39話 勘違い
【sideオースティン】
「あれ、マチルダ帰ってしまったのですか?」
王宮から少し出たところに、国営の森林公園がある。オースティンはあの騒動から王宮に滞在しているが、よくこの場所で休んでいる。オースティンという男が、いつも住処として森の奥や山の奥を選ぶのは、こうした緑あふれる場所を好むからだ。
レティシアは、王宮の自分の部屋から見える森林公園で、マチルダらしき龍が降臨しているのを見てやってきた。しかし、今はオースティン一人だけがその場にいた。
「お前が来る気配を感じて去ってしまった」
「え!?」
レティシアは少なからずショックを受けた。確かに以前からマチルダは頻繁にオースティンと会っているのに、レティシアの前にはなかなか姿を現さない。まさか、嫌われていたのか。
「……あいつはお前に合わす顔がないんだ」
「……え?」
「妹の不始末と自分に似た容姿を引き継いだせいで、お前に苦労をさせてしまったとそう言っていた」
「……そんな……」
レティシアの心が沈む。
マチルダに罪はない。むしろ、彼女こそ被害者だ。
落ち込んでいると、オースティンが口を開いた。
「レティ、これからどうする?」
「え?」
「マチルダの冤罪が世間に発表された今、お前を容姿で差別する者も減っていくだろう。お前は俺の弟子だが、貴族の娘でもある。……どう生きていくかはお前が決めろ」
オースティンが静かな、しかし厳かな声で言った。
彼の言葉は、レティシアの心に重く響いた。
レティシアは心臓がドキドキするのを感じながら、緊張でスカートを掴んだ。手のひらが汗ばんでいるのを自覚し、レティシアの心は期待と不安でいっぱいになる。
「し、師匠……そのことなんですが、師匠は……私のことをどう思っていますか?」
♢♢♢♢♢
「師匠は……私のことをどう思っていますか?」
レティシアの声が耳に届き、アンドレアスは思わず足を止めた。
王宮から出ていくレティシアを追い、アンドレアスは森林公園に足を踏み入れた。そこで目にしたのは、オースティンに真っ赤な顔をして上述の質問をしているレティシアの姿だった。
「はあ?」
「お、教えてください。師匠は昔からずっと、私に一際優しく接してくれました。私のことを……弟子以上に思ってくださっているのではないですか?」
アンドレアスは続くやりとりをこれ以上聞きたくなくて、踵を返すとその場を後にした。
アンドレアスは、レティシアのことが好きである。
このことはシャーロットにもイザベラにもグレンにも、最初からバレバレだったし、自分自身でもロブ村で出会った初期の頃から自覚していた。
彼は、生まれたときから成人まで生きられない運命を背負った存在で、当然自分は恋なんかせずに、死んでいくのだろうと思っていた。グレンから婚約者のクレアの話を聞いたときも、羨ましいなんて思いは皆無で、どこか別の世界のおとぎ話でも聞いているような感覚だった。
しかし、レティシアに出会ったことで、その思いはあっさりと瓦解した。彼女のことを考えると苦しくて、でも楽しくて、ずっと傍にいたくなった。
まだレティシアが貴族令嬢だとは判明していなかったころ、シャーロットが気を利かせてレティシアに後ろ盾を作ろうと、妹のマルティネス公爵夫人にレティシアを養女に出来ないか、と交渉したことがあった。
レティシアの気持ちも考えずに勝手なことをしてまずいのではないか、と思ったが、自分も片棒をかついでしまった。レティシアを手に入れたかったのだ。
ヌマイではそんな状況ではないだろうに、キスもしたし、返事はまだだが告白もした。レティシアもアンドレアスを憎からず思ってくれているだろう、と自惚れていた。たった今まで。
でもどうやら自分の勘違いだったようだ。
それから、アンドレアスはレティシアが訪ねてきても忙しいという理由で断り続けた。今まではどんなに多忙だろうと合間を縫って自分から会いに行っていたのに。
レティシアもきっと不審に思っているだろう。
しかし、しょうがないのだ。レティシアの口から、「レティシアはアンドレアスではなくオースティンを想っている」と、断固として聞きたくなかったのだ。
王宮の庭園のベンチに腰を下ろしたアンドレアスは、穏やかな午後の陽射しを浴びていた。
(もう何も考えたくない……)
アンドレアスは初めての失恋にうなだれていた。世間の人々はこんな思いをしてもまた立ち上がり、また次の恋へと進むのか。尊敬という他ない。
その静かな時間は、ふとした瞬間に遮られた。誰かがアンドレアスの前に立ちその影がかかる。影の正体はレティシアだった。
「アンディ様」
レティシアがにこりと笑う。
「レティシア……」
「最近お忙しくて全然お会いできませんでしたね。お体壊していませんか?」
「ああ……大丈夫だ」
「お隣、よろしいですか?」
「うん」
レティシアがアンドレアスの隣に座る。
今までもこのベンチで一緒に座って雑談することは何度かあったが、今日はいつもより距離が近いように感じた。すぐ横にいるレティシアの体温が、アンドレアスの心に直接伝わってくる。彼の心臓は、ドキドキと高鳴り、まるで周囲の静けさをかき消すかのようにうるさくなった。
「アンディ様。あの、今更になってしまうのですが……」
「ん?」
「ヌマイで……私のことを……す、好きと言ってくださったじゃないですか」
「……!」
「そ、その返事なのですが」
緊張した面持ちで言葉を紡ぐレティシアに、アンドレアスは顔を青くする。聞きたくない。
「いや、いい。君の気持ちは分かっている」
アンドレアスは本当に聞きたくなかった。
「……え?」
「先日、森林公園で君とオースティン殿との会話を聞いてしまった」
「え!! ……そ、そうなのですか……?」
途端にレティシアは顔を赤く染める。アンドレアスは頭が痛くなるのを感じながら、ため息を吐いた。
「ああ、君がオースティン殿のことを好きだということを」
「師匠にアンディ様との結婚の許可を得たこと、聞かれてたのですね」
二人のセリフは同時に放たれ重なった。
「……ん?」
「え?」
お互いに目を丸くして見つめあう。
「んん? 私が師匠を好き……? なんのことです?」
レティシアは頭にはてなを浮かべて首を傾げているが、混乱しているのはアンドレアスのほうが上だ。
「いや、君……アンドレアス殿に自分をどう思っているか聞いていたじゃないか! 真っ赤な顔して」
「え? あ……! ちが……そ、それはですね……」
話はレティシアとマデリーンの会話に遡る。
次話でラストです!
下の☆☆☆☆☆から作品の評価をいただけると励みになります。
また、ブックマークもしていただけると嬉しいです。




