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F級暗殺者――社会の害虫を退治する低ランク暗殺者のおっさんと少女の物語。  作者: 秋ヶ瀬胡桃


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第2話 勘違い

「おい、見ろよ! このカボチャ、馬の蹄で踏むと最高だ! ぐちゃり、とな! 誰かの頭蓋骨を叩き割る音そっくりだぜ!」


「本当だ! 熟れた実が弾ける。その感触が鞍を通り、足の裏まで伝わるぜ。たまらねえな、このヌチャッとした感触はよぉ!」


 下卑た笑い声が響く。秋ののどかな村の空気が、無残に切り裂かれた。

 ならず者たちが馬を駆る。狂ったように。丸々と実った畑を、縦横無尽に踏み荒らしていく。


「ははは! 見ろよ、泥と果肉の跳ね上がりを! 最高の芸術だ! 黄金色のしぶきが舞ってやがる!」


「百姓どもが半年かけて育てた宝物だ。それが一瞬でゴミクズだ。傑作すぎて涙が出るぜ!」


「ひゃっほう!潰せ、潰せ!一つも残すな!実が潰れる鈍い音が腹の底まで響くぜ!」


「見てな、次はあの一番デカいのだ!ほら、いったぜ!中身がドロドロに溢れ出してやがる!」


 農民たちは畔にへたり込んだ。力なく。泥混じりの土を握りしめている。

 震える唇を固く結ぶ。一言も発さない。破壊の光景をただ凝視している。

 それは冬を越すための命の糧だった。子供たちの腹を満たすはずの、明日そのものだった。

 それが今、目の前で消えていく。ただの快楽のために。無意味な残骸へと。

 男たちの嘲笑が耳を刺す。蹂躙される土の匂い。飛び散る鮮やかな果肉。

 叫びたい衝動も、怒りも。あまりの不条理を前に、深い絶望へと沈んだ。

 抗う術はない。家族の未来が壊されていく。彼らは石のように静まり返り、見届けるしかなかった。

 一人が唇を噛む。血が滲む。天を仰ぐ。

 空はどこまでも高く青い。残酷なほどに、静まり返っていた。


「……やれやれ。これだけ見事に育てたんだ、カボチャの煮付けにすればさぞ旨かっただろうにな」


 俺は独りごちると、あぜ道をゆっくりと歩み出た。

 カボチャ畑は無惨だった。

 丹精込めて育てられた実が、馬の蹄で無意味に踏み潰されている。

 溢れ出したオレンジ色の果肉が、泥にまみれて汚されていた。

 それを見つめる俺の腹の底で、冷えた怒りがじりじりと熱を帯びる。

 腹が減っている時に、食い物を粗末にする光景を見せられる。

 これほど人を不愉快にさせるものがあるだろうか。

 俺は無意識に奥歯を噛み締めた。

 この男たちには、相応の報いが必要だ。

 懐から一振りの獲物を取り出す。

 銀色に鈍く光る、ありふれた、しかし妙に研ぎ澄まされた「先割れスプーン」だ。


「あん? なんだお前は。あまりの空腹に、馬に踏まれたカボチャでも拾い食いに来たか、あぁ!?」

 リーダー格の男が馬の手綱を引き、鼻で笑いながら俺を見下ろしてきた。

 その下卑た笑い声が、俺の苛立ちをさらに加速させる。

 こいつらは、命を育てる苦労も、それをいただく喜びも知らない。

 ただ壊し、奪うことしか能がない。


「いや、食事の前にはまず、邪魔なゴミを片付けておこうと思ってな」


「あんだと?」


「お前たちの命をしゃくり取りに来たと言ったんだ」


 俺が静かに告げると、男の顔が怒りに染まった。

 だが、俺の胸中にある静かな殺意に比べれば、そんなものはただの安っぽい癇癪だ。


「はっ! 馬鹿が! 腹が減りすぎて頭が沸いたか! おい、この無礼者を馬の蹄で平らなミンチにしてやれ!」


 リーダーの合図で、一騎の馬が猛然と突進してくる。

 だが、俺は動かない。

 馬の鼻先が眼前に迫り、荒い鼻息が顔にかかった瞬間――

 俺は最小限の動きで、計算し尽くされた角度に体をわずかに捻った。

 そして、手にした先割れスプーンの「先」で、すれ違いざまに男の喉仏を音もなく突く。


「が、ふ……っ、あ……」


 男は叫び声すら上げられず、喉をかきむしりながら落馬した。

