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F級暗殺者――社会の害虫を退治する低ランク暗殺者のおっさんと少女の物語。  作者: 秋ヶ瀬胡桃


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第30話 若者たち

「こちらへどうぞ、クライドさん。皆様がお待ちです」


 受付嬢のニーナに案内され、俺はギルドの喧騒を離れて奥へと進んだ。

 厚手の木製の扉が開かれ、促されるままにその部屋へと足を踏み入れる。

 そこは、暗殺者を求めているという冒険者パーティーが待機している応接室だった。

 室内には、三人の若者が並んで座っていた。

 扉が開いた瞬間に向けられた視線の鋭さ。

 そして肌を刺すような緊張感だけで、彼らが一廉の者であることは容易に察しがついた。


「お待たせいたしました。こちらが今回、暗殺者枠のギルド斡旋に応募された方です」


 ニーナの紹介を受け、俺は軽く会釈をした。

 目の前にいるのは、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで名を上げているB級冒険者パーティー「赫耀たる星辰」。

 若いながらも全員が高いレベルに達しており、次世代の英雄候補としてギルド内でも一目置かれている連中だ。

 彼らの顔ぶれを順に見ていき、俺は妙な既視感に襲われた。

 腰に長剣を帯びた精悍な顔立ちの剣士。

 岩のような体躯を重厚な鎧で包んだ重戦士の男。

 そして知的な瞳を眼鏡の奥に光らせる冷静沈着そうな魔術師の女。

 この構成……剣士、重戦士、魔術師。

 それは、かつて俺が所属していたパーティー「白銀の荒鷲」がまだ駆け出しだった頃と、全く同じ組み合わせだった。

 若く、才能に溢れ、これからの未来が光り輝いている三人組。

 彼らを見ていると、どうしても昔の自分たちを思い出してしまう。


「……彼が、ギルドの推薦した暗殺者なのか?」


 剣士の青年が、品定めするように俺の全身を舐めるように見た。

 その視線に込められているのは、明らかな困惑と、隠しきれない失望の色だ。

 今の俺は武器も持たず、防具も着けていない。

 無精髭を蓄え、どこにでもいるような冴えない面構えをしているだけだ。

 彼らにとって、自分たちの高みへ共に登る仲間は、同じような輝きを放つ同年代の天才であってほしかったのだろう。

 俺のような男は、彼らの目には「うだつの上がらないおじさん」と映ったに違いない。

 それは三十を過ぎた男のひがみかもしれない。

 だが、彼らの間に流れる重苦しい沈黙が「場違いな奴が来た」と無言で告げているように感じて、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。


「……とりあえず、自己紹介をしてもらおうか」


 重戦士の男が、室内の凍てついた空気を強引に変えるように、低い声で言った。

 俺は一歩前に出ると、彼らの視線を正面から受け止め、努めて平坦な声を出す。


「クライドだ。一応、これでも暗殺者を専門にやっている。よろしく頼む」


「……それで、君のランクは何だ?」


 魔術師の女が、感情を読み取らせない事務的な口調で問いを重ねる。

 俺は短く息を吐き、自分の身分を口にした。


「F級暗殺者のクライド・カリジナスだ」


 その瞬間、応接室の空気が物理的な重さを伴って凍りついた。

 「赫耀たる星辰」の三人の表情が、まるで石像のように劇的に固まる。

 平均レベルがB級のパーティーという高難度の依頼。

 その欠員補充に現れたのが、冒険者として最低ランクであるF級。

 しかも、若さという武器すら失った、盛りを過ぎたおっさんなのだ。

 彼らにとっては、ギルドから質の悪い冗談を吹っかけられたか、あるいは馬鹿にされていると感じたのかもしれない。

 あまりの落差に、彼らは次の言葉を失っていた。

 張り詰めた沈黙の中。

 案内役のニーナだけが困ったように、しかしその瞳の奥にどこか含みのある笑みを浮かべて、俺たちのやり取りを見守っていた。


「……あの、ニーナさん。冗談はやめてください」


 沈黙を破ったのは、剣士の青年だった。

 彼は俺ではなく、困ったように微笑むニーナへと鋭い視線を向ける。


「僕たちは本気で暗殺者を探しているんです。それなのに、連れてきたのはF級の、しかも……」


「あら、『うだつの上がらないおじさん』を連れてきた、なんて思われてしまいましたか?」


 ニーナが、ギルド職員らしい丁寧ながらもどこか茶目っ気のあるトーンで言葉を継いだ。

 彼女は俺の隣まで軽やかな足取りで歩み寄ると、三人の若者たちを諭すように口を開いた。


「確かに、現在のクライドさんの公的なランクはF級です。ですが、彼は『究極の万能暗殺具』を操る唯一の使い手なのですよ。それに……かつてはS級冒険者パーティーに所属していたこともある、本物の実力者なんです」


