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不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした  作者: 長井よる
真相編

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35話 百年前④

 

 次の日、リックの変死体が発見され、王宮は騒然とした。だが、エレノアたちが疑われることはなかった。皆、マチルダの呪いだと噂したが、世間には病死として発表された。


 第一王子と親友だけでなく、いきなり夫を失ったカミーラに寄り添うため、エレノアはしばらく王宮に滞在することに決めた。


 すべての元凶が自分にあることは、痛感していた。だが、そんなことを考えていても意味がないと、エレノアは自分に言い聞かせた。


 そうでもしなければ、とても立っていられなかったのだ。


 


 リック王崩御から一週間経ったころ――王宮に激震が走った。


 最近、その名を国内に轟かせている魔導士オースティンが、単身で王宮に乗り込んできたのだ。


 マチルダが捕まったとき、彼は外国にいた。帰国して、マチルダが王家を呪った罪で処刑されたことを知ったのだろう。


   姿を現したオースティンはまさに怒髪天を衝く勢いで激昂していた。王宮を半壊させ、騎士たちを捻じ伏せた。


   彼はカミーラの部屋に侵入し、「なぜマチルダを殺した」と詰め寄った。その様子を、エレノアは物陰に身を潜め、震えながら見ていた。


   カミーラは涙を流しながら、マチルダのことを何度も謝罪した。その姿は痛々しく、オースティンも次第に態度を和らげていった。


「マチルダが冤罪だったと、全国民に知らせろ」


「……必ず知らせます。マチルダの名誉を回復するために、全力を尽くします」


 その後、マチルダの遺灰を回収したオースティンに、カミーラが小さな包みを手渡した。


 オースティンはそれを無言で受け取り、そのまま王宮を去っていった。


 確かにこのとき、マチルダの無罪を世間に公表することを二人は約束したのだ。


 ――しかし、結局今までマチルダは大罪人としてこの国に伝わっている。


 カミーラの名誉のために言えば、彼女はマチルダの冤罪を晴らすために、家臣たちに指示を出していた。文書が作成され、国民への発表準備も進められていた。


 しかし、それが公表されることはなかった。カミーラが亡くなったからだ。死因は、階段から足を踏み外した転落死。


 エレノアはその死に一切関与していない。だが、ただの事故ではないかもしれない、とエレノアは考えていた。


 すぐに第一王女が女王に即位した。若いながらも、リックとは違う意味で行動力があり、有能だった。彼女はまず、緊張状態であった周辺国との関係の修復に乗り出した。積極的に対話を行い、平和条約を結んだ。さらに国内では輸出業に力を入れ、苦しむ民たちへ支援も進めていった。


 しかし、彼女はマチルダの冤罪を国に知らしめることはしなかった。


 ただでさえ王家は呪われ、第一王子、国王、王妃と立て続けに亡くなり、国家は揺れていた。そんな中で、人気の高かった貴族を無実の罪で処刑したと公表すれば、反乱が起きてもおかしくない――そう判断したのだろう。


 逆に女王はこの国難がマチルダの仕業だということを深く印象づけるために、マチルダがいかに邪悪な魔女か、国民に噂を流した。


 エレノアはこの辺りの裏事情を、官僚である夫のアシュフォード伯爵から聞いていた。


 いつまで経ってもマチルダの冤罪が公表されないことに、オースティンがまた王宮に攻め込むのではないかと、エレノアは不安になった。しかし、彼が現れたのは王宮ではなく――アシュフォード伯爵邸、エレノアの前だった。


