第18話:魔改造のオルゴールと、大公の誤算
翌朝。皇宮の謁見の間には、昨日と変わらず余裕のある笑みをしたクロード大公の姿があった。
彼はジークハルトを見るなり、軽く言う。
「朝から公務とは、頭が下がる思いだ。んで? こんな短時間で解き明かした、なんて言わないよな。……お前は昔から決断は早かったし、今回も早々に決めたってことだろう? レグザニアの宝が一朝一夕で扱えるとは思えないからな」
クロードはフッと口角を上げ、勝ち誇ったように強気な声で告げた。
その瞳には、リーゼを公国へ連れて行けるという考えが透けている。
しかし、玉座に座らず寄りかかったままのジークハルトは、昨日までの殺気立った焦りが嘘のように、優雅に腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。
「大公、口を動かす前に、まずはその目で結果を確認したらどうだ?」
ジークハルトが言うと、タイミングよくリーゼが中央へと進み出た。
その腕に抱えているのは、昨日渡された精霊のオルゴール。外観の金銀細工は磨き上げられ、宝石たちはまるで命を宿したかのように眩い光を放っている。
クロードが侍従を呼び、反応した一人が近づいてくると、リーゼがオルゴールを手渡した。そのついでにクロードへも声をかける。
「クロード様、お待たせしました。修理、バッチリ完了しましたよ!」
侍従が持ってきたオルゴールを、クロードが横から覗き込む。
「……へえ。見た目はさらに磨かれているな。さすが職人といったところか。だが、内部の古代暗号回路は……」
「あ、それなんですけど」
リーゼはけろりとした顔で、オルゴールの側面にある小さなレバーを指差した。
「このオルゴールの内部回路、ものすごーく古くて回りくどい設計になっていたんです。特に、魔力を音色に変える共鳴水晶の並び順なんて、エネルギー効率が最悪で……。だから、回路を全部バラして最新の二重並列回路に組み直しておきました!」
「……は?」
クロードの整った笑みが、ピクリと引きつった。
「ば、バラした……? おま……君はレグザニアの歴史的な工芸品の内部構造を、勝手に書き換えたと言うのか!? それじゃあ元の美しい音色が失われて――」
「失われるわけないじゃないですか! 職人を舐めないでください」
リーゼはフンと鼻を鳴らすと、オルゴールのネジをキュッと回す。すると、カタカタと微かな音がして……
ピン……ポロン……♪
静かな謁見の間に響き渡ったのは、今まで誰も聴いたことがないほど透き通った音だった。耳の奥まで馴染み、それでいて神々しいまでに美しい精霊の奏でる旋律。
空気中の魔力が音色と同調し、光の粒子となって幻想的に部屋中を舞い踊る。
クロードの目が信じられないとばかりに、見開かれる。息を呑み、動きを止めた。少しして、その瞳が徐々に潤み始める。
震える唇から、言葉がこぼれる。
「これは……ここまで美しいなんて……! 音の深み、魔力の循環……我が国の宮廷音楽家たちが束になっても届かない、音色だ……っ!」
クロードは、その場に釘付けになった。
彼の中にある『美』の心に、リーゼの生み出した圧倒的な完成度の前に、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
そのリーゼが得意気に胸を張る。
「ふふん、すごいでしょう? でもね、大公様。これだけじゃないんです」
リーゼはニヤリと悪戯っぽく微笑むと、オルゴールの裏側に新設された謎のボタンをポチッと押した。
そして、続ける。
「実はこの回路の大元が、私が昔ラムーバ王国で作ろうとした目覚まし魔導具と同じだったんです。あの時は部品が粗末で耐えられなくて――だから、当時作りたかったある機能も追加してみました!」
「追加した機能……だと?」
クロードが大公としての直感で嫌な予感を察知した瞬間――。
『――ピピピピピ! コロンコロン!! ジリリリリリッ!!』
パンッパンッパンッ!!!
