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7話 聖女ではない

 

 二日ほどかけ、馬車は王都へと入り、王宮へと辿り着いた。

 レティシアにとって、王宮は初めてだった。

 沢山の王宮仕えの使用人に出迎えられ、レティシアは小さくなる。


「彼女をよろしく」


 アンドレアスが中年のメイドに声をかけると、「お疲れでしょう」とそのメイドがにこやかに話しかけ、レティシアはメイドたちにどこかへと連れられていった。


 メイドたちは手際よくレティシアの服を脱がせ、体と髪を洗い、綺麗なワンピースドレスを着せた。


 鏡の前に移った自分の姿を見て、レティシアは思わず感心する。


(まるで貴族のお嬢さんみたいだわ……)


 生まれは本当に貴族なのだが、レティシアの中ではすっかり自分は貴族とは関係ないただの平民という認識に変わっていた。



 メイドに案内された、『謁見の間』の前にアンドレアスが立っていた。


「レティシア」


 アンドレアスはレティシアの姿を見て「似合っている」とにこやかに笑う。


 アンドレアスに連れられ、謁見の間に入ると、広々とした空間に数人の使用人がいた。奥には玉座があり、そこに女性が座っていた。

 

 このユハディア国の女王、シャーロットである。レティシアは緊張で少し震えたが、なんとか頭を下げて礼をした。


「女王陛下、この者が私の呪いの進行を魔法で止めているレティシアです」


 アンドレアスがそう紹介すると、シャーロットの切長の双眸がレティシアを捉えた。


「ふむ。よく参った。レティシア、頭を上げなさい」


「はい」


 言われた通り、レティシアは頭を上げ、シャーロットを見た。シャーロットはアンドレアスと同じ黒髪に黒い瞳を持ち、圧倒的な美しさと、女王らしく威厳のあるオーラを纏っていた。


「我が息子の呪いを止めてくれていること、感謝する。……聞いたところ、あの魔導士オースティンの弟子という話だが、それは真か?」


 レティシアが頷くと、シャーロットは微笑んだ。


「そうかそうか。……百年前から現在まで王家は黙って呪いを放置していたわけではない。呪いを解くため、国中の魔法使いだけでなく、黒魔術師やら霊媒師やら胡散臭い連中にも頼った」


 どれも徒労に終わったがな、とシャーロットは続けた。


「魔導士オースティンの名は有名だ。しかし彼を頼るという選択肢は我々にはなかった。何故か分かるか?」


 シャーロットは口元に笑みを浮かべながら、レティシアに問いかける。レティシアには全く検討がつかなかった。

 確かにオースティンは放浪癖があり捕まりにくいが、それでも今回のアンドレアスのように噂を辿り、住処に訪ねることはできたはずだ。


「オースティンは、百年前、この王宮に乗りこんできて暴れたことがあるのだ」


「え……? し、師匠がですか?」


 レティシアは耳を疑った。


「そうらしいぞ。なあミラ婆」


 シャーロットは近くに控えていた背の低い老婆に声をかけた。ミラ婆と呼ばれた老婆は、「ええ、ええ」と答えた。


「このミラめは、当時まだ幼子でしたが、覚えておりまする。……まるで天災のようでしたのう。雷を落とし王宮内を停電させ、突風で王宮の一部の屋根を吹き飛ばしましたのじゃ」


「ええ……?」


 レティシアは目を丸くした。

 確かにオースティンなら造作もないことだろうが、一体何の気まぐれでそんなことをしたのだろうか。


「で、でもそんな悪行を犯して、何故師匠には悪評が付いてないのでしょうか?」


 魔導士オースティンはこの国きっての高名な魔法使いで、国民からの支持も厚い。悪い噂等、特に聞いたこともなかった。


「当時の王妃カミーラが、オースティンを許し、緘口令を引いたからだ。なのでこの出来事は王宮の外に広まることはなく、現在では王族と一部の側近しか知らない」


「……なぜ、王妃様が?」


「さあ……それは分からない」


 カミーラとは確か魔女マチルダに呪いをかけられた王妃の名だった。

 オースティンとカミーラ王妃の間に何か関係があったのだろうか。


「それでも、呪いを受けてからの最初の何十年かは王家はオースティンに助けを求めるため、彼がいるという噂の場所に遣いをやったりしてたらしい。しかし、オースティンは誰の依頼でも受けると評判だったのに、王家の遣いは悉く撒いて姿をくらますのだ。そして、ある時こう遣いに伝言を寄越した。『時がくれば、こちらから訪ねる』と」


 王家としても無理にオースティンの機嫌を損ねて敵に回すことは得策ではないと判断したため、それ以来関わり合うことを辞めたのだと言う。


(時がくれば……?)


