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不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした  作者: 長井よる
王宮編

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8話 呪いが解けたら

 次の日。侍女が部屋に運んできた朝食をとったあと、訪ねてきたアンドレアスに王宮内を案内されていた。


 美しい庭園、王宮騎士たちの広大な訓練所、豪奢な教会。おびただしい数の本が所蔵されている図書館。そのどれもに、レティシアは圧倒された。


 回廊を歩いたとき、レティシアは目を見開いた。


 壁には、歴代の王、女王、王妃、王配の肖像画が並んでいる。


 その中の一つの前で、足を止めた。


 神々しい金髪に青い瞳の美しい女性。


 額の下のプレートには――第十七代王妃 カミーラ 王歴四百七年没 享年三十五歳――と刻まれている。


 ちょうど百年前、呪いをかけられ、マチルダの処刑後まもなく命を落とした悲劇の王妃。そして、シャーロットの話によれば、王宮で暴れたオースティンを許した人物でもあるらしい。


(師匠とカミーラ王妃は、もともと付き合いがあったのかしら……?)


 以前訊いたオースティンの生まれ年からすると――百年前、彼は二十歳のはずだ。年齢差もあるが、王妃と若い魔法使いが親しい友人関係にあったとも考えにくい。だとすれば、二人の間には別の事情があったのだろうか。


 レティシアは思案しながら、カミーラの隣に飾られている肖像画に視線を移した。そこには、黒髪に黒い瞳の男性が描かれている。


(この方は……)


「第十七代王リック。カミーラ王妃の夫だ」


 プレートを見るより早く、アンドレアスが言った。


「アンディ様と似ておられますね」


「……そうか?」


「はい」


 アンドレアスが首を傾げる。彼は背は高いが、顔立ちは年相応のどこかまだ中性的な面影を残している。それに対し、肖像画のリック王は、精悍な顔つきで、その眼差しには冷徹さを宿していた。


(あと数年もしたら、アンディ様もこんな感じに成長されるのかしら……)


 そう思った瞬間、胸がどきりとした。


 次に訪れたのは、小規模の食堂だった。とはいえ、内装は美しく整えられている。


「ここは私室の食堂だ」


「アンディ様の?」


「ああ。……毎日、朝食、昼食は君の自室に運ばせる。夕食はここに来てくれ」


「え……良いのですか?」


「うん。一緒に食べよう」


 そう言って、アンドレアスは微笑んだ。


 この王宮では友人もいないレティシアが寂しくないよう、気を使ってくれているのだろう。レティシアは顔をわずかに赤くし、目を伏せた。


「ありがとうございます」


 

 


 王宮に上がってから、数週間が経った。


 アンドレアスに時間魔法をかける作業を週に一度行う以外、特に役目もなかったので、図書室で本を読んだり、王宮内の教会で祈りを捧げたり、庭園を眺めたりして過ごしていた。先日は、アンドレアスに誘われて王都で開催されていた祭りを楽しんだりと、穏やかな日々が続いていた。


「レティシア、今度マルティネス公爵家主催の舞踏会がある。遠方の貴族の子息や息女も来る、盛大なものだ。君も私と一緒に出てくれ」


 夕食の席でアンドレアスにそう言われ、レティシアはきょとんとした。


「私が舞踏会……なぜですか?」


「マルティネス公爵夫人は私の叔母でな。一度レティシアに会いたいとおっしゃっている」


「それは光栄です。でも私、踊れないのですが」


 レティシアは本来、侯爵令嬢と言う身分であるが、それにふさわしい教育は受けてきていない。学校にも通っていないし、ダンスなど以ての外だ。


「大丈夫だ。講師なら用意する」


 アンドレアスの宣言通り、次の日から突如つけられたダンスの講師のもとで、舞踏会に向けての特訓が始まった。歩き方、ステップの踏み方、男性への身の任せ方などの技術、マナーなどを徹底的に叩き込まれる日々が始まった。


「あら、いいですねえ! 筋がいいです! レティシアさんはとてもセンスがありますねえ」


「は、はいッ!!」


 熱血の女講師による猛特訓は一日に何時間も続いた。


 驚いたのは、アンドレアスがダンス講師以外にも、勉学やマナーの講師も手配してくれたことだった。


 最初レティシアは恐縮し、断ろうとした。しかし、アンドレアスに「いい時間潰しにはなるだろう?」と爽やかに言われ、二の句が継げなくなってしまった。


 レティシアは一通りの食事マナーは侯爵家で身に付けていたが、王宮に上がってからというもの、教会では作法がわからず周囲の動きを真似ることがあり、すれ違う貴族たちの言葉遣いや振る舞いの違いに戸惑うこともあった。その都度図書館の本で調べていたが、細かな所作や場に応じた身のこなしまでは掴みきれていなかったのだ。


