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5話 王宮からの迎え

 

 レティシアは窓から差し込む朝日で目を覚ました。昨日、盗賊が襲ってきて、アンドレアスが一蹴したところまで覚えているが、その後疲労で気を失ってしまったのだろう。レティシアはベッドに寝かされていて、アンドレアスが脇の椅子に座って腕を組み、眠っているのが見えた。


 最初の日と逆だな、とレティシアは思った。


(……あ!!)


 咄嗟に、自分の胸下まで伸ばしている髪を確認する。髪色は、何の変哲もない明るめの茶色。手鏡で確認した瞳も同様の色だった。


(良かった……)


 大量に魔法を使ったときや疲労が溜まったときなどは、色彩魔法を使う意識が無くなってしまい、髪色と瞳色が元の紫に戻ってしまうのだ。ひとまず今回は色彩魔法が解けていなかったことにホッとして、レティシアはベッドからそっと降りた。


 盗賊によって壊されたドアや荒らされた室内、そして残っている血痕を、レティシアは簡易魔法で綺麗にした。


 キッチンで朝ごはんのサンドイッチを作り、部屋に戻ると、座っていたアンドレアスが目を覚まし、レティシアのそばに寄ってきた。


「……レティシア、もう体調は大丈夫か?」


「はい。殿下が私をベッドで寝かせてくださったのですね。ありがとうございます」


 レティシアは頭を下げ、礼を言った。


「殿下ではなく、アンディと呼んでくれ」


 アンドレアスが突然そんなことを言うので、レティシアは面食らった。


「……さ、流石に一国の王子を愛称で呼ぶのはちょっと……」


 しかし、アンドレアスは至って真剣に「呼んでほしい」と言う。レティシアは困惑した。


「ア……アンディ様?」


「うん」


 アンドレアスはにっこりと満足そうに笑った。その瞬間、レティシアはまた昨晩と同じように胸の鼓動が高鳴るのを感じたが、相変わらずその理由は分からなかった。



「呪いのことですが」


 レティシアは話を変えた。アンドレアスと共にサンドイッチを食べながら、説明を始める。


「時間操作魔法で停止できるのは最大一週間です。一週間経ったら、また同じ魔法を呪痕の根にかけます。私の師匠、オースティンが戻るまで、そうやって凌ぎましょう。師匠なら呪いを解く方法も何か知っているはずです」


 これが、現在レティシアができる最大の方法であった。アンドレアスは難しい顔をした。やはり、直接的な解決策ではないので気に食わないのだろうか。


「……レティシア、もしかして時間魔法というのは、君にとても負担をかけてしまうものなのではないか?」


「え?」


「呪いの痛みから逃れられるのはとてもありがたいが、そのせいで一週間ごとに君が体調を崩したりするのは、その、とても忍びないのだが……」


 眉を寄せ、自分を心配してくれるような発言をするアンドレアスに、レティシアは慌てた。何故か頬が熱くなる。


「い、いえ、違うのです。今回はたまたま疲れが溜まっていただけで……。週一の時間魔法程度では何も問題ありません」


 確かに神経は使うが、多少疲れるというだけだ。この世界の時間を操作する魔法ほどではない。


「……本当か?」


「はい」


 アンドレアスはしばらく黙った後、「なら良いが」と答えた。


 その時だ。


「ア、アンドレアス殿下!! いらっしゃいますか?!!」


 玄関のドアが勢いよく開き、入ってきたのは、二人より少し年上の青年だった。彼は二十歳くらいで、眼鏡をかけ、立派な服に身を包み、腰には剣を携えている。貴族のようだ。


「……グレン」


 その青年に向かい、アンドレアスは呟いた。


「や、やっと見つけた……。殿下……すぐ戻るという話だったじゃないですか。やっぱり一緒に行けば良かった……。山道の崖の下で馬車は発見されるし、心底肝が冷えました……」


 グレンと呼ばれた青年は、アンドレアスの姿を見ると、ヘナヘナと脱力した。


「……早く帰りますよ!! 貴方がいなくなったと知り、王宮は今大騒ぎです!! 女王陛下に命令され、私は貴方を探しにきたんです!!」


 グレンが泣きそうになりながら、捲し立てる。


「まさか……離宮に住んでいる私が数日居なくなったところで誰も気付かないと思ったが……何故バレた?」


 代々王子は療養のため、王都の外れにある自然豊かな離宮に住むのが慣例で、アンドレアスも例に漏れず幼少期から離宮で過ごしていた。女王が定期的に離宮に訪ねてくることはあっても、それはまだ先の予定だったはずだ。アンドレアスは眉を顰めた。


「イザベラ王女殿下が、男爵令息と駆け落ちしました!! すぐ二人とも捕えられましたが、王女殿下は、女王にはなりたくないと騒いでいるんです!」


 その騒ぎで女王陛下が貴方を王宮に呼びよせたので、殿下が離宮に居ないことがバレてしまったのです、とグレンは続けた。


「姉上が……?!」


 アンドレアスは目を見開いた。彼には四歳上の姉、イザベラ王女がいる。アンドレアス自身が呪われていて成人まで生きられない身であるため、次期王は当然イザベラであった。


「……どういうことだ、グレン。君が姉上を見張ってくれていたんじゃないのか?」


「も、申し訳ありません。あの後、王女殿下は王宮に戻ると聞かなくて……引き止めることができませんでした」


 何やら、レティシアには分からない話をアンドレアスとグレンは交わしている。


「……それで、殿下は魔導士オースティンに呪いを解いてもらえたのですか? ……誰です? その娘は」


 グレンは、そこで初めてレティシアの存在に気付いたようだった。


「私は……」


「彼女は、魔導士オースティンの弟子のレティシア。不在のオースティンの代わりに、私の呪いの進行を止めてくれている」


「……何ですと?」


 グレンが眉を顰める。王宮お抱えの魔法使いが手も足も出ない呪いを、この少女が止められるなど、俄かには信じ難い。彼の心中を察することは容易だった。


「レティシア、彼はグレン・オーシャン伯爵令息だ。私の幼馴染で、側近でもある」


「初めまして、グレン様。レティシアと申します」


 グレンはレティシアの挨拶に軽く頭を下げたが、すぐにアンドレアスに視線を戻した。


「とにかく……王宮に戻りますよ、アンドレアス殿下。女王陛下がお待ちです」


 グレンが言うと、アンドレアスは「わかった」と答え、立ち上がった。


「……というか何ですか、その格好」


 うさぎ柄のパジャマを着ているアンドレアスに、グレンは眉を顰めて、持ってきた白いシャツと黒い長ズボンを渡した。アンドレアスはそれを受け取ると、身支度を始めた。


「また、一週間以内に戻る」


 家を出る時、見送るレティシアの耳元でアンドレアスが言った。グレンと家の前に控えていた数人の従者たちと共に、アンドレアスは去っていった。




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