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孤高の完璧超人な先輩に手料理を振る舞ったら、俺なしでは生きられないポンコツになった  作者: 世羅 和葉


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第2話 極秘任務:後輩による胃袋制圧

「……む。……むぅ……」


 校舎裏、体育倉庫の影。

 秋の涼やかな風が吹き抜ける俺の定位置には、今日もまた、眉間に険しい皺を寄せた「学園の至宝」が鎮座していた。


「……剣崎先輩。口に合わないなら、無理して食べなくていいんですよ」


「ち、違う!その……なんだ。鶏肉というものは、これほどまでに繊維が解け、滋味深い味が中まで浸透するものなのかと……。己の無知に、ただ驚愕しているだけだ」


 言い訳がましく視線を逸らしながらも、彼女の箸は止まらない。

 俺の隣で長い足を折り曲げ、三角座りをしている剣崎凛先輩は、俺が作った『鶏もも肉の塩麹焼き弁当』の前に、完膚なきまでに敗北していた。


 塩麹に漬け込み、低温でじっくりと旨味を引き出した鶏肉。皮目は香ばしく、中は驚くほど瑞々しい。そんな会心の出来。


 最初は「風紀委員長としての品位を」と背筋を伸ばしていた彼女だが、一口食べた瞬間、纏っていた氷の刃のような冷気は一瞬で霧散。


 隣で見ているだけでも分かるほど、限界まで冷え切り、栄養を枯渇させていた彼女の体に、手作りの温かさがじんわりと染み渡っていく。


「……はぁぁ……。心が、解けていくようだ……」


 小さく漏れた吐息。幸せそうに目を細め、やがて彼女は飢えた小動物のように、無心に口を動かし始めた。


 ***


 あの「焼きそばパンの災厄」から、今日で三日が経つ。


 あの日、俺の弁当を完食した先輩は、「これは適正な取引だ」と千円札を無理やり俺のポケットにねじ込み、嵐のように去っていった。

 それで終わりだと思っていた。いや、終わらせるべきだった。


 しかし翌日。俺がここへやってくると、そこには腕を組んで仁王立ちする先輩の姿があった。


『……遅いぞ、中野。取引の時間だ』

『……は?というか、なぜ俺の名前を?』

『風紀委員長として調査した。ネクタイの色から一年生であることは分かっていたからな。あとは風紀委員内で目撃情報を収集すれば、特定するのは容易い。取引とは、その……どうしても、あの味が忘れられなくてな。……いいか、見ず知らずの下級生に餌付けされたなどと知れ渡っては威厳に関わる。よって、これは私と貴様だけの機密事項とする!』


 呆気にとられる俺と、無駄にキリッとした顔で「弁当を売れ」と迫ってくる先輩。

 要するに、プライドを守るために内緒で美味しいご飯を食べさせろ、ということらしい。どうやら、この人にあるのは純粋な食欲と、アホみたいなプライドだけみたいだ。


 ――そして、現在に至る。


「そもそも先輩、家では何を食べてるんですか。昼もあんな絶望してたし」


 ふと漏らした疑問に、彼女は箸を止めて視線を泳がせた。


「朝は……エナジードリンクだ。夜は電子レンジで温めるだけのパック飯と、コンビニの惣菜。効率的だろう?」


「……栄養学への冒涜ですね」


「仕方がなかろう! 私がキッチンに立つとな、なぜかボウルは凹み、卵は爆発するのだ!……いや、笑い事ではない。努力でどうにかなるなら、今頃私は自炊の達人だ。一人暮らしの身には死活問題なのだぞ……」


 開き直るように言ったが、その声には微かな疲労が滲んでいた。


 普通なら「へぇ」と聞き流して終わる話だ。俺は他人への干渉を最小限に抑える省エネ主義者。深入りすればするほど、ろくなことにならないと知っている。


 だが――。


 俺の視線は、未だ彼女の目の下に居座る薄い隈と、細すぎる手首に向けられていた。よく見れば、武道家らしからぬ重心のブレがある。


 ……慢性的な栄養失調。隈は睡眠不足か?その上で完璧を維持……よくまぁそんな状態で。理解できねー。


 身を削り、虚勢を張って、たった一人で何かに耐えようとする不器用さ。


 理由は知らないし、知る気もない。俺はこの人をまだ信用しているわけじゃない。どうせ今は弱っていて、美味い飯に釣られているだけだ。相手に期待などしないし、誰かの「特別」になるつもりもない。それが俺の生きるスタンスだ。


 ……とはいえ、目の前で今にもポッキリと折れそうな細い枝を、完全にへし折れるまで放置するのも後味が悪い。などと考えてしまうあたり、俺の『省エネ』も、結局はその程度の底の浅いものだったらしい。


「……先輩、もっとよく噛んでください。胃腸が弱ってるのに消化不良起こしますよ」


「む……。分かっている。だが、中野の作るものは、手が勝手に動くのだ……」


 俺は自分の分のブロッコリーを放り込み、溜息交じりに付け加える。


「肌荒れの原因になりますよ、そんな食生活。ほら、卵焼きも食べてください。出汁、多めにしておいたんで」


「は、肌荒れ!? 嘘、そんなに目立つか!?」


 慌てて空いた手で自分の頬を押さえる先輩。その過剰な反応は、冷徹な委員長というより、ただの年相応な女子高生のもの。


 余程「肌荒れ」が効いたのか、彼女は素直に、俺が差し出した卵焼きを口に運ぶ。

 黄金色の塊を咀嚼した瞬間、彼女のポニーテールがぴょこんと跳ねた。


「……っ! な、なんだこれは! 噛むたびに出汁が……! くっ、うますぎるぞ中野ォ!」


「大袈裟ですよ」


 あまりの感動に興奮したのか、彼女は勢いよく残りの卵焼きを口に放り込んだ。

 しかし、次の瞬間。


「……っ!? げほっ、ごほっ、ごほぉっ!!」


 完全に飲み込むタイミングを誤ったらしく、彼女は顔を真っ赤にして猛烈にむせ返った。言わんこっちゃない。


「 先輩、これ!お茶飲んでください!」


 俺は慌てて彼女の水筒の蓋を開け、身を乗り出して差し出す。

 その拍子に、大きく崩れてしまっった俺の態勢。彼女の方へ倒れそうになるのを、筋肉と気合いで無理やり阻止する。


 水筒を受け取ろうとした彼女の手が、凍りついたように止まった。

 むせて涙目になっていたはずの彼女の瞳が、俺の制服越しにもわかるほど、隆起した筋肉――特に、体を支えるため、反射的に全力に近い力をこめた左腕の筋肉に、射貫かれたように釘付けになった。


「………………む」


「先輩? 早くお茶を」


「……中野。その左腕、実に……実に素晴らしい。どれだけの時間をかければ、これほど密度の高い、裏切りのない筋繊維を構築できるのだ……? その血管の走り方、一寸の無駄もない鍛錬の証……っ」


「……むせながら筋肉の鑑定するの、本当にやめてもらえませんか?」


 彼女の視線は、もはや「性別」を超えた、純粋な武道家としての、あるいは「努力を信じる者」としての狂信的なリスペクトに満ちていた。……それはそれで、かなり怖いのだが。


 餌付けされたのは彼女と、彼女という巨大な「面倒事」を抱え込んでしまった俺。


 午後の予鈴が鳴り響く中、俺はもう一度、深い溜息をついた。確実にかき乱され始めた自分の日常の、行末を思いながら。


 ……先輩、俺の筋肉を肴に弁当食うの、やめてくれませんか?

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