 その言葉が落ちた瞬間、室内の温度がさらに数度下がったような錯覚を覚えた。

「赫耀たる星辰」の三人の顔が、驚愕に塗りつぶされる。


「S級、だと……?」


 重戦士の男が、信じられないものを見る目で俺を凝視した。


「……ニーナさん、それは本当なのですか? ギルドの信用にかけて」


 魔術師の女の問いに、ニーナは深く、確信に満ちた頷きを返した。


「ええ、本当です。私が保証いたします。彼がいなければ、今回の依頼の成功率は限りなくゼロに近いと言っても過言ではありませんよ」


 ギルドの看板娘として、これまで数多の猛者たちを差配してきたニーナの言葉には、抗いがたい重みがあった。

 三人の若者たちの目に宿っていた軽蔑は、瞬く間に困惑、それから畏怖を含んだ好奇心へと塗り替えられていく。


「……伝説のS級、か。悪かった、俺たちの目は節穴だったようだ」


 剣士の青年が、椅子から身を乗り出すようにして俺に顔を近づけてきた。


「クライドさん、ぜひ詳しくお話を聞かせてください! その暗殺具のことや、今までの経験を……」


「悪いが、話はまた今度にしてくれないか」


 俺は彼らの熱を遮るように、短く手を上げた。


「えっ、ですが……」


「これから大事な用事があるんだ。家で待っている人がいるんでね。早く帰ってやらないと」


 三人は呆気にとられたような顔をしたが、俺はそれ以上引き止める隙を与えなかった。


「仕事の詳細は当日の打ち合わせでいいだろう。当日、遅れずに顔を出す。軽い約束だけしておこう、俺は君たちの期待には応える。それで十分なはずだ」


 俺は半ば強引に話を切り上げると、固まったままの若者たちと、苦笑いしながら「それでは、また当日に」と俺の背中を見送るニーナを残して、応接室を後にした。

 ギルドの扉を出ると、夕暮れの涼しい風が頬を撫でた。

 S級だの伝説だの、そんなことは今の俺にはどうでもいいことだ。

 今の俺にとって何よりも優先すべきは、帰りを待つアヤメに笑顔を届けることなのだから。

 俺は少しだけ足を早め、温かな灯りのともる我が家路へと急いだ。



 安アパートの軋む音を立てる階段を上り、俺は自分の部屋の前で足を止めた。

 扉の隙間からは、微かに香ばしい、食欲をそそる匂いが漂ってきている。

 本来なら、俺が帰ってから慌てて鍋を火にかけるのがいつもの日常だ。

「ただいま」

 鍵を開けて中へ入ると、そこにはすでに魔法学院から帰宅していたアヤメの姿があった。

 彼女は俺の顔を見るなり、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべて、パタパタと小走りで駆け寄ってくる。


「お帰りなさい、おじさん」


 その屈託のない声を聞くたびに、ギルドの応接室で若造たちに「うだつの上がらないおじさん」と侮られたことへの、ささくれだった思いもどこか遠くへ消えていく。

 だが、挨拶を返そうとした俺の視線は、狭い部屋の中央にある食卓に釘付けになった。


「アヤメ、これは一体どうしたんだ……?」


 普段は質素な、傷だらけの木製テーブル。その上が、およそこの安アパートには不釣り合いな、豪奢な料理の数々で埋め尽くされていた。

 じっくりと時間をかけて火を通されたことがわかる見事なローストビーフに、宝石のように彩り豊かな季節の温野菜。さらには、王都の高級店でしか見かけないような芳醇な香りの冷製スープまでが、芸術的な盛り付けで並べられている。

 俺の問いに、アヤメは楽しげに小首をかしげた。


「フランチェスカさんの使いの人が。おじさんの仕事と、私の入学のお祝いだって」


 俺が今日、ギルドで「赫耀たる星辰」の依頼を受けたことまで、既に把握しているとは。

 フランチェスカの手回しの良さと情報の速さには、感心させられるのを通り越して、もはや呆れるしかない。


「あと伝言。『おじさんは放っておくと干し肉ばかり食べるから』って」


 アヤメが少しだけクスクスと肩を揺らして笑う。

 それは、いかにもフランチェスカが言いそうな、小癪で、それでいて俺の生活習慣を正確に射抜いた言葉だった。俺は本格的に降参するしかなかった。


「まったく、余計なお節介だ……。だが、せっかくの祝いを台無しにするわけにもいかないな」


「うん。冷めないうちに食べよう、おじさん」


 アヤメに促され、俺は上着を脱いで席に着いた。

 いつもより明るく調整したランプの灯りに照らされた料理はどれも一級品で、この狭い部屋に似合わない華やかさを添えている。

 湯気の向こう側で、アヤメが少しだけ嬉しそうに目を細めていた。

 かつてS級冒険者として常に死線を潜り抜け、殺風景な野営地で冷めたレーションを齧っていた頃には、こんな風に誰かと温かな祝杯を挙げる夜が来るとは想像もしていなかった。

 正体も目的も知れぬ女の「お節介」も、アヤメが俺を「おじさん」と呼ぶ声も、今の俺には何よりの贅沢だ。


「そうだな。じゃあ、アヤメの新しい門出に。それと、俺の久しぶりの仕事に、乾杯するか」


「乾杯。頑張って、おじさん」


 窓の外には夜の気配が迫り、冷たい風が建物を叩いていたが、部屋の中だけは魔法の火よりも温かい幸福感に満たされていた。

 俺はアヤメが時折ぽつりと話す学院での出来事に耳を傾け、穏やかな夜を過ごした。

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