っていましたけれど……」


瞬間、ジークハルト陛下の顔色が変わる。細められた瞳が曇り、指先で眼鏡を押し上げる。口角は上がっているものの声は、地を這う程低くなった。


「ラムーバには、ずいぶん低能な魔導師しかいないようだ。次に関わることがあれば……覚えておこうか」


「陛下……?」


戸惑いがちに声をかけると、陛下は私の肩を引き寄せ頭を首もとに当てた。ふわりと上品な香りが鼻を掠める。


「……君が私のもとに……我が国に来てくれて本当に嬉しいよ」


元の国では、「泥臭い」「華がない」などと毎日なじられ、否定され続けてきた、私の愛した技術たち。


それを、この世界最強の皇帝陛下は、これ以上ないほどの情熱で全肯定し、愛してくれている。


私もつい、身を預けてしまった。


「……ふふ。私も、作った魔導具をそこまで深く読み解いてくださる、ジークハルト陛下のもとに来られて、本当に良かったです」


「そう言ってくれた君に、これからも後悔させないと誓おうか」


耳元で囁かれた低く甘い声と、熱い視線。


今、世界最強の皇帝陛下に、その手も、才能も、すべてを求められている。


(レナード様、チェルシー。私はもう、私の価値を正しく愛してくれる人の場所へ行きます)


私は窓の外に流れるラムーバ王国の闇を見つめながら、これから始まる、新生活に胸を躍らせるのだった。

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