 オースティンは、その端正な顔に冷徹な眼差しを宿し、エレノアをじっと見つめた。まるで心の内を透かし見るかのような鋭さに、エレノアは思わず息を呑んだ。


「オースティン、久しぶりね。元気だった?」


 震える声を気取られないよう、エレノアは明るく言った。


「……臭い」


「は?」


「気づかないのか? この屋敷は、魔の臭いに汚染されている」


「な、なにを……!?」


 次の瞬間、オースティンが懐から取り出したものを見て、エレノアは息を飲んだ。


「それ……お姉さまの首飾り? なぜ貴方が……?」


「マチルダの遺品だ。カミーラ王妃が密かに隠して持っていた」


 オースティンが冷え切った声で続ける。


「マチルダは処刑直前、これを王妃に託したそうだ。……俺に渡してほしい、と」


「……!」


「この首飾りには魔法がかけられていた。俺宛ての遺言だ」


 エレノアは、オースティンの発言に息を詰まらせた。


 姉は遺言なんてものを残していたのか。


 ――エレノアではなく、オースティンに。


「お前が魔界図鑑から魔人を呼び出し、王家を呪った――そう残されていた」


 エレノアは唇を噛んだ。


 やはり、マチルダは自分を疑っていた。そして、その疑いは正しい。でも――


(私は、妹なのに……ひどいわ、お姉さま……!)


 遺言をエレノアに残してくれなかっただけではない。


 あろうことか、自らを陥れた犯人―-つまりエレノアを暴き、裁いてほしいと、オースティンに託していたのだ。


 その事実が、胸を深く抉った。


「……カミーラ王妃が急死し、上手く命令が通らなかったのだろうな。まだマチルダの冤罪は公表されていない。――だったら、俺の手で真犯人を見つけ出し、王家に冤罪で無実の女を処刑した罪を自覚させてやる」


 オースティンは殺気あふれる表情でエレノアを睨みつけた。


 エレノアは、全身を押し潰すような威圧感に、がたがたと震えた。


(殺される……!!)


 後ずさるエレノアの前にスコルが立ちふさがった。その直後、視界が弾けた。


 すさまじい衝撃が屋敷を揺らす。


 気づけば、オースティンの足元にボロボロになったスコルが横たわっていた。


 オースティンが止めを刺そうとした、その瞬間――スコルはエレノアを抱え、逃亡した。


 


 それから、エレノアはスコルとともにオースティンから逃げ続けた。


 オースティンの魔法なのか、二人はこの国から出ることができなかった。外へ出ようとすれば、結界のようなものに阻まれてしまうのだ。


 スコルは傷を癒すため魔界に戻り、その間、エレノアは一人身を潜めて過ごした。スコルの傷が癒えれば再び共に過ごしたが、オースティンの影が迫るたび、スコルは魔界に逃げ、エレノアは身を隠す――そんな日々を何十年も繰り返していた。


 国民から尊敬の眼差しを向けられるオースティンは、エレノアにとって、悪夢そのものだった。


 なぜ、オースティンがずっと青年の姿のままなのか、それも不気味だった。


 高位魔人であるスコルにとって、オースティンの存在は屈辱だったはずだ。彼の中でその憎しみが膨れ上がっているのを、エレノアは感じていた。


 五十年の歳月が流れたころ、スコルとエレノアは王都に姿を現した。


 スコルが地面に力を込め、思念を集中させると、周囲の大地が激しく揺れ始めた。魔力が地を裂き、魔界への穴が開く。そこから魔獣たちが次々と這い出し、街は恐怖のどん底に陥った。


 スコルの狙い通り、王都の混乱を聞きつけてオースティンが姿を現した。


 復讐の念を込め、スコルは魔獣たちを一斉にけしかけた。だが、オースティンはそれを難なくかわし、次々と斬り伏せていく。


 またしても返り討ちに遭い、二人は命からがら逃げ出した。


 こうして再び、オースティンから身を隠す日々へと戻った。


 


 それからさらに、長い年月が経った。


 オースティンの影に怯えながら、何十年もひっそりと生きて、エレノアはもう疲れてしまった。


(私……なんのために生きているの? 何の夢も目的もなく、このまま永遠の時を生きるのかしら……)


 その日、二人は王都にいた。王都では大規模な祭りが開かれていた。


 そこでエレノアは、王族のパレードを見た。


 女王と王配、王妹、そして王女と王子が民衆に手を振っている。その光景を見て、エレノアはまぶしさに目を細めた。


 ふと、末端の席に座っている王子の顔を見て、エレノアは驚愕した。


(リック様……?)


 まだ十歳ほどだろう。しかし、その顔はかつて愛し、愛されたリックに酷似していた。あと数年もすれば、瓜二つになるに違いない。


 その瞬間、エレノアの心に宿ったものは、紛れもなく喜びだった。


 ――そうだ、私の夢は……王妃になることだわ!