「「きゃあああああっ!?」」
軽やかな音を出したオルゴールはすぐに爆音となり、光の球を放ったかと思うと、それらが弾け部屋全体を激しく揺らす超振動波を出した。
仕掛けたリーゼと、控えていたエレーナまで叫び声を上げる。
あまりの風圧と衝撃に、控えていた近衛兵たちの兜がガタガタと震え、クロードの自慢の美しい赤髪は凄まじい勢い後ろへと吹き飛ばされ、一瞬で爆発したウニのような凄惨なボサボサ頭と化す。
同じようにボサボサ頭になったリーゼが、照れたように笑った。
「ちょっと出力が激しすぎましたね……えへへ。どんなに朝に弱い人でも一発で目が覚める目覚ましオルゴールにしたかったんですが」
だがクロードは拳を握り、わなわなと震え始めた。
「り、リーゼ嬢ぉぉぉぉっ!?? 芸術品になんていう改造をっ!?」
いまだ鳴り止まない爆音の嵐の中で、ボサボサ頭のクロードが叫ぶ。
その喜劇のような光景を前に、離れて見ていたジークハルトはクックッと腹を抱えて笑いを噛み殺していた。
そして抑えた声を出す。
「――静かに」
リーゼが再びボタンを押すと、静寂が訪れた。
ジークハルトが優雅にクロードの元へと歩み寄ると、その肩をポンと叩く。
「約束通り、我が国のリーゼは機関部は修復させてみせたぞ、クロード大公。これで我が国と貴国との貿易関税は、今後十年間大幅引き下げだな?」
「っ……く……! 皇帝……陛下……っ」
「いやなに、素晴らしい成果なものだ。ついでに、その目覚まし機能も貴国の特産品として売り出してみてはどうだい? 朝の弱い貴族たちに大ウケ間違いなしだ」
ジークハルトの輝くばかりの最高な笑みに、クロードは悔しそうに歯噛みした。
しかし、乱れた髪を必死に手ぐしで整えながら、クロードは大公としてのプライドを振り絞り、ふっと苦笑いを漏らした。
「……認めざるを得ないな。まさかレグザニアの宝が、こんなにも簡単に修復されるとは……。オレの敗北だ」
クロードは深々と頭を下げると、リーゼに向かって真っ直ぐな視線を向けた。
「リーゼ嬢。あなたの技術と発想は、私が思い描いていた芸術の枠すら遥かに超えていたようです。……私の国へお連れできなかったのは実に惜しいですが、あなたのような方を射止めた皇帝陛下に、心からの敬意を贈りましょう」
策士大公は爽やかに負けを認め、帝国との貿易協定にその場でサインを交わしたのだった。
◇◇◇
その夜。
大公を見送り、大勝利を収めた帝国の執務室で。
「ハハハ! 見たかいリーゼ、あの男の爆発した髪型を! 最高の気分だよ!」
ジークハルトはご機嫌そのもので、リーゼを抱き上げると、そのまま自分の膝の上へと降ろした。
昨日の焦りや不安は完全に吹き飛び、勝利の喜びに瞳を輝かせている。
「ジーク、笑いすぎですよ……。でも、関税が安くなって帝国のお金が増えれば、もっと新しい実験材料が買えますよね?」
「ああ、もちろん。いくらでも購入しよう。君の好きなだけな」
ジークハルトはそう言うと、リーゼの額に優しくキスを落とし、そのまま甘く深々と唇を重ねた。
「……ジーク……っ?」
突如として始まった甘さに、リーゼの顔が一気に真っ赤に染まる。
「約束だろう? リーゼ。君は絶対に誰にも渡さない。……さあ、邪魔者はすべて消え去った。いよいよ本番だな」
ジークハルトの低い声が、熱を帯びて耳元で囁かれる。
「――世界一幸せな花嫁になる準備は、できているかい?」
「ジーク?」
なにやら含みのある表情に、リーゼが首をかしげる。ジークハルトは一人愉しげに笑った。