 アンドレアスが、自分が王宮で恥をかかぬよう配慮してくれたのだと分かり、レティシアはその厚意をありがたく受け取ることにした。





 ――王歴四百年……今から百年以上前のこと。ユハディーア王国はその広大で豊かな資源によって、周辺国から羨望の眼差しを向けられていた。


 そのため、度重なる他国の侵攻に対し、当時の若き国王、リックは鮮やかに敵を返り討ちにして、この国を守った。その勝利の裏には、王家を支えたザリバン辺境伯家の存在があった。ザリバン家は代々、強力な魔法使いを輩出する家系として知られており、王家から絶大な信頼を寄せられていた……。


 歴史の授業で語られた内容に、レティシアは口を開いた。


「ザリバン家とは……あの魔女マチルダの生家の?」


 歴史の講師がうなずく。


「そうです。ザリバン辺境伯家の当主が戦場で命を落としたあと、その長女が新たな当主として家を継ぐこととなりました。当時は女性が家を継ぐ例はありませんでしたが、その長女――マチルダ――は、周囲の予想を遥かに超える才覚と実力を持っていました。さらに幼少期より王家との親密な関係を続けていたため、彼女が辺境伯の当主となることに異を唱える者は一人もいませんでした」


「……」


「マチルダは当時から魔法使いとしてとても有名でした。父親とともに国を守る姿は国民の憧れでした。……今は不吉の代名詞となっている紫の瞳と髪ですが、当時はとても称賛されていたとのことです」


 レティシアはずきりと頭が痛くなった。


「しかし、王歴四百七年――今からちょうど百年前。マチルダは王家に呪いをかけて捕まり処刑されました。そして、彼女の処刑直後に原因不明の病でリック王も崩御し、続いてカミーラ王妃も事故死したのです。王と王妃の突然の死、そして現在まで続く、王の実子の男子が成人前に亡くなってしまうことも併せ、魔女マチルダの呪いと言われています。彼女の評判は地に落ち、ザリバン辺境伯家も没落しました。現在、元辺境伯領地は国で管理されています」


「なぜ……マチルダは呪いをかけたのでしょうか?」


「それは、今もわかっていません。マチルダは父親が戦死したことで、リック王を逆恨みしていた、という説が有力とされています」


「理由がわからないとは……裁判で彼女はどう証言したのですか?」


「裁判は行われていません。マチルダは捕まったあと、即処刑されています」


「……裁判が行われていない? どうしてですか?」


 レティシアは首を傾げた。


 裁判制度自体は数百年前以上から存在している。仮にも高位貴族が裁判を受けずに処罰を受けることなどあり得るのだろうか。


「仕方ありません。マチルダは強大な力を持つ魔女です。公の場などに出したら、どんな奇怪な魔法で人々を惑わすことになるか、わかりませんので」


 講師は特に何の感情もない声で淡々と言った。


「……先生、現在この国では女性の社会進出が進み、女性の貴族当主や経営者なども特に珍しいものではなくなっています。その理由として、マチルダが辺境伯当主になったことと、彼女が王家に呪いをかけたことによる女王の誕生が背景にある、といえるのでしょうか?」


 レティシアの発言に、講師はぎょっと目を見開いた。そして、小さい声で「……あまりそのようなことは言いませんように」と眼鏡をクイッと上げた。


(今のは、失言だったかしら……)


 講師の反応を受けて、レティシアは若干後悔した。


 決してマチルダの行ったことを認めたかったわけではなく、ただそういう側面もあるのだろうか、と賢い人の話を聞きたかっただけなのだが……。


 


 レティシアはその日の勉学を終えると、風に当たろうと庭園へ向かった。もう夕方で肌寒かったが、今日の授業を受けていろいろな思考が頭をぐるぐるしていたレティシアには気持ちがいい。


 庭園には先客がいた。


「……レティシア」


 それはアンドレアスだった。彼の綺麗な黒髪が、風で揺れている。


「お疲れ様です、アンディ様。休憩ですか?」


「うん。レティシアもか?」


「はい。授業が終わったので、少し知恵熱を静めようと」


 アンドレアスがふふ、と微笑んだ。


「講師たちから報告は受けている。皆褒めていたぞ。勤勉で飲み込みが異常に早い、と」


「あ、ありがとうございます」


 アンドレアスの言う通り、レティシアは学ぶことが嫌いではない。何にでも好奇心旺盛であるし、器用であるため習得も早かった。


「アンディ様のほうはどうですか?」


「……ああ、離宮で呑気に剣しか握ってなかった弊害が出てきているよ。正直参りそうになるが、これも王になるため、必要なことだから仕方ない」


 アンドレアスは、解呪に合わせて王太子となるために、短期間の集中的な王太子教育を受けている。元より王族としての素養は備えているだろうが、レティシアが受けている授業の何十倍も大変に違いない。


 一時的にだが呪いから解放されているというのに、結局満足に寝られていないのか、アンドレアスの目の下には――


(隈が……)