 自ら汚した泥の中に沈んでいく。

 村人たちの目には、男が何かに怯えて勝手に馬から滑り落ちたようにしか見えなかっただろう。


「おい、何をした!? 今、何が起きたんだ! お前ら、遊んでるんじゃねえ、そいつを斬り捨てろ!」


 異変を察した残りの二人が、腰の刀に手をかける。

 だが、抜剣の速度が、俺とは次元が違いすぎた。

 俺は地を蹴り、爆発的な踏み込みで一人の懐へと潜り込む。

 踏み潰されたカボチャの感触が足裏に伝わり、殺意が一段と深まった。


「食い物を粗末にする奴には、地獄の食卓がお似合いだ」


「ひっ、待て、おま……っ!」


 スプーンの三又の「割れ目」を男の頸動脈に深く引っ掛け、一閃。

 血が噴き出す間もなく、血管を正確に断たれた男は、糸の切れた人形のように泥の上へ崩れ落ちた。

 さらに俺はその背中を足場に、鳥のような軽やかさで跳躍する。

 空中で身を翻し、最後の一人の眉間に、スプーンの柄の先端を電光石火の勢いで叩き込んだ。


「あ、あが……」


 鈍い音が響き、三人の男たちは、一分も経たぬうちに全員がカボチャ畑の中で物言わぬ骸と化した。

 一人残されたリーダー格の男が、泥まみれのカボチャの山の上で、生まれたての小鹿のようにガタガタと震えている。


「ひ、ひぃっ……! 何だ、何が起きたんだ! 剣も杖も持たずに……お前、魔法か、魔法使いなのか!」


「魔法じゃない。ただの食事の準備だ。下ごしらえに時間はかけたくないんでな」


 俺は冷徹な眼差しを向け、恐怖に歪む男の喉元に、先割れスプーンの鋭い先端を突き立てた。


「た、助けてくれ! 金ならいくらでも出す! 命だけは……ぎゃっ!」


 命乞いを最後まで言わせるつもりはない。

 スプーンの先で、抵抗を許さず男の延髄を正確に貫いた。

 男は短い悲鳴を吐き出し、そのまま自らが汚したカボチャの山に顔を埋めて絶命した。

 静寂が戻った畑で、俺はスプーンについた汚れを、千切れたカボチャの葉で静かに拭い取った。

 再びそれを懐に収める。

 村人たちは遠巻きに、ただ呆然とその光景を眺めていた。

 何が起きたのか、脳が処理しきれていない顔だ。


「……あ、あの。一体何が……何が起きたのですか?」


 一人の老人が、震える足で恐る恐る声をかけてきた。

 村人たちの目には、俺が奇妙なスプーンを振り回して舞うように動いている間に、悪漢たちが勝手に馬から落ちて、勝手に死んだようにしか見えていない。

 暗殺の技術があまりに早すぎたせいだ。


「……急に気温が上がったからな。熱中症じゃないか? 遊びすぎて、運が悪かったんだろう」


 俺は短くそう答えると、手垢のついた笠を深く被り直した。


「さて。これだけ潰されちまっちゃ、煮付けは無理だな。今夜はこいつらで、ポタージュでも作るか」


 背後でざわめき始める村人たちをよそに、俺は再び、何事もなかったかのようにあぜ道を歩き出した。



 ところで、なぜ俺が先割れスプーンなんぞを武器にしているのかというと……。

 それはギルド職員の勘違いだった。

 俺も当時は暗殺に関する知識が全くなかったので、勘違いを真に受けてしまった。


 ギルドの地下。薄暗い備品室で、受付嬢のニーナは恭しく木箱の蓋を開けた。


「クライドさん、おめでとう。『暗殺』なんていう珍しいスキルを授かるなんて。そんなあなたにささやかなプレゼントよ」


「プレゼント?」


「かつて伝説の暗殺者が愛用したのと同じ武具……『スポーク』よ」


 俺は緊張で唾を飲み込んだ。俺は暗殺者としては駆け出しのF級だ。

 だがギルドが選んだ伝説の得物なら、恐ろしい殺傷能力を秘めているはずだ。


「……これが、その伝説の?」


「ええ。見て、この無骨な鉄の質感。無駄を削ぎ落とした機能美……まさにプロの道具ね」


 ニーナが自信満々に差し出したのは、一本の細い棒だった。だが、その先端は……。


「……ニーナさん。これ、丸くないか?」


「ふふっ、お目が高いわ。この絶妙な曲面が、空気抵抗を極限まで抑えるのよ、たぶん。そして見て、この先端の切り込みを!」


