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不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした  作者: 長井よる
真相編

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34話 百年前③

 

 リーシャや、その腹の子がどうなったのか、何度尋ねても、夫は言葉を濁すばかりだ。


 エレノアはスコルにこっそりと近づき、何をしたのか訊いた。


「お前の望みを叶えたまでだ」


 スコルは不気味に微笑んだ。


 エレノアは人を使い、リーシャという女性がどうしているか調べさせた。


 調査の結果――あの日の夜、リーシャは街で変死体で発見された。腹の子も助からなかったらしい……。


 伯爵から邪険に扱われることはなくなり、子供のことも言われなくなった。そのおかげか、エレノアの心は少しずつ安定を取り戻していった。スコルはあれからずっとエレノアのそばにいるが、真面目に使用人業をこなしている。


 あまりにも平和だ。


(スコルを呼び出したときは、とんでもない事態になるかもと思ったけど……そうでもなかったみたい……本もあの地下室に戻したし……大丈夫、よね?)


 スコルを召喚した後すぐに、エレノアはザリバン家へ訪れていた。魔界図鑑を手元に置いておくのが怖くなったのだ。日を空けずに訪ねてきたエレノアに、マチルダは驚いていたが、魔界図鑑がなくなっていることには気づいていない様子だった。


 その日の晩、エレノアは再びこっそりと地下室に忍び込み、本を元の場所に戻した。しかし、地下室の階段を登りきった瞬間――そこにオースティンが立っていた。エレノアの体が跳ねる。


 後ろにある窓からの月明かりが、彼を神秘的に照らしていた。


「どうして地下室に?」


「……え、いえ、なんでもないわ」


 オースティンのまるで精巧な人形のように整った美しい顔が、じっとこちらを見つめてくる。その視線に耐えきれず、エレノアは何とかその場を振り切り、逃げるように自分の部屋に戻った。


 オースティンが何かマチルダに告げ口するのではないかと心配したが、あれ以降、姉からは何の音沙汰もなく、エレノアは安堵していた。







「呪い……?」


 カミーラが第三王子を出産してから一か月ほど経ったころ。久しぶりにマチルダに呼び出されて、エレノアはザリバン家を訪れた。


 オースティンは最近独立したらしく、不在だった。独立して早々、国内のどこかの街を災害から救ったという噂が広まり、その名は国民の間で知られるようになっていた。


「うん……この前カミーラが産んだ王子に変な痣ができていたのよ」


「痣?」


「どうやら何者かに呪われたんじゃないかって……。で、不思議なことに第一王子と第二王子にも突然同じ痣が体に現れたの。なぜか王女だけは大丈夫だったんだけど」


 エレノアは何だか胸騒ぎがした。


「その痣があると……どうなるの?」


「透視魔法で見てみたけど、夜になると、体内に根を張り、そこから管みたいなものが伸びて、心臓付近を動き回っているの」


「何それ、気持ち悪い……」


「成長により、動きも活発になるみたい。赤ん坊の第三王子はまだ根も小さいけど、上の二人の王子の症状のほうがひどいわ」


 第一王子は十五歳、第二王子は十二歳だった。


「――ねえ、エレノア。この前話した、魔界図鑑のことなんだけど……」


「え?」


 そう言って、マチルダはあの魔界図鑑をテーブルの上に置いた。


 本を返しに行った晩の出来事が、脳裏によぎる。


(やっぱり……オースティンがお姉さまに何か言ったのかしら)


「……ちょっと不思議なことがあってね」


「不思議なこと?」


「ほら。ここ」


 マチルダがパラパラと魔界図鑑をめくる。そして、スコルが載っているページを開いた。瞬間、エレノアは思わず息を呑んだ。――そこには、彼女の茶色く変色した血痕がはっきりと残っていた。


