第14話:従妹の恨みと、暴走する深淵の遺物
「……どうして……! どうして私ばかりが、こんな目に遭わなきゃいけないのよぉぉぉっ!!」
崩壊したラムーバ王国の地下大聖堂。
かつて絢爛豪華なドレスに身を包み、「愛らしき聖女」と人々からチヤホヤされていたチェルシー・ブルーレの姿は、そこにはなかった。
髪はボサボサに乱れ、高級だった絹のドレスは泥と煤で黒く汚れ、爪は剥がれかけて血が滲んでいる。
国境での戦いで、レナード王子が帝国の新兵器によって完膚なきまでに叩きのめされ、ストーカーとしてのプライドを砕かれて廃人となって拘束された。その報が届いた瞬間、かの国は完全に瓦解したのだ。
騎士たちは逃げ出し、民は王宮に石を投げ、贅沢三昧だった宮廷魔導師たちも我先に財宝を奪って姿を消した。
残された彼女は、瞳に黒い炎を宿す。
「全部……全部あの女のせいよ! 泥臭くて地味なくせに、大人しく地下室で私に手柄を譲っていればよかったのよ! なのに……帝国で皇帝に媚びを売って、私からすべてを奪い取った……!」
チェルシーの心に渦巻くのは、反省でも後悔でもなく、従姉であるリーゼへのドロドロとした黒い憎悪だけだった。
自分が次期王妃として称賛されていたのは、それまでリーゼが地下室で徹夜で刻んでいた魔法陣のおかげだったということ。
自分が真の無能であり、リーゼがいなくなったことで国の全システムが自壊したという現実。
それらすべてから目を背け、身に降りかかる不幸を「リーゼのせい」にして呪い続けていた。
「待っていなさい……。私には、まだ『これ』があるんだから……!」
チェルシーが震える手で開いたのは、王国が建国以来、禁忌として封印してきた超古代の暗黒魔導書だった。
そこには、世界を崩壊させかねない邪悪な古代遺物――深淵の遺物の召喚儀式が記されている。
彼女は、わずかに口角を上げる。
「これを使えば……どんな大軍も、あの生意気なリーゼも……全員まとめて灰にできる。そうすれば あの皇帝は私を必要とするわ。私が……私こそが、この世界で一番特別になるべきなのよぉぉっ!」
狂気にとりつかれたチェルシーは、傍らに置いていたナイフを掴み、自分で腕を切りつけ、冷たい石畳の上に血の魔法陣を描き始めた。
元々、まともに魔法陣の理論すら学んでいない彼女だ。
魔導書の意味すら正確に解読できていないまま、ただ憎しみだけに任せて魔力を流し込んでいく。
「出でよ……! 深淵の遺物! 我が怨嗟に応え、すべてを焼き尽くせ!!」
ブワッ……!と、地下大聖堂の空気が一瞬で凍りついた。
次の瞬間、地面に描かれた血の魔法陣が禍々しい紫黒の光を放ち、空間がベリベリと音を立てて裂け始める。
裂け目から溢れ出したのは、息もできないほどの濃密な呪いと、吐き気を催すほどの圧倒的な質量を持った暗黒の魔力だった。
「ひっ……!? あ、ははは! 出た……出たわ!!」
光の中から現れたのは、漆黒の金属で覆われた、不気味に脈打つ巨大な多面体の巨石――古代遺物『深淵の眼』だった。
しかし、召喚が成功したと歓喜したのも束の間。
深淵の遺物が表面の大きな眼を見開き、起動した瞬間、チェルシーの体内から、残っていた全魔力がドッと津波のように吸い上げられた。
「あぐっ……!? な、なにこれ……魔力が……吸い取られる……っ!?」
ゴボッと口から血を吐き出し、チェルシーは膝から崩れ落ちた。
全身の血が逆流し、骨が軋むような激痛。皮膚は見る見るうちにカサカサに乾き、鮮やかなローズピンクの髪の毛の艶が失われていく。
古代遺物を維持・制御するための魔力消費量は、一国の特級魔導師が数百人群がっても足りないほどのスケールだった。魔法の基礎すら怪しいチェルシー一人の魔力など、一瞬で奪われてしまう。
「や、やめて……! もう魔力がないの……! 私の命まで吸わないでぇぇっ!」
チェルシーが悲鳴を上げながら命乞いをするが、意思を持たない暗黒の機械は止まらない。
それどころか、マスターとなる者の魔力が不完全で、制御回路が破綻していることを検知した深淵の遺物は――
『――――ギギギ、エラー。制御者ノ魔力不足。新タナ制御者ヲ求ム――――』
キィィィィィィィン!!
「きゃああああああっ!?」
鼓膜が破裂しそうなほどの超高音とともに、遺物から放たれた黒い衝撃波が地下大聖堂を粉々に打ち砕いた。
天井が崩落し、王宮の建物がガラガラと崩れ落ちる。
制御を失った暗暗の魔力は、渦を巻いて空へと噴き出し、空を漆黒の雲で覆い尽くしていった。
さらに、その禍々しい魔力に引き寄せられるように、世界各地に眠っていた他の古代遺跡までもが次々と共鳴を起こし、世界中で魔獣たちが狂暴化し始めたのだ。
「なんで……なんでよ……!? どうして私の言うことを聞かないのよ!!」
瓦礫に足を挟まれ、ピクピクと震えながらチェルシーは泣き叫んだ。
自分が呼び出した怪物に、自分が最初に殺されそうになっている。
黒い光を撒き散らし、周囲の空間を破壊しながら暴走を続ける深淵の遺物を見上げながら、チェルシーはようやく自分の置かれた状況を理解する。
その蒼白になった唇から「イヤ……」と、絞り出された。
「た、助けて……! 誰か助けてぇっ! レナード様! お父様! ……リーゼ……! リーゼぇぇっ!!」
かつて自分があれほど見下し、地下室に閉じ込め、最後には追い出した従姉の名を、チェルシーはなりふり構わず叫んでいた。
どんなに理不尽に怒鳴られても、黙って壊れた魔導具を完璧に直してくれた、あの都合のいい彼女の姿を。
「リーゼ……! お願い、助けて……! あなたなら、このバカな置物を直せるんでしょう……!? 助けに来てよぉぉぉっ!!」
だが、彼女の慟哭に応える者は誰もいない。
紫黒の嵐が荒れ狂う中、惨めに泣きじゃくりながら震えることしかできないチェルシー。
その頃、はるか遠くガルディニア帝国の工房で、リーゼが「なんだか古い骨董品が暴走してますね」と呆れ顔で新たな魔導具の起動スイッチを押そうとしていることを、憐れな従妹はまだ知る由もなかった――。




