第1話:「地味で華がない」そうなので、私の魔力はすべて回収します
カツン、カツン、と静まり返った深夜の地下工房に、場違いな上品な足音が響く。
「──おい、リーゼ。まだそんな泥臭い作業をしていたのか。本当に華のない女だな」
徹夜で騎士団用の魔導剣に『自動修復』の術式を刻み込んでいた私は、煤で汚れた顔を上げた。
入り口に立っていたのは、私の婚約者であるこの国の王子レナード。そして、その腕に甘えるようにしがみついている、私の従妹のチェルシーだった。
母の妹の娘で、普段は遠方にいるのに、夜会のために王都へ出てきてからレナードと出会った。そして意気投合したようだ。
それからは、二人ベッタリとくっついていて離れない。
また今夜もその姿を見せられるのか、とうんざりしながら返す。
「レナード様、チェルシー。どうされたのですか、こんな夜更けに」
するとチェルシーが笑みを浮かべて「リーゼお姉さま」と呼ぶ。年が近いために昔から家に来ると「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と後ろをついていたのが懐かしい。
いつの間にか蔑むように私を見始め、今夜もドレスのフリルを揺らしながら勝ち誇ったように続けた。
「長い間、お疲れ様。でも、もうその汚い作業着を着る必要はなくなったわよ?」
「必要がなくなった……?」
嫌な予感が胸をよぎった瞬間、レナードが冷酷な声で書状を突きつけてきた。
「リーゼ・アインワース。本日をもってお前を宮廷魔導具師から解任、並びに婚約を破棄する。お前のような無能に、これ以上王宮の貴重な予算を使わせるわけにはいかないからな」
「……解任、ですか? 私がこの国のすべての魔導具の維持を一人で担っているのですが」
「フン、嘘を言うな。お前がいつも工房に引きこもってサボっている間、騎士団の武器を強化し、国境の結界を維持していたのは、すべてチェルシーの『聖なる魔力』のおかげだと判明したのだ。お前は彼女の手柄を横取りしていただけの詐欺師だ!」
驚いた。チェルシーは王都に遊びにきては、たまに工房に入って「わあ、キラキラして綺麗ね!」と、私の完成品を触っていただけだ。
どうやら、彼女の実家のブルーレ侯爵家がチェルシーを王妃にするため、私の実績をすべて彼女のものとして王家に報告したらしい。
思わず顎に手を添え、考え込んでしまう。
「……」
このままだと、本当に婚約破棄となるかもしれない。
私の父アインワース侯爵は気弱で母の実家には口を出せないし、そもそも母が亡くなってからはさらに私に興味を失い、最近は会話すらもしていなかった。
この事態を知ったところで、力になってくれるとは考えられない。
私だって、そんな家が嫌で工房に引きこもっていたのに、今さら都合よく頼れない。かといって、このままこの場所も奪われるのか、と思うとさすがに辛い。
仕方なしに、反論を試みる。
「レナード様、チェルシーが維持しているように見えたのは、私の魔導具がチェルシーの魔力と一時的に『共鳴』しやすい素材を使っていたからですよ。その指輪もそうです。本質的な核は、私の固有魔力ですよ」
「黙れ! 見苦しい言い訳をするな! すでにアインワース侯爵家からも、お前のような煤だらけな娘は勘当したと聞いている。荷物をまとめて、今すぐ我が国から出て行くがいい!」
「え……」
レナードは私の言葉に耳を貸そうともせず、チェルシーの腰を抱いて鼻で笑った。
でもそれ以上に、父が私を見限ったと聞いて、一瞬で、頭の中の冷たいスイッチが入った。
(……ああ、そうですか。もう、いいや)
毎日寝る間も惜しんで、この国のために技術を捧げてきた日々。それはいずれアインワース家のためにもなると信じていた。それが、まったくの無意味だったと知って未練が消え失せる。
一つ息を吐いて、言葉を返す。
「分かりました。国令とあらば、今すぐ退去いたします」
「フン、最初からそう言えばいいのだ。さあチェルシー、こんな埃っぽい部屋からは出よう」
二人が背を向けて歩き出した、その時だった。
私は机の引き出しから、あらかじめ用意していた『移籍用』の契約破棄魔導書を取り出した。
「──レナード様。私が作った魔導具に宿る魔力は私のもの。クビにする以上、当然、すべて回収させていただきますね」
「は? 何を言って──」
レナードが振り返るより早く、私は魔導書を開き、自身の固有魔力を一気に解放した。
『コード・ゼロ:全術式の強制解約』
パァン!!!と、王宮の地下から地響きのような音が鳴り響く。
次の瞬間、机の上に置いてあった青い石の核に宿っていた私の魔力が、光を失い沈黙する。
同時に、今まで煌々と灯っていた天井の明かりが消えた。机の端に置かれたランプの炎だけが、心もとなく揺れている。
「な、なんだ!? 突然、王宮の灯りが……!?」
レナードが腰の剣を抜こうとするが、鞘の中でガタガタと音を立て、刀身に刻まれていた青い魔法陣がガラスのようにパリンと砕け散った。
「私の魔力がなければ、それらはただの鉄くずと石ころです。これからはチェルシーの素晴らしい魔力だけで、国中の武器も結界も、一から作り直してくださいね」
「お、お姉さま、何をしたの……!? 私の指輪の魔力まで消えてるわ!?」
真っ青になる二人を無視して、私はあらかじめ荷物をまとめておいたトランクに核を押し込み持ち上げて、優雅に一礼した。
「それでは、お幸せに」
実は、隣の魔導帝国ガルディニアの情報部から、「うちに来てくれたら予算も工房も無限に用意する」という熱烈な引き抜きの手紙を、数日前から貰っていたのだ。
どこで働くかは、職人が決めるもの。
私はパニックになる王宮を後にして、堂々と国境へ向かう馬車へと乗り込んだのだった。