 よく見ようと、思わずアンドレアスの目にかかっている長めの前髪に手を伸ばした。


 その手が髪に触れる前に、アンドレアスが素早く掴んだ。


「っ、レティシア……なに?」


「え、あ……」


 手を掴まれたまま、至近距離で目が合い、レティシアは顔を赤くした。


 気まずさと恥ずかしさに、消え入りそうな声で「すみません、隈ができていたので……」と言う。


「隈?」


「はい……」


(私、なんで……)


 隈ができていたとして何だろう。王子の前髪に触れようとは。


 ロブ村の家での出来事ならいざ知らず、ここは王宮であり誰が見ているとも限らない。レティシアは自分の軽率な行動を恥じた。


 アンドレアスに掴まれたままの手が熱い。胸の奥が騒がしくて落ち着かなかった。


「ああ、これは……昨日、たまたま読んでいた本が面白くて夜通し起きてしまっていただけだ。……呪いが発動したわけではないから心配しなくていい」


「な、なら良かったです。あの、手を……」


 アンドレアスは、なぜかレティシアの手を離そうとしなかった。


 手を握られているだけなのに、どうしてこんなに落ち着かないのか。レティシアは自分で自分がわからなかった。


「レティシア。呪いが解けたら……」


 真剣な表情でレティシアを見つめ、アンドレアスが何かを言いかけようとしたとき――


「アンドレアス殿下ー!」


 突然その声が響き、レティシアは体をびくりと跳ねさせた。


 間もなく、声の主のグレンが現れた。アンドレアスはレティシアの手を離し、グレンに向き直る。


「なんだ?」


「……女王陛下がお呼びです」


「わかった」


 アンドレアスはレティシアに「また夕食時に」と言い、その場を離れた。


 その後を追っていたグレンが、ふと足を止めた。彼はレティシアを振り返り、何か言いたげな表情でじっと見つめた。


「……?」


 レティシアが見つめ返すと、グレンは軽く咳払いをした。


「……レティシア嬢。あまり殿下を翻弄するのはやめてくれたまえ」


「え?」


 レティシアは目を丸くした。


 翻弄、とは。


「田舎の村の若衆を何人たぶらかそうが好きにしてくれて構わないが、あの方は一国の王子だぞ。いくら何でも身の程と言うものがあるだろう」


「……はい?」


 何やら聞き捨てならないことを言われている気がする。


「……グレン様。私は別にたぶらかすなど……」


 アンドレアスにはもちろんのこと、村の若い男たち相手にもそんなことはした覚えはない。


「いや、いい。わかった。言い方が良くなかった。そうではなく……殿下は君を気に入っている。当然だ、自分の命を救ってくれたのだから。でも、だからと言って、君にはくれぐれも勘違いはしないでほしい。そう言いたかったのだ」


 くだくだと喋るグレンに、レティシアは首を傾げた。


「勘違いとは……?」


「世の中には身分と言うものがある。いいか、君が殿下とどうこうなろうとは考えないことだ」


「え……」


 レティシアは言葉を失い呆然とした。そんなレティシアを置いて、グレンは踵を返すとつかつかと去って行った。


(……確かに、グレン様にとったら、自分の主人がどこぞの馬の骨ともわからない小娘に構っていたら嫌だろうし、心配で余計な勘繰りもしてしまうのもわかるわ)


 冷たい風が徐々にレティシアの思考を冷ましていく。


(そういえば、アンディ様、さっき何を言おうとしていたのかしら……呪いが解けたら……?)


 レティシアは先ほどのアンドレアスの真剣な眼差しを思い出す。また胸の鼓動が早くなったので、それが治まるまでジッとその場に立ち尽くした。


 

 


 レティシアが王宮の廊下を一人で歩いていると、向かいから立派な身なりの貴族男性が現れた。その男に、すれ違い様に、「クレア?」と話しかけられる。レティシアは顔を上げ、男を視界に入れると、目を見開いた。


(……っ、え……)


 男は紛れもなく、レティシアの父であるフローレス侯爵のジェイクであった。記憶の中より少しばかり老いていたが、神経質そうに眉間にしわが寄った表情は、父で間違いなかった。レティシアは言葉を発することができず固まった。背中に嫌な汗をかく。


「あ、申し訳ない、人違いでした。娘に似ていたものですから」


 ジェイクはレティシアの顔をまじまじと見た後、そう謝罪した。


 クレアとは、レティシアの五歳上の姉の名前だ。彼女と顔の造りはそんなに似ていなかったはずだが、今の髪と瞳は、確かに姉と同じ色。姉妹なだけあって、雰囲気が似ているのかもしれなかった。


「失礼」


 そう言って去っていくジェイクの背中を、レティシアは振り返って見つめた。


(やっぱり……気づくはずがないわよね)


 心にもやがかかる。悲しいのか、悔しいのか、それとも別の何かなのか――自分の気持ちがよくわからなかった。


 

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