最終話 紫の髪と瞳
「マデリーン、そのことなんだけど……ちょっと相談したいことがあって」
レティシアはかしこまった様子で、マデリーンを見つめた。
「マデリーンの婚約者は……親が決めた人じゃないわよね」
「そうよ。知っているでしょう。私がカトレア森でオースティン様へ依頼したのも、そのことだったじゃない」
♢
マデリーンは、幼馴染で豪商の息子を好きだった。
彼とは互いに好意を寄せ合っていたが、子爵令嬢である自分と、平民の彼との関係は、父に難色を示された。そして、父が決めた婚約者を、無理やりあてがわれそうになっていた。
そんな状況に心を悩ませたマデリーンは、今から四年前、思い切ってオースティンの元を訪れた。彼ならどんな願いも叶えてくれる、と聞いたからだ。
オースティンの答えは「駆け落ちをしろ。手伝ってやる」だった。
「そ、そんな……ひどいです!」
「……? なぜだ? その好きな男と一緒になりたいんじゃないのか?」
オースティンが首を傾げた。
「そうです! だから、私は父の心を変えるとか、そういう魔法をお願いしにきたのです!」
「つまり、今の暮らしも捨てたくないし、好きな男も諦めたくないということか。ずいぶん都合がいいな」
「……っ!」
マデリーンは顔を赤くする。
「心を変える魔法……できないことはないが、俺はそういう魔法は好きじゃない。お前が今いい生活をしているのは、父親のおかげだ。その生活は維持したい。でも勝手なこともしたい。それで通るほど世の中は甘くない」
「……確かに勝手だと思います。でも、私は今の家が好きなんです。最近、家業もいろいろ手伝い始めて……商売の面白さに気づいたところだったのです……」
「じゃあ、誰を連れてきても文句言わせないぐらいに、お前自身がなれば良いんじゃないか?」
オースティンの投げやりなその言葉に、マデリーンは目を見開いた。
「……で、ではオースティン様。依頼を変えます! ――永彩花の咲く場所はご存知でしょうか?」
永彩花――魔植物の一種だ。通常は魔界にしか咲かないその花が、この国にも自生している場所があるという伝説を、マデリーンは耳にしたことがあった。その花からは、色彩豊かで、決して色褪せない染料が採れると伝わっている。
オースティンに案内された永彩花の自生地は、深い谷底にある危険な場所だった。しかし、彼の手助けにより、無事にマデリーンは永彩花を手に入れる。さらに試行錯誤の末、自らの工場での培養にも成功した。永彩花を使用した染料で服飾事業を展開し、やがて王宮にまで顧客を得るに至る。なお、その事業の立ち上げには幼馴染も協力していた。流通や資金面で彼女を支えたのだ。
こうして成功に喜んだマデリーンの父は、ついに二人の婚約を認めたのだった。
♢
「そう、そうよね……結婚には、親の承諾が必要よね」
レティシアは神妙な面持ちで言った。
「まあ、そのほうがわだかまりがなくていいわよね。……え? ってことは、やっぱりアンドレアス殿下と……!? きゃー!! もう、早く言ってよね!」
マデリーンは一気に興奮し、目を輝かせた。
「……あ、まさか、レティシアのお父様に結婚の許可をもらうってこと?」
「え?」
レティシアはきょとんとした。
「貴女がそうしたいなら構わないけど……それ必要? クレア様だけでいいんじゃないの?」
レティシアに酷い扱いをした父親の許可なんて、本当に必要かしら――と、マデリーンは眉を寄せた。
「あ、うん……そのね……」
「何? 煮え切らないわね」
「ねえ、マデリーン。私が一番、結婚の許可をいただきたい人はね……」
♢
「師匠は……私のことをどう思っていますか?」
「はあ?」
「お、教えてください。師匠は昔からずっと、私に一際優しく接してくれました。私のことを……弟子以上に思ってくださっているのではないですか?」
そう言うと、レティシアはぎゅっと目を瞑った。
ヌマイで、レティシアはアンドレアスから告白を受けた。あのときは返事ができなかったが、いろいろな出来事が起き、片付いた今、彼と結婚したいと強く思った。
そう考えたとき、オースティンのことが気になった。彼は命の恩人であり、ずっと一緒に暮らしてきた。レティシアにとって、一番結婚を認めてほしい、祝福してほしい相手はオースティンだった。
しかし、そこで不安がよぎった。ただの弟子が、結婚の許可を求めてくる状況――これはオースティンにとってどうなのだろうか。
違う。レティシアは自分がオースティンにとって、ただの弟子であるとは思いたくないのだ。無意識のうちにスカートを握る手に力が入った。
目の前のオースティンが溜め息を吐いた。
「……俺は幼いころ、親に捨てられた」
レティシアはわずかに息を止めた。
「……マチルダ。あいつが俺にとって唯一の家族だった」
「……」
「レティ。……俺はお前のことを」
「……はい」
「ただの弟子ではない。……娘のように思ってきた。誰よりも大事な存在だ」
「……師匠」
レティシアの瞳から涙がこぼれた。
悲しみの涙ではなく、嬉しさにあふれた涙だった。そして、彼女はオースティンのたくましい胸に抱きついた。
「わ、私も……ずっと、師匠のことを、お父様のように思っていました」
「……ああ、わかっている」
幼いころに父に捨てられたレティシアは、その空白を埋めるように、オースティンへ家族としての情を向けていた。
オースティンは優しく彼女の背中を撫でた。
「私、アンディ様のことが好きです。結婚の許可をくれますか? 師匠」
「……ああ」
「ありがとうございます」
「……泣かされたらいつでも戻ってこい、レティ」
そう言ってオースティンは笑った。
♢
レティシアは、マデリーンやオースティンとのやりとりを、一生懸命に説明した。
アンドレアスは唖然としたまま、しばらく何も言わなかった。
やがて、彼は深く息を吐いた。どうやら事情は理解してくれたらしい。その様子を見て、レティシアは続けた。
「……抱きしめられて、胸が張り裂けそうになるのは、アンディ様だけです」
「……!」
アンドレアスの目が驚きに見開かれた。
「好きです、アンディ様。ずっと前から」
レティシアの言葉を聞いた瞬間、アンドレアスは彼女を強く抱きしめた。レティシアは、やっと言えたと安堵した。恋心を自覚したのは父の事件のときだったが、思い返せば、それより前から無自覚に彼に惹かれていた。
彼の胸の中で、レティシアはそっと微笑んだ。
「レティシア、王家のことで迷惑をかけた。必ず幸せにする」
「……私が貴方を幸せにします」
アンドレアスはレティシアの顎を優しくつかみ、彼女の唇に口付けた。
レティシアは自然と彼の背中に手を回し、その温もりを受け入れた。
――それから三年後、ユハディーア王国の王太子が妃を娶った。王太子妃は絶世の美女と評され、婚姻式には他国からも多数の貴族たちが訪れていた。
紫の髪と瞳――かつて忌み嫌われたその色を持つ妃は、今や民に迎えられ、祝福の声が響いている。
師匠や姉、友人たちに囲まれながら、彼女は幸せそうに微笑み、静かに頭を下げた。
その光景を、空高く舞う白龍が静かに見守っていた――
完結しました。
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