「これなんだけど……」


「え? このス、スコルプレーっていう魔人……がどうしたの?」


 エレノアは自分の言葉にハッとし、マチルダの顔を見つめる。マチルダは不審そうな表情を浮かべ、「……この文字が読めるの?」と尋ねてきた。


「やっぱり……この痕は貴女の血? まさかこの魔人を呼び出したの?」


 マチルダの問いに、エレノアの背筋が冷たくなる。


「……それは――」


「スコルプレーって聞いたことあるわ。高位魔人よ……。エレノア、スコルプレーに何を願ったの?」


 そのとき、家令が部屋に飛び込んできた。


「マチルダ様……! 今王宮よりすぐ来るようにと遣いがきました!」


 エレノアとマチルダのやり取りは中断され、マチルダは急いで王宮へと向かった。マチルダの表情には緊張が漂っており、何か重大なことが起こったのだとエレノアは察した。


 ――リックとカミーラの長男、第一王子が死んだ。


 死因は呪いによるショック死であり、さらに第二王子と第三王子も何者かに呪われている――そうマチルダが診断し、その事実は世間にも公表された。


 



「スコル!」


 伯爵家に戻ると、エレノアはスコルを探し、声をかけた。


「……王子たちの呪いって――まさか貴方がやったわけではないわよね?」


 スコルは眉を上げ、しばし沈黙したあと、笑みを浮かべた。


「……それがお前の望みだろう」


「……な、何言って……私の望み?」


「カミーラ王妃が憎かったのだろう。王子たちに死んでほしいと思ったのではないか?」


「……っ」


 その言葉は、まさに図星だった。王妃の地位を手に入れ、男子を三人も産んだカミーラを、憎んでいた。自分とはあまりにも違う、順風満帆な彼女に対する嫉妬が、心の奥で膨れ上がっていた。


 自分の中にあったどす黒い願いが、思いもよらぬ形で現実になろうとしていることに、エレノアは動揺した。


 もっとも恐ろしいのは――マチルダは自分を疑っている。


 最後に会ったときの、エレノアを問い詰めるマチルダの顔が、脳裏によぎる。このままでは、自分はどうなってしまうのだろうか。


「国王から、お前宛てに手紙が届いている」


 スコルはそう言って、王家の印が押された封筒を差し出した。エレノアはそれを受け取り、緊張しながら封を切る。そこには、リックの直筆の文章が記されていた。


 ――呪いをかけた犯人がマチルダではないかと疑っている。情報提供を依頼したい。


(……? なぜ、リック様はお姉さまを疑っているの……?)


 マチルダの真意はともかく、表向き、ザリバン家は王家に忠誠を誓う貴族の筆頭である。


 エレノアは迷った末、王宮を訪れ、リックと対面した。


 そこで、彼女はリックから衝撃的な話を耳にした。


 数か月前、リックは暗殺未遂に遭ったという。国民の混乱を防ぐため、このことは公表されていなかった。捕まった犯人を尋問したところ、マチルダに指示されたことを示唆したというのだ。最初は犯人の世迷言だと信じなかったリックだが、犯人の身元を調べると、かつてザリバン家に勤めていた者だったことが判明した。


 リックの話を聞きながら、エレノアの胸にかすかな希望が宿った。彼女にとってこれは、王家を呪った疑いを自分から逸らす、絶好の機会だった。


(お姉さまが悪いのよ……私を、妹を疑うから……)


 エレノアは、ザリバン家に大量の呪具があることを明かし、さらにマチルダが過去にリックを暗君と揶揄していたことも告げた。


 話しながら、背筋に冷たいものが走った。よくないことになるのではないかという不安がよぎる。だが、自分が疑われるよりはずっとマシだった。


(お姉さまなら、きっと切り抜けられる……)


 マチルダは完璧だ。この程度の事態、難なく乗り越えられるはず……。


 前に王宮で再会したときのリックは冷たかった。しかし、そのときのリックは、まるで学生時代に戻ったかのように、エレノアの話を真剣に聞いてくれた。そして、「証言、感謝する」と、彼女に笑いかけてくれた。