 レティシアにはオースティンの考えていることがちっとも分からない。王家を敵視しているとか、そういう類の思想とかは彼から聞いたことはなかった。


「という訳で、オースティンに頼ることはタブーという不文律があったわけだが……。それをアンドレアスがブチ破り、見事弟子である其方の協力を得られることができたのだ」


 シャーロットはハッハッハッと豪快に笑った。


 黙って聞いていたアンドレアスはコホンと咳払いし、「……しょうがないでしょう。時間がなかったんです」と言った。


 アンドレアスはいつ呪いで死ぬか分からない瀬戸際だった。だとしたらそれがかつて王家に牙を向いた者だろうと何だろうと可能性があるなら賭けたくなるのは自然なことだ。


「ふむ。レティシア、オースティンはいつ頃帰って来るのだったかな」


「はい。三ヶ月以内には。戻り次第王宮に来るよう、手紙を置いてきました」


 レティシアが答えると、シャーロットは神妙な顔をした。


「……オースティンが大人しく解呪に協力してくれればいいがなぁ」


 とシャーロットがボソリと呟くので、レティシアは慌てた。


「だ、大丈夫です! その……百年前は暴れたかも知れませんが……基本的には優しい人ですので! あ、師匠でも解呪の方法が分からないとかの可能性は勿論ありますが……。でも協力はしてくれるはずです!」


 レティシアが汗をかきながら、捲し立てると。


「フ……まあ良い。オースティンでも解けないとすれば、レティシア。其方が一生ここに居て、アンドレアスに魔法をかけ続けてくれれば済む話だ」


「はいっ……?」


 シャーロットの発言に、レティシアはしばしフリーズした。


「なぁ、アンドレアス。お前も、レティシアにずっと居てほしいだろう」


 シャーロットに話を振られたアンドレアスは少し顔を赤くして、「……母上!」と抗議するように言った。

 それを見て、なんだか分からないがレティシアも釣られて赤くなる。


 ほわほわした変な空気になったところで、褒美は何が良いか考えておいてくれ、と言われ謁見の間を出た。


 この王宮でのレティシアの部屋を案内してもらうことになり、案内してくれるのは先程のミラ婆であった。ミラ婆はこの王宮では一番の古株で、代々の王付きの使用人だということだった。


 レティシアが使う部屋に到着すると、ミラ婆から軽く部屋の中の案内を受けた。部屋はとても綺麗で、中央には大きなベッドがあり、クローゼットには美しいドレスが幾つも並んでいた。この部屋だけでオースティンの家の二倍はある、とレティシアは面食らった。



 レティシアがミラ婆にお礼を言うと、ミラ婆はレティシアの顔をジッと見つめた。


「はて、昔どこかで会った事がありましたかな?」


「……え?」


 ミラ婆の問いにレティシアが戸惑っていると、ミラ婆は「気のせいじゃな」と独りごちた。



 その日は、王宮で夜会があった。

 何故かレティシアも急遽参加することになり、これまたメイド達に夜会用の煌びやかなドレスに着替えさせらたレティシアを、夜会用の礼服を着たアンドレアスが迎えに来てくれて、エスコートされることになった。


「レティシア、綺麗だ」


 そう、アンドレアスに言われ、先ほど変な空気になったこともあり、レティシアは恥ずかしくなった。赤くなった顔を俯いて隠しながら、「アンディ様もかっこいいですよ」とぽそりと返した。

 アンドレアスがどんな反応をしたか、俯いているレティシアには分からない。


 夜会会場に入ると、既に会場にいた貴族達からの注目を浴びる。


 皆、アンドレアスの隣にいるレティシアに興味津々な表情を向けていた。

 女王シャーロットが、近くに二人を呼び寄せ立たせると、高々に言う。


「諸君、周知の事実だが、我が息子であるアンドレアス王子は、呪いに体を蝕まれていた。しかし! ある魔法使いの少女により現在アンドレアスの呪いの進行を止めることに成功した。これは百年叶うことがなかった悲願である! その少女の名はレティシア! 女王としてアンドレアスの母として、彼女に敬意と感謝を送りたい!」


 まさか紹介されるとは思っていなかったレティシアは驚愕した。

 周囲の貴族達が奇異の目から、一転尊敬の眼差しに変わる。

 歓声と拍手に会場が包まれる。


 ふと、誰かが「聖女だ……」とつぶやく。それに呼応するように、誰かが「そうだ、聖女だ」と言い、口々に貴族達が聖女だ、と囁きあった。


(いやいやいや……聖女って……)


 レティシアはただの魔法使いだ。どうあがいても聖女などではない。そして、呪いを解いてもいない。

 しかし、会場内の熱気がすごく、レティシアはただただ引き攣った笑顔を浮かべることしかできなかった。

ミラ婆はたぶん110歳とかです(どうでも良い情報)




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