第10話:狂気の手紙と、不気味な人形
国境へ向けてラムーバ王国軍が集まってきている、と聞いた夜。
私とジークは工房で、次の魔導具の設計図を広げていた。ラムーバを迎え撃つ魔導具のことはもちろん、他にもいくつか調整する計画を立てているところだった。
そのとき突然、机の中央の空間がぐにゃりと歪み、一通の手紙がひらりと舞い落ちてくる。
その手紙を手に取り、ジークハルトが顔をしかめた。
「……空間転送書簡? この中央工房の座標に無理やりねじ込んで送ってくるなんて、随分と無礼な輩だな」
そう言って不機嫌そうに眉をひそめ、手紙の裏面を見た。
空間転送書簡は、たった一枚の手紙を送るのに莫大な魔力を必要とする古い魔導具。座標を合わせて使うけど、そのあと数日は使い物にならなくなる。
それに最近は、互いに機器を持っていれば通信できる遠隔同調器があるから、あまり使われていない。
そんな非効率なものを使って、誰が手紙を出してきたのだろうか。
不思議に思う私の前で、差出人の名を見たジークは、その翡翠色の瞳をスッと凍りつかせた。
「レナード・フォン・ラムーバ……」
不穏な空気に、私はつい手元の手紙を見る。気づいた彼は、ふわりと微笑んだ
「リーゼ、一応中を確認するが、嫌なら見なくていいんだよ」
「いえ、わざわざここに送ってきたということは、私になにか伝えたいことがあるのでしょう。いったい何が目的か知っておきたいので、一緒に見ます」
きっと『表向きは奪還作戦だのなんだの言ってるが、勘違いするなよ』とか、書かれているはず。
もしくは、内部情報を出せ、だろうか。
たとえそうだったとしても、絶対に返事はしない、と意思を固く、二人で封を切って中身を開いたのだが――そこに書き連ねられていた文章は、私たちの想像を絶するものだった。
『愛しい、私のリーゼへ。
寂しい思いをさせてすまない。冷徹皇帝に脅され、無理やり過酷な労働をさせられているのだろう?
君が地下室で私のために煤まみれになって魔導具を直していた、あの健気で愛おしい日々を、私は一刻たりとも忘れたことはない。チェルシーという偽物に騙されていた私を許してくれ。
今、君を救い出すために軍を率いて向かっている。もうすぐあの凶悪な皇帝から君を解放し、我が国の王妃として迎えてあげるからね。
ああ、早く君の作った武器を握りたい。君の愛に包まれたい。待っていておくれ、私の可愛いリーゼ』
「「……………………」」
読み終えた瞬間、工房が凍結したかのような静寂が訪れた。
あまりの気持ち悪さに、私の全身に鳥肌が立ち、胃のあたりがキリキリ痛む気すらする。
でもそれ以上に、静かなジークが怖くて、私は慌てて彼の腕に手を添えた。
「あの、えっと……ジーク? 大丈夫ですよね? 念のために言いますけど、私は脅されたと思ったことなんて一度もありませんし、自分の意思でここにいますし。あと、あの地下室はただの過酷な労働環境だっただけで、愛おしい思い出なんて欠片もなかったので……」
私の言葉に、手紙をグシャッと握り締めたジークが顔を向けてニコッとする。でもその背後には、何かどす黒い影が見えていた。
「ああ。分かっているよ、リーゼ。これは妄想なんだろう。あまりに愚かな思い込みだ。だがまあ……それが果てしなく許しがたいのだが」
ジークハルトは、口角を上げる。見たこともないほど冷ややかで、かつ深い怒りを孕んだ笑みを浮かべていた。
直後、その握り締めていた手紙が青い炎に呑まれる。ジークの魔力が溢れて出てしまっているようだ。
こんなこと大人では、ほとんどあり得ない。身に宿る魔力が多すぎて、コントロールが出来ないような子どもくらいだ。
それが冷静沈着だと言われていた、ジークハルトがなるなんて、あまりに驚きすぎて目を丸くする。
視線の先で、ボォッ、と哀れなポエムが灰になっていった。
ジークは地を這うような声で呟く。
「……よくも私のリーゼに変なゴミを送りつけてくれたな……」
本当にレナードを殺しそうな勢いにちょっと焦った、その時。
私以上に焦った声が、開けっ放しだった扉から聞こえた。
「し、失礼いたします……っ! 陛下、リーゼ様、大変です!」
諜報部隊の通信担当者が、顔を青くして工房へ駆け込んでくる。彼は慌てながらも身振りを加えて、報告する。
「進軍中のラムーバ軍の本陣を魔導映像で偵察していたのですが……その、非常に、不気味な映像が記録されまして……!」
男性が言いながら展開した空中スクリーン。そこに映し出されたのは、ラムーバ軍の天幕の中の様子だった。
金色の髪を揺らして、銀の鎧姿のレナードがいる。彼は何かを抱えて、愛おしそうに撫でていた。
ノイズが安定して、音声が入る。
『ああ……リーゼ、今日も可愛いね。やっぱり君が一番だ。明日には本物を捕まえて、また私のために働かせてあげるからね……』
画面の中のレナードは、虚ろな目をギラつかせ、不気味な笑みを浮かべながら、木と布で作られた不格好な等身大の人形に微笑みかけている。
その人形には、私の古い作業着が着せられており、顔の部分には下手くそな私の似顔絵が貼り付けられていた。
背後では、魔力を吸い尽くされたのか、チェルシーが、ガタガタと震えながら怯えた目でレナードを見ていた。
「「……………………」」
本日二度目の、深い静寂。
さすがにジークは呆れた様子で、私へ声をかける。
「……リーゼ、怒るってはいけないよ。あれはただの可哀想な狂人だから」
彼が私の肩を抱き、宥めるように言う。しかし、私は別の意味で、怒りが頂点に達していた。
震える拳をさらに強く握り締める。
「許しません……絶対に許せない」
「……それほどにまで……気持ちの悪さは同意するが……」
けれど私は、パッと顔を上げて否定する。
「違います! あの人形の関節部分、ちゃんと見ましたか!? 雑に魔法陣が組んであって、めちゃくちゃです! あんな粗悪な構造じゃ、自律駆動するどころか三歩歩いただけで爆発してもおかしくないじゃないですか!!」
「さすがに爆発はしないと思うが……そうか。くくっ」
「私の似顔絵を使ってまで、あんな出来損ないのゴミを作るなんて、魔導具師のプライドが許しません!」
いまだ怒りが冷めやらぬ私。
でもジークは何故か、逆に機嫌を直した様子でフッと笑うと私の腰を強く引き寄せた。
「いいだろう。ならば、本物の魔導兵器がどういうものか、明日の戦場であの人形は、文字通り掃除して分からせてあげようか」
「はい! 木っ端微塵にして、お掃除ロボットで綺麗に回収してあげましょう!」
こうして、元婚約者への敵対心が上がっていっているとは、当の本人は知るよしもなかった。