「ねえ、スコル。王家の呪いを解くことはできないの? このままだとあの王子も大人になる前に死んでしまうわ」


「一度かけた呪いは、当人でも解除はできない。お前が死なない限りな」


「そんな……」


 エレノアの曇った顔を見て、スコルはニィ……と笑った。


「しかし、あの呪いを誰かに移すことはできる」


「移す……?」


「そうだ。お前に転移魔法を授けよう。別の誰かに王家の呪いを移すのだ」


 スコルはエレノアに転移魔法の能力を授けた。


 ――でも、どうやってアンドレアスの元に近づけばいいのか。


 療養のため代々王子は離宮に住んでいるという話だ。スコルの力で強引に侵入することも考えたが、もっと自然に……彼の懐に入ることはできないだろうか。


 まだアンドレアスが死ぬまで数年の猶予がある。死ぬとわかっている王子に婚約者があてがわれることもないだろう。じっくりと計画を練ろう――幸い時間だけはある。


 それから、四、五年ほどが過ぎた。


 北の地のジル地区を訪れた際、エレノアはワグナー伯爵家の令嬢セレーナを街で見かけた。その姿はあのカミーラの生き写しだった。


 セレーナはこのジル地区に平民の恋人がいるらしく、頻繁に足を運んでいるという。


 そこでエレノアは、恐ろしい計画を思いついた。


 カミーラそっくりなセレーナに成り代わり、リックそっくりなアンドレアスの妃になることを……。


 荒唐無稽な計画ではあったが、自分にはスコルがいる。不可能を可能にしてくれる。姿が変われば、オースティンに気づかれる可能性も低くなる。


 スコルにこの話をすると、彼は案の定、にやにやと笑い、興味深そうに聞き入った。


 ――どうやって彼女と成り代わろうか。


 ちょうどそのころ、ジル地区を騒がせている誘拐事件の話が耳に入った。


 スコルとエレノアは、コンスタツォ家の雇われ魔法使いが誘拐犯だと突き止め、彼の地下室に忍び込んだ。そこには二十体以上の少女の遺体が吊るされていた。


「……皆、中身が取り除かれて外側だけが残されているわね」


 エレノアは吐き気をこらえながら、室内を見渡した。


「これはいい」とスコルが嗤った。


 スコルの思惑通り、セレーナをうまく誘導し、魔法使いに誘拐させた。


 その後、オースティンが少女を連れてジル地区にいたところを目にした。エレノアたちを捕まえに来たのかと急いで身を隠したが、どうやら違うようだ。彼は誘拐殺人事件を解決しに来たらしい。


 オースティンの通報により衛兵たちが地下室に踏み込む前に、二人はセレーナの遺体を持ち去った。直後、オースティンと接触していた役人を、スコルが葬った。セレーナが殺害された証拠を、渡されていた可能性があったためだ。


 他人の体が馴染むまで一年ほどかかったが、こうしてエレノアは、ワグナー伯爵令嬢、セレーナになることができた。


 あとは王宮に上がり、アンドレアスの呪いを他者に転移させるだけだ。


 だが、王宮へ赴く機会はなかなか訪れなかった。


 


「ん……?」


「どうしたの、スコル」


「誰かが……王家の呪いを解こうとしているな」


 スコルによれば、アンドレアス王子の呪痕の力が弱っているらしい。


「おそらく、体内の根を焼いているのだろう」


 スコルはそう言うと、「意味がないことだ」と笑った。


 だが、数日後。


 スコルは眉を寄せ、つぶやいた。


「呪痕の成長が……止められている」


「え?」


 それからほどなくして、王子の呪いの進行が止められ、オースティンの弟子が王宮に上がった――そんな知らせが、伯爵を通じてエレノアの耳に入った。オースティンだけでなく、弟子までもがエレノアの邪魔をする……そのことに、彼女は強い憤りを覚えた。


 幸い、オースティンの弟子は王家の呪いは解けていないようだ。当然だ。エレノアがこうして今も生きているのだから。


 そしてエレノアは、スコルとともに隣国リンズベルからセツナ病を持ち込んだ。


 当然、この疫病を解決することで、王宮に上がるきっかけを作ることだった――



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