第11話:いざ、戦場へ!愛する技術のお披露目会
「リーゼ! 恐れることはない! 今すぐにその汚らわしい男から離れ、私の腕の中へ戻るんだ!」
国境の荒野に、ラムーバ王国の王子レナードが立っていた。必死の形相で、勘違い極まりない絶叫を響き渡らせる。
「……」
彼の背後には、士気の低い騎士団と、ボロボロの装備を無理やり魔法で繋ぎ合わせた魔導師たちが整列している。
誰も彼も表情が暗く、目に光がない。
そのど真ん中には、ご丁寧に、木と布で作られたあの不格好な人形が置いてある。気味の悪い等身大の私の人形。それが、まるで戦勝祈願の偶像のように台座へ祭り上げられていた。
歪な関節と歪んだ魔法陣を見るだけで、私の職人として魂が刺激され、腕が疼いてしまう。
あの部分をもっと別のパーツで作り替えて、付与する魔方陣は複雑化させればさらに滑らかに動くはず、なんて。
けど、そんな私の胸の内を知らないレナードが、訴え掛けるように言った。
「帝国が君を洗脳したのだろう? だが安心しろ、私がこの軍勢で君を救い出し、ラムーバ王国の王妃として迎え入れてやる! 私の妻となれるのだ! 嬉しいだろう!?」
レナードは、かつて私が地下室で三日三晩徹夜して、血を吐く思いで磨き上げた魔導剣を高く掲げた。
……が、あろうことか、その剣の刀身は彼が振りかざした瞬間に、横筋が入りパキリと乾いた音を立てる。そして、真っ二つに折れ曲がってしまった。
「あ……」
折れた剣の先が、地面にポスッと虚しく突き刺さる。
戦場全体に、なんとも言えない生暖かい微妙な空気が流れた。本国の騎士たちすら、あまりの締まらなさに天を仰いでいる。
「……あれが、リーゼを救いに来たという哀れな道化かい?」
国境付近の一番目立つ位置に作られた専用の台。そこで隣に立つジークハルトが、ドレスアップした私の細い肩を抱き寄せながら、心底楽しそうに、でも冷たく鼻で笑った。
私も思わず呆れて、大きく息を吐く。あれは使えなくなったと教えたはずなのに……もっとマシな武器はなかったのだろうか。
と思うものの、いつまでもこんな茶番を見ているわけにもいかない。私は、ジークへと返事をした。
「見ての通り、ですね。……それよりジーク、準備はいいですか? 彼らが持ち込んだあの継ぎ接ぎだらけの不快なゴミは、私のクルクルくんの技術を少し応用するだけで、まとめて簡単にお掃除できますよ」
「ああ、そうだね。あまり時間をやるのも惜しい。……彼らが必死に誇るその『技術』が、君の足元にも及ばないことを、ハッキリと分からせてやろう」
ジークハルトが片手を上げると、帝国の前衛部隊が一斉に動き出す。流れるような所作で彼が、前に指先を下ろした。同時に、部隊の人たちが地面へと不可思議な銀色の球体を転がし始める。
それは、私が昨日まで、工房の端っこで試作していた『自律稼働式・魔導掃討盤』……つまり、掃除用クルクルくんを軍事用に変えた群れだった。
「全機、起動――ターゲットは、ラムーバ王国軍の全魔法陣および不法投棄物の完全消去」
私が短く指示を出すと、無数の銀色円盤が、荒野を滑るようにシュルルルッと滑走を始めた。
迫りくる円盤たちに、レナードが急に慌て始める。
「な、何だあの気味の悪い円盤は!? 撃て! 魔法陣を展開して焼き払え!」
彼の命令で魔導師たちが魔法を展開しようとする。しかし、円盤型兵器がその足元を通り抜けた瞬間、展開されかけた魔法陣が、まるで掃除機に埃を吸い込まれるように、光の粒子となってシュウウゥゥン……と、底面の中へ回収されてしまった。
「な、魔力が……術式が、吸い取られていく!?」
「結界が消えた! 武器の魔法も全部消去されたぞ!」
ものの数分で、ラムーバ軍の魔導装備は完全に沈黙。
それだけではない。クルクルくんたちが最後にレナードの本陣へ突っ込むと、台座に飾られていたあの不気味な等身大の私の人形をガシッと挟み込み……
バキバキバキバキバキッ!!!
