第19話:世界一の花嫁と、秘密のドレスに愛を込めて
「リーゼ様、動かないでくださいませっ! 裾の魔法刺繍がずれてしまいます!」
「ひやぁぁっ……! エレーナ、その針、お尻に刺さりそうなんですけど……!?」
皇宮の特命ドレス仕立て室。
私――リーゼ・アインワースは、何十人もの帝国最高峰の針子や魔導師たちに囲まれ、身動きが取れずに悲鳴を上げていた。
旧祖国ラムーバ王国の瓦礫化、そして芸術の国のクロード大公との勝負を経て、日常が平和を取り戻してから一ヶ月。
本日はいよいよ、ガルディニア帝国皇帝ジークハルトと、ただの錬金術師である私の皇宮結婚式当日だった。
ジークに引き抜かれて、一緒に過ごすうちに恋人のような関係となり婚約者となった後も、どこかずっと今の状態が続くと思っていた。
それがいざ本当に結婚となると、わずかな不安が浮かぶ。
――本当に私が皇妃となっていいのかな、と。
でも、ジークが選んでくれたのだから、と首を軽く振って、気を紛らわせるように部屋の中央へ目をやる。
そこには世界中から届いたお祝いの品が部屋を埋め尽くし、窓から見える帝都の街並みは祭りの熱気と色とりどりの花々で溢れかえっていた。
少しして「終わりましたよ」の声に顔を上げる。つい、言葉がこぼれた。
「……それにしても、このウェディングドレス……凄すぎませんか?」
鏡に映る自分の姿を見て、思わず息を呑む。
純白のシルクに刻まれているのは、ただの綺麗な刺繍ではない。ジークが帝国最高の魔導師たちと数週間不眠不休で仕込んだという、超高密度・防御&環境調整魔法回路が金銀の糸で美しく織り込まれていたのだ。
「フフッ、当然ですわリーゼ様! 陛下は『式中のいかなる刺客も、気温の変化も、ドレスのシワすらも我が妻を不快にさせることは許さん』とおっしゃって、回路の設計に命を懸けておられましたから!」
「設計に命を懸けるベクトルが絶対におかしいです……!」
着心地はまるで羽毛のように軽く、体温は常に快適な一定に保たれ、さらには軽度の衝撃波すら無効化する完全防御仕様。
世界で一番安全で、世界で一番贅沢な「魔導ウェディングドレス」であった。
◇◇◇
「――入るぞ、リーゼ」
コンコン、とノックの音が響き、重厚な扉が開かれた。
現れたのは、漆黒の礼装に身を包んだジークハルトだった。淡い黄金色の髪を後ろに流し、普段の威厳に加えて、どこか緊張した面持ちを見せている。
針子たちが一斉にお辞儀をして部屋を退出すると、室内には私とジークハルトの二人だけになった。
「……ジーク。どうですか……? 変じゃないですか?」
私は少し照れくさくなり、ドレスの裾をキュッと掴んで首を傾げた。
ジークハルトは足を止め、その瞳を大きく見開いたまま、金縛りにでも遭ったかのように私を見つめている。
その沈黙が数秒間続き――。
「……ジーク?」
「……ああ……あまりの美しさに、息をすることすら忘れていたよ……」
ジークハルトはゆっくりと歩み寄ると、震える手で私の頬を包み込んだ。その瞳には、溢れんばかりの愛おしさと熱量が宿っていた。
「綺麗だ、リーゼ。私の世界で一番美しく、誇らしい花嫁だな」
「~っ! だ、だから褒めすぎですってば……!」
顔がカッと熱くなる私を、ジークハルトはそのまま優しく抱き締めた。ドレスの自動温度調節機能をもってしても、彼の体温と、胸の奥から伝わってくる激しい鼓動の熱さまでは抑えきれない。
「あの駅で、君の手を取ったあの日から……私はずっとこの日を夢見ていた。君を惨めな運命から救い出したつもりが、救われていたのは私の方だった。君の技術が、君の笑顔が、冷たかった私の世界をすべて変えてくれたんだ」
「ジーク……」
「愛している、リーゼ。皇帝として、そして一人の男として、生涯君だけを愛し、守り続けると誓う」
甘く耳元で囁かれ、胸がぎゅっと締め付けられる。
かつて家族からも婚約者からも無能と虐げられ、冷たい地下室で寂しく作業をしていた私が、今、世界で一番高貴で優しい人に、こんなにも愛されている。
「私も……私も大好きです、ジーク! ジークの隣にいる時が、私にとって一番幸せで……一番ワクワクする時間なんです!」
私が背中に手を回して強く抱き返すと、ジークハルトは心底嬉しそうに目を細め、そっと私の唇に重なった。
一度、二度と重ねられる深く甘いキス。誓いの言葉を交わす前だというのに、彼の押し込められた愛が溢れていた気がした。
◇◇◇
そして――。
帝都の大聖堂の扉が、重々しく開放される。神々しさを背にし、二人が姿を現した。
「――新郎新婦、ご入場!」
盛大なファンファーレが鳴り響き、割れんばかりの拍手と歓声が二人を包み込む。
ステンドグラスから差し込む光の中、私はジークハルトの腕に手を添えて、赤絨毯のバージンロードを歩み始めた。
参列者の中には、涙を流して祝ってくれるエレーナたち工房の仲間や、どこか温かい笑顔で拍手を送るクロード大公の姿もあった。
大司教の前に立ち、誓いの言葉を交わす。
「ガルディニア帝国皇帝ジークハルト・フォン・ガルディニア。汝はリーゼ・アインワースを妻とし、健やかなるときも病めるときも――」
「誓う。我が魂のすべてを捧げて、彼女を愛し抜くことを」
「リーゼ・アインワース。汝はジークハルト・フォン・ガルディニアを夫とし――」
「はい! 誓います! 一緒に新しい魔導具をたくさん作って、世界中を驚かせることを誓います!」
「……くっ、ハハハ! 式の誓いでも『ものづくり』か! さすが我が妻だ!」
式場の厳かな雰囲気が一瞬で和やかな笑いに包まれ、ジークハルトが楽しそうに弾んだ声を出す。
そして、大司教が「誓いの指輪を」と告げた時、ジークハルトがポケットから取り出したのは――黄金に輝く、見たこともない指輪だった。
「これは……指輪に永久結合の術式が刻まれてる……!?」
「フフッ、そうだ。君と私の魔力を永久に同期させ、どこにいてもお互いの存在を感じられる特注品。……外すことは許さないが構わないな?」
「もうっ! どこまで過保護なんですか!」
お互いの薬指に指輪を嵌め合い、二人は再び向き合う。
「――では、誓いのキスを」
ジークハルトが私のベールを優しく上げ、今度は世界中の人々の前で、永遠を誓う深いキスを交わした。
溢れんばかりの拍手が起こり、天上から色とりどりの花びらが舞い散る。
こうして、虐げられていたはずの私は、いつの間にか帝国の皇后となり、世界で一番幸せな花嫁になることが出来た――。




