第12話:英雄の帰還と、 癒しの時間
「――リーゼ様万歳!」「帝国の美しき天才錬金術師に栄光あれ!」
国境での戦場大掃除から数日。私とジークハルトを乗せた魔導馬車が帝都の正門をくぐった。その瞬間、地鳴りのような大歓声が街中に響き渡った。
馬車の窓から外を覗くと、お忍びデートで訪れたあの活気ある街並みが、色鮮やかな花吹雪で埋め尽くされている。
住人たちは皆、綺麗な飾りをつけた小さい国旗を振りながら、満面の笑みで私たちの帰還を祝ってくれていた。
私はパッとジークを振り返る。
「すごい熱気ですね、ジーク……。皆さん、まるで大戦に勝ったかのような大騒ぎです」
「それ以上の快挙だからね。我が国の兵に一人の死傷者も出さず、敵の武装と不気味なゴミだけを完璧に無力化して片付けたんだ。君は名実ともに、この国を救った英雄だよ」
フフッと笑ったジークハルトは、私の腰を引き寄せ、愛おしそうに額にキスを落とした。
そして、見つめてくる眼鏡越しの翡翠色の瞳。そこには冷徹な皇帝の面影など微塵もなく、ただただ私への深い愛情だけが揺らめいている。
それから大通りを抜けて、皇宮へと戻ると、さらに凄まじい光景が待っていた。
「お待ちしておりました、リーゼ様ぁぁっ!!」
出迎えてくれたのは、専属侍女のエレーナ率いる、帝国の特級・上級魔導師たちの軍団だった。彼らはなぜか全員、お揃いの作業着を身にまとい、目をギラギラと輝かせている。
見覚えがあるな、と思ったら私が工房で着ているものの帝国アレンジ版だった。
先頭にいるエレーナが、ズイッと前に出ると私の手を取る。
「戦場での広域魔導消去の術式、遠隔での観測データを見て我が研究所は一同気絶いたしました! 空間魔法の応用であれほどの規模の武装回収を行うなど、もはや神業! ぜひ、あの兵器の構造をご教授ください!」
「あ、あれはただ、クルクルくんの吸引力を戦場スケールにして、ついでに魔力の波長を敵の魔法陣に合わせただけなのですが……」
「それをただの応用と言い切るのが最高に恐ろしいです、我らが魔導具の女神様……っ!」
彼女の言葉に、なぜかエリート魔導師たちが一斉にその場に跪き、私を拝み始める。
驚きつつ「やめてくださいっ!」と言っても、おかまいなしで拝み続ける彼らに、ジークも苦笑した。
でも、そんな光景を見ながら、ふと元の国が頭を過る。
毎日身を粉にして働いて「泥臭い」となじられた遠い記憶。ここでは私の技術そのものが、こうして愛されている。そのことに触れる度、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
けど、やっぱり拝むのはやりすぎかもしれない。
困っていると、ふいに背後からスッとジークが近づいてくる。
「――そこまでにしなさい、我が国の優秀な頭脳たちよ」
彼が、跪く魔導師たちの前に立ちはだかり、私を背中に隠すように遮った。
「リーゼは遠征から戻ったばかりで、疲れているんだよ。これ以上の技術的な質問は、彼女が十分に休んでからにするように。……それと、エレーナ」
「は、はい! 陛下!」
「リーゼの新しい工房に、私が特注した極上シルク仕様の超高密度魔力回復ベッドと、最高級の紅茶、そして帝都一番の人気店の新作スイーツを用意しておいた。……彼女の休息を邪魔する者は、誰であろうと私が直々に片付けるからそのつもりで」
「御意にございます!!」
エレーナがそう答えたあと、まるで皇帝から「嫁に触るな」と宣言されているようだ、と誰かが呟いた。ジークが視線を向けると、すぐさま魔導師たちは慌てた様子で立ち上がり、深く一礼して退散していく。
こうして去っていく魔導師たちを見送ってから、私はジークハルトに腰を抱かれたまま、新しく改装された超豪華なプライベート工房へと連行された。
部屋に入ると、そこにはジークの言葉通り、天国のような空間が広がっていた。
大きな窓からは帝都の美しい景色が一望でき、テーブルの上にはアツアツのスコーンと、ティーポットが置かれている。ちょうど昨日「これがあると便利だな」と呟いていた、自動温度調節機能付きのティーポットの完成品だった。
「さあ、お疲れ様、リーゼ。まずはゆっくり休むんだ。ほら、足を出して」
手袋を外し袖を捲ったジークハルトは、私を柔らかい特製ベッドに座らせると、自ら靴を脱がせる。そして、用意された桶の湯に浸した足を揉んでくれた。
そのあとは、湯気立つタオルで手を拭くと手際よくハーブティーを淹れてくれる。
こんな風に手厚く世話をされるのは、なかなか慣れなくて、わずかな不安から何度も聞いてしまう。
「あの、ジーク。本当に私、こんなに甘やかされていいのでしょうか……。ただ好きなものづくりをしていただけなのに」
でも彼は、その度に嫌な顔一つすることなく答えてくれた。今も、ハーブティーを淹れたカップを差し出しながら、返事をする。
「何を言うんだ。君が楽しそうに魔法陣を描くだけで、国が豊かになり、兵が救われ、我が国に害を為すものが綺麗さっぱり消え去っていく。何より私が世界一幸せになるんだよ。君を思う存分甘やかすことこそが、今の私の最重要公務だ」
そう言って私が飲んだカップをテーブルに戻したジークハルトは、私の隣に腰掛け、私の手をそっと握りしめた。彼の熱が、まっすぐに伝わってくる。
「レナードの件は、もう二度と君の耳に入ることはない。これからは何も恐れず、ただ君の優しい技術を、君のやりたいように使えばいい。……私はいつでも、君の一番近くでそれを見守っているからね」
「ジーク……。ありがとうございます。私、この国に来て、あなたに出会えて、本当によかった」
私が満面の笑みで微笑み、ジークに握られた手を握り返す。すると、彼の瞳に、ふっと熱い炎が灯った気がした。
ジークは呟くように言う。
「……そんなに可愛い顔を見せられたら、休息を命じた私の方が、我慢できなくなってしまうな」
「え……っ?」
驚く暇もなく、ジークハルトの長い指が私の髪に滑り込み、そのままゆっくりと押し倒されるようにベッドへと沈み込んでいく。
部屋の魔導灯がふっと光を弱め、薄暗くなる。私を組み敷く彼は、伺うように視線を合わせた。受け入れるようにして指先を絡め、静かに目を閉じると柔らかい唇が触れる。
それから何度も口づけを重ねた私たちは、今までの騒がしさが嘘のように、静寂に包まれた部屋で、戦場のそれよりもずっと甘く深い時間を過ごすのだった。