「あ、あああっ!? わ、私のリーゼがァァァっ!!」
空間魔法の超強力な破砕・吸引システムによって、人形は一瞬で木っ端微塵にされ、クルクルくんの内部へ綺麗に吸い込まれて消滅した。
戦場には、塵一つ、ゴミ一つ残っていない。
「さあ、これで思い知っただろう。私の愛するリーゼの、本物の技術を」
丸裸にされて震えるラムーバ軍の前で、ジークハルトは私を正面から抱き寄せ、その長い指で私の顎をそっと持ち上げた。
そして数千の両軍兵士がいる戦場のど真ん中、一番目立つ場所で彼は、私の唇に深く、熱いキスを落とした。
「……んっ。……!? じ、ジーク……っ!」
一気に沸き上がる羞恥から、慌てて離れようとする。けれど逆に逃がさない、とばかりに強く抱き締められた。咄嗟に視線を上げると、彼はレナードに鋭く睨み付ける。
「見ろ、レナード。そして理解しろ。リーゼはこんなにも私を愛し、私も彼女に帝国のすべてを捧げている」
そのハッキリした声に、レナードが眉を寄せる。ジークはそのまま続ける。
「……君が地下室に閉じ込め、ゴミのように捨てた少女は、今や世界で一番愛され、私の隣で帝国の皇后として君臨するんだ。君の無能な行いが、どれほど滑稽で愚かだったか、死ぬまで薄汚い檻の中で噛み締めるがいい」
ジークハルトの冷徹でいながら甘い宣言に、レナードは目を見開き、ついに膝をついてその場に崩れ落ちた。
「そんな……そんなはずはない……! リーゼは、私を……ずっと、地下室で待って……っ」
「いい加減に、現実を見たらどうですか」
私はジークの言葉に重ねて、へたり込むレナードを冷ややかに見下ろした。
「私が地下室で這いつくばって、煤まみれになりながら頑張っていたのは、あなたのためじゃありません」
「リーゼ……」
「私が頑張ったのは、何も知らずに暮らす、国民のためでした。それを『私のために煤まみれになっていた愛おしい日々』だなんて、独りよがりな妄想です。二度と私の前に現れないで……さようなら」
「な……汚れてしまったのか……。ああ、私の……リーゼが……」
私からの完全な拒絶の言葉すら、受け入れきれないレナードの心が、崩れるように壊れていく。
彼が二度と立ち上がれないほど絶望したのを見届けると、円盤型兵器たちは最後のお仕事とばかりに動き始める。ラムーバ軍の方に進むと、投げ捨てられた粗悪な武器のゴミをすべて綺麗に回収し、私の後ろへお行儀よく一列に整列する。
これから彼らは降伏するだけだろう。
あとのことは、ジークの優秀な側近たちに任せればいい。
そのままくるりと背を向けて、すっかり甘やかされた生活が染み付いてしまった私は、当然のようにジークを誘う。
「さて、ジーク。お腹が空きました。お掃除も終わりましたし、皇宮に戻って、あの温冷ボックスから出来立てのアツアツのアップルパイでも取り出して食べませんか?」
私の言葉に、眩しげに目を細めた彼は、フッと柔らかく笑って返した。
「そうだね、リーゼ。……君の言う通りにしよう。帰りの馬車で、一緒に飲む紅茶もゆっくり選ぼうか」
私たちは、呆然とするレナードたちが帝国の部隊に取り囲まれるのを尻目に、最新鋭の魔導馬車へと乗り込んだ。
戦場に置いてきぼりにされたストーカー王子は、その後すぐに拘束され、本国の崩壊とともに、その惨めな生涯の幕を閉じることになる……のだが、まさかその裏で動いている人物がいるとは、このときの私は――まだ知らなかった。