 そこには、スープを掬うための「くぼみ」があった。申し訳程度に三つの突起も出ている。どう見ても、飯場で使う先割れスプーンだ。


「これ……スープを飲むやつに似てないか?」


「失礼ね! これは『刺す』と『掬う』を同時にこなす、究極の万能暗殺具よ。先端で隙間を突き、面で受け流す。これこそが暗殺の極意なんですって」


 ニーナの瞳は一点の曇りもなく輝いている。彼女は本気で信じ込んでいるようだ。この鉄の匙が、戦場を支配する最強の兵器だと。

 知識のない俺は納得するしかなかった。「伝説の暗殺術とは、これほどまでに奥が深いのか」と。


 数日後のことだ。

 俺は任務のため、薄暗い森の奥深くへと足を踏み入れていた。

 そこで運悪く、凶暴なオークの斥候と正面から遭遇してしまった。


「……やるしかない。やるんだ、俺」


 喉の渇きを感じながら、俺は腰のホルダーに手を伸ばした。

 引き抜いたのは、鈍い銀色の光を放つ鉄のスポークだ。

 その時である。

 偶然にも近くの茂みに、王国最強と名高いS級冒険者パーティーが潜んでいた。

 彼らは別の魔物を追っていたが、俺の姿を見て足を止めた。


「おい、見ろ。あいつ……正気か? あんな得物でオークに挑むつもりか?」


 リーダーのレジーが、信じられないものを見たという風に驚愕の声を漏らす。

 俺は恐怖に震え、迷いながらも、迫りくるオークの眉間に向かって必死にスプーンを突き立てた。


「カツッ!」


 森の中に、あまりにも生活感の漂う、乾いた金属音が響き渡る。

 本来、殺傷能力など無きに等しい道具だ。

 だが、鉄の先割れスプーンが放つ「正体不明の威圧感」に、オークは困惑して動きを止めた。

 俺は武器の使い方がわからず、ただ無我夢中で、デタラメにスプーンを振り回した。

 しかし、奇跡が起きた。

 スプーン先端の鋭い突起が、偶然にもオークの喉元にある急所を深く抉り取ったのだ。


「ギ……ガッ……」


 巨躯を誇るオークが、悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ちた。

 完璧な絶命だった。

 その光景を目の当たりにし、隠れていたS級パーティーに激しい戦慄が走った。

 女魔術師のエリザが、驚きのあまり息を呑む。


「な……なんなの、あの無駄のない手際は! 抵抗すら一切許さず、たった一撃で仕留めたというの!?」


 重戦士のボルドも、巨大な斧を握る手を震わせながら低く呻いた。


「ただのスプーンに見える。だが、あの刺突の角度、あの独特な受け流し……あれこそが古の暗殺術『スポーク・スタイル』の極致。伝説の技に間違いない」


 俺はただ、武器の使い方がわからなくてパニックに陥っていただけなのだが。


「君、名前は? クライドか。実に気に入ったぞ」


 レジーが茂みから悠然と歩み寄り、呆然とする俺の肩を力強く叩いた。


「俺たちのパーティーに来い。俺は、君のような『底知れない実力を持つ暗殺者』をずっと求めていたんだ」


 こうして、F級暗殺者の俺は異例のスカウトを受けた。

 先割れスプーンを宝物のように握りしめたまま、世界を救うはずのS級パーティーへと引き抜かれてしまったのだ。



 ニーナが勘違いしていたと俺が知ったのは、しばらく後のことだった。

 伝説の暗殺者が使っていたのは、車輪の輻を意味するSPOKE。

 その車輪の輻を尖らせたものを暗殺の道具としていたのだ。

 一方、先割れスプーンは別名がSPORK。

 発音が似ているだけで全くの別物だ。

 俺は先割れスプーンを何度も使っているうちに体が慣れてしまった。

 そのせいで、いくら努力を重ねてもレベルが上がらないのだ。

 武器がイレギュラーだとレベルの判定に悪影響があるらしい。

 いまさら他の武器に変えることもできない。

 で、S級冒険者パーティーを追放と相成ったというわけ。

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