第13話:お次は農業改革!とても便利なクワを作ってみました
「――よし、これで完成です!」
ガルディニア帝国の中央魔導工房に、思わず出した私の元気な声が響いた。
テーブルの上に置いたのは、一見するとどこにでもあるような、ごく普通の一本のクワ。よくある農具の一つだった。
見ていたエレーナが、恐る恐る声をかけてくる。
「リーゼ様……。あの、大変恐縮なのですが、それはいったい……何でしょうか?」
彼女はそう首をかしげた。私は思い切り、胸を張って答える。
「これ、実は……様々な機能がついている名付けて『らくらく耕作クワくん・一号』なんです」
「クワ……ですか?」
いまだキョトンとしているエレーナに「そうですよ」と、笑いかける。
もともと帝国の土地は荒れやすく、作物が育ちにくい土壌が多いと聞いていた。だから、誰でも簡単に土壌改良ができればと考え、今回は農具を作ってみようと思い立った。
細かな説明をすると、ようやく納得したもののさらに疑問が出てきた様子でエレーナは呟く。
「……土壌改良を、クワ一本で……?」
私はそんな彼女に、ニヤリと笑って返す。
「このクワ、刃先に大地の精霊の力を引き出す『超活性化』の術式を刻んであるんです。これで一度土を耕すだけで、土の中の栄養素が百年分の堆肥を混ぜたのと同じ状態になります。ついでに、害虫を自動で追い払い、軽度な病気も回復するシールドと、雨が降らなくても地中から水分を吸い上げる汲み上げ機能も簡易ながら並列で仕込んでおきました!」
「……へ?」
エレーナが目を瞬かせる。私はフフッと笑った。彼女がこんな反応になるのもわからなくはない。
今、帝国の荒地問題は、国家の農務省が毎年天文学的な予算を投じ、何千人もの魔導師が必死に結界を張って、ようやく数パーセントずつ緑化している超巨大国家プロジェクトだと聞いている。
それを、この「誰でも簡単に耕せるクワ」にすべての解決策を詰め込んでしまったのだから、驚くはず。
ジークに伝えたときのことを想像して、ワクワクしながら続けた。
「これなら、魔法が使えないおじいちゃんやおばあちゃんでも、一回ザクッと耕すだけで、最高品質の金色の小麦が毎年ザクザク実りますよ!」
「国家予算……農務省の数十年分の血と汗が、一本のクワに負けた……っ!?」
エレーナがガタガタと震えながらクワを拝み始める。
いつの間にか何かの宗教のように、魔導具を作ると拝まれることが増えてしまって、苦笑する。
そこへ、執務室から戻ってきたジークハルトがやってきた。私の腰を慣れた手つきで引き寄せ、おでこに優しくキスをする。
「今日も素晴らしいものを作ったね、リーゼ」
「ジーク! 驚かないんですね。もしや知っていたのですか?」
他の魔導具作りの合間にこっそり作業していたはずなのに、不満を込めて聞く。すると彼は悪びれもせず「もちろん」と言った。
「君のことは全て知っておきたいからね。だが……これは」
私から離れてクワをまじまじと見る。ジークは感心したように続けた。
「何かを作っていることは知っていたが……なるほど、土壌の活性化と天候不順への対策をすべて常時発動するようにして問題を解決した農具か。素晴らしい。こんな小さなものに全ての術式を組むのは不可能だと思われていたが……これを帝国の全農村に配布すれば、我が国の食料自給率は安泰だな。即座に量産ラインを構築しよう」
「陛下!? 量産されるのですか!?」
エレーナが悲鳴を上げるが、ジークハルトは「私のリーゼの発明品だぞ、当然だろう」と誇らしげに胸を張る。
「リーゼ、君のおかげで帝国はまた一歩、争いのない豊かな国へ近づいたよ。本当に、君は私の最高の――」
ジークハルトがまた私を抱きしめ、甘い言葉を囁こうとした、その瞬間。
チリッ、と。
工房の空気が、不気味に震えた。
「――っ!?」
私は無意識にジークハルトの胸を押して身を引いた。
工房の片隅に置いてあった、古代の魔導金属や測定器が一斉に、キィィィンと耳障りな高音を立てて振動し始める。
「魔力の波長が……乱れている? いえ、これは……世界中の魔力そのものが、底から揺らされている……?」
魔導具職人として、そして一魔力を扱う者としての本能から鳥肌が立ってしまう。
ジークハルトの表情も、一瞬で鋭い『皇帝』のものへと戻った。ほぼ同時に、工房の扉が叩き割らんばかりの勢いで開かれる。
「陛下! 緊急事態です!」
入ってきたのは、顔面を蒼白にした帝国の現魔導師長だった。
「世界各地に存在する、制御不能の超古代遺跡――古代遺物が一斉に共鳴を始めました! 現在、各地の遺跡から異常な高濃度の魔力が噴出し、周辺の魔獣たちが狂暴化、結界を破って街へ押し寄せようとしています!」
「何だと……!? すべての遺跡が同時にか?」
「はい! さらに……我が国と国境を接する、崩壊寸前のラムーバ王国からも、不穏な魔力の暴走が観測されました。どうやらあちらの宮廷魔導師たちが、国を再建するために禁忌とされていた深淵の遺物を起動してしまい、制御を失って暴走させている模様です!」
ラムーバ王国。
元婚約者レナードが去り、崩壊の一途をたどるあの国で、最後に残された従妹のチェルシーたちが、自らの破滅を免れるために、世界を滅ぼしかねない最悪の禁忌に手を出してしまったようだ。
「……私の描いた術式なら、あの暴走する古代遺物の波長を相殺できるかもしれません」
私は設計図の束を握り締め、ジークハルトを見上げた。
「ジーク。帝国を守るために、そして私の技術のすべてをかけて、あの暴走を止めさせてください」
ジークハルトは一瞬動きを止める。その一瞬に迷いが見えた。
けれどすぐ――私の手を強く握り返し、頼もしく微笑み返す。
「ああ、そうだな。君の行く道は私がすべて切り開こう。……愚か者たちに、本物の魔導が何たるかを、今度こそ教えてやろうじゃないか」