 それから、あっという間にマチルダは王家を呪ったこと、反乱を企てている、という容疑で捕まった——




 エレノアが伯爵家に一人でいると、どこかに出かけていたスコルが、戻ってきた。手には――あの魔界図鑑を持っていた。


「そ、それ……私、ザリバン家の地下室に戻したのよ。なんで持ってきたの?」


「王宮に渡るのは面倒だからな。……お前が所持しておけ」


 スコルの話では、あの地下室にあった呪具はすべて王兵が没収していったらしい。確かに、この書物が没収されていれば、リックも呪いの原因に辿り着いていたかもしれない。安堵しながらも、心のどこかが悲鳴を上げていた。


(お姉さま……)


 姉を陥れてしまったことに、エレノアは深い後悔に苛まれていた。


 悩み抜いた末、ある決断をした。自首しよう——その瞬間、心が晴れやかになった。早く、自分が王家を呪ったのだと告げ、無実の姉を解放してもらおう――そう思い、王宮に出向く準備を始めた。


 しかし。


 裁判も行われぬまま、リックの指示でマチルダが処刑された――その報が入った。


 捕まってから、何日も経っていない。あまりの速さに、エレノアは愕然とした。


(どうして……あんなに強いお姉さまがあっさりと処刑されるなんて……)


 カミーラはショックで倒れたらしい。


 エレノアは急いで王宮へ上がり、「見舞い」という名目でカミーラのそばに寄り添った。二人は共に涙を流しながら悲しみをわかち合った。


 そうしながら、エレノアは心の中で、自分は何をしているのだろうと自問自答した。涙が頬を流れるたびに、その思いはより一層深まっていく。


 でももう取り返しがつかない……。




 その晩、エレノアはリックの部屋を訪ねた。部屋の前には王宮騎士たちが立っていたが、スコルが全員を気絶させ、外の見張りは彼に任せた。


 扉を開けると、リックは驚くこともなく冷静に彼女を迎え入れた。


「エレノア、君のおかげであの魔女を葬ることができたよ」


 エレノアの胸に、やり場のない怒りが湧き上がる。


「魔虫糸の縄――魔力を封じる魔道具を外国から取り寄せたんだ。まさかあそこまで効果があるとはな。あれほど強大な力を持った魔女でも、魔力を封じれば何もできない」


 リックはくつくつとおかしそうに笑った。


「陛下……。なぜ裁判も行わず、即日処刑をしたのですか? もしかしたら姉にも言い分があったかもしれません」


 自分で証言しておいて何を言っている、ともうひとりの自分が冷ややかに嗤う。それでも、怒りが収まらなかった。


「マチルダが犯人だろうとなかろうと関係ない」


「え……?」


「マチルダは最近調子に乗りすぎた。先日も、私の政策に対し貴族たちから嘆願書を集め、苦言を呈してきた。何様のつもりだ」


「それは……」


 リックが、国民を苦しめているからだろう。


「いいか、そもそもおかしいのだ。あれほどの魔力を持った者がこの国にいることが。あの女が反乱を企てていなかったとしても、この先どうなるか、わからないではないか」


「でも、呪いの犯人は……? 姉が死んでも、辺境伯家の呪具を全部壊しても、第二王子と第三王子の呪痕も、消えていないらしいじゃないですか!」


「……それは、これから考える」


「……考えるって……」


「おそらく、ザリバン家の人間がまだ呪具を隠し持っているはずだ。明日、あの家の関係者全員を拘束するよう命じる予定だ」


「……」


 言っていることが嚙み合っていない。こんなに浅慮な人間だったろうか。


(――こんな男に、お姉さまは殺されたのね)


 エレノアは腹が立つと同時に落胆した。


 このままでは、ザリバン家の人間はただでは済まない。数年だが世話になった家令や使用人たちの顔が浮かぶ。


 ふと、影が差し、自分の背後にスコルが立っていることに気づいた。


「どうする?」


 抑揚のない声で問いかけられる。


「殺して」


 自分でも信じられないほど、冷たい声が出た。




あと1話で過去編終わります。


読んでくださり、ありがとうございます。

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