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34話 百年前③




 リーシャや、リーシャが身籠っていた子がどうなったか、夫に何度聞いても濁すばかりだ。


 エレノアはスコルにこっそりと近付き、何をしたのか聞いたが、「貴方の望みを叶えたままです」と従者らしい口調でうっすらと微笑んだだけだった。


 エレノアは人を使い、リーシャという女性がどうしているか調べさせた。

 結果は、あの日の夜、リーシャは街で変死体で発見された、というものだった。お腹の子も助からなかったらしい……。



 伯爵から邪険にされなくなり、子供のことも言われなくなったのでエレノアの心は少しずつ安定を取り戻した。スコルはあれからずっとエレノアのそばにいるが、あのリーシャのこと以外、真面目に使用人として仕事をしている。あまりにも平和だ。


(スコルを呼び出したときは、とんでもない事態になるかもと思ったけど……そうでもなかったみたい)


 ――あの悪魔辞典は、スコルを召喚した後、手元に置いておくのが怖くなり、すぐに何食わぬ顔でザリバン家を訪れ、返そうとした。日にちを空けずに訪ねてきたエレノアに、マチルダは驚いていたが、悪魔辞典が無くなっていたことには気付いていない様子だった。


 その日の晩、彼女は再びこっそりと地下室に忍び込み、本を元の場所に戻した。しかし、地下室の階段を登り、一階に着いた瞬間、オースティンが立っていた。


 後ろにある窓からの月明かりが、彼を神秘的に照らしている。


『どうして地下室に?』


『……え、いえ、なんでもないわ』


 彼のまるで精巧に作られた人形のように美しく整った顔が、じっとこちらを見つめてくる。その視線に耐えきれず、エレノアは何とかその場を振り切り、逃げるように自分の部屋に戻った。

 オースティンが何かマチルダに告げ口するかもと心配したが、あれ以降、姉からは何の音沙汰もなく、エレノアは安堵していた。



 ♢♢♢♢♢




「呪い……?」


 カミーラが第四王子を無事に出産してから一か月ほど経った頃。久しぶりにマチルダに呼び出され、エレノアはザリバン家を訪れた。

 オースティンは最近独立し、時折顔を見せるのだそうで、今は不在だった。独立して早々、彼は国内のどこかの村を災害から救ったという噂が広まり、その名は国民の間で知られるようになっていた。


「うん……この度カミーラが産んだ王子に変な痣が出来ててね」


「あざ?」


「どうやら何者かに呪われたんじゃないかって……。で、不思議なことに第一王子と第二王子にも突然同じ呪痕が体に現れたのよ。何故か王女にだけはできてなかったんだけど」


 エレノアは何だか胸騒ぎがした。


「その呪痕があると……どうなるの?」


「透視魔法で見てみたけど、夜中になると体内に根を這ってそこから管みたいなものが伸びて心臓付近を動き回っているの」


「何それ、気持ち悪い……」


「成長により、動きも活発になるみたい。赤ん坊の第三王子はまだ根も小さいけど、第一王子と第二王子のほうの症状のほうがひどいわ」


 この時第一王子は十五歳、第二王子は十二歳であった。


「……ねえ、エレノア。この前話したオースティンが持ってきた悪魔辞典のことなんだけど……」


「え?」


 そう言って、悪魔辞典をマチルダはテーブルの上に置いた。

 この本を返しに行った晩の出来事が脳裏に浮かぶ。


(やっぱり……オースティンが何かお姉様に言ったのかしら)


「……ちょっと不思議なことがあってね」


「不思議なこと?」


「ほら。このページ」


 マチルダがパラパラと悪魔辞典をめくる。すると、スコルが載っているページを開く。その瞬間、エレノアは思わず息を呑んだ。そこには、彼女の茶色く変色した血痕がはっきりと残っていた。汗が額に浮かび、彼女は冷や汗をかく。


「これなんだけど……」


「え? このス、スコルプレーっていう悪魔? がどうしたの?」


 エレノアは思わず口を滑らせたが、すぐに自分の言葉にハッとし、マチルダの顔を見つめる。マチルダは不審そうな表情を浮かべ、「……この文字が読めるの?」と尋ねてきた。


「やっぱりこの跡は貴女の血? まさかこの悪魔を呼び出したの?」


 マチルダの問いに、エレノアは言葉を詰まらせた。


「……それは、」


「スコルプレーって聞いたことあるわ。高位悪魔よ。……エレノア、スコルプレーに何を願ったの?」


 その時、突然この家の家令が部屋に飛び込んできた。


「マチルダ様……! 今王宮よりすぐ来るようにと遣いがきました!」


 エレノアとマチルダのやり取りは中断され、マチルダは急いで王宮へと向かった。彼女の表情には緊張が漂い、何か重大なことが起こったのだと察することができた。


 ――リックとカミーラの長男、第一王子が死んだ。


 その死因は呪いによるショック死であり、さらに第二王子と第三王子も何者かに呪われている……と、マチルダが診断し、それが世間に公表された。



 ♢♢♢♢♢



「スコル!」


 エレノアは伯爵家に戻ると、スコルを探し声をかけた。


「エレノア様。どうしましたか?」


「……王子たちの呪いって、まさか貴方がやったわけではないわよね?」


 スコルは眉を上げて沈黙した後、口元に微かな弧を描いた。


「……それが貴方の望みでしょう」


「!! な、何言って……私の望み?」


「カミーラ王妃が憎かったのでしょう。王子たちに死んでほしいと思っていたのではありませんか?」


「……っ」


 その言葉は、まさに図星だった。エレノアは、王妃という地位を手に入れ、男子を三人も産んだカミーラに嫉妬し、憎んでいた。自分とは余りにも違う、順風満帆な彼女に対する嫉妬の感情が、心の奥で膨れ上がっていた。


 ――姉は自分を疑っている。

 彼女の目が、自分の心の内を見透かしているかのように感じられた。このままでは、自分はどうなってしまうのだろうか。

 エレノアは恐怖に襲われた。自分が望んでいた暗い望みが、いつの間にか思いもよらぬ形で現実になろうとしていることに気付き、混乱と恐れが彼女の心を支配した。


「そうそう、国王陛下から、手紙がエレノア様宛に届いています」


 スコルはそう言って、王家の印が付いている封筒を差し出した。エレノアは手紙を受け取り、緊張しながら中を開いた。そこには、リックの直筆で書かれた内容が記されていた。


『呪いをかけた犯人がマチルダではないかと疑っている。情報提供を依頼したい』


(……? なぜ、リック様はお姉さまを疑っているの……?)


 マチルダの心意はともかく、表向きザリバン家は王家に忠誠を誓っている貴族の筆頭である。

 エレノアは迷った挙句、王宮を訪れ、リックと対面した。


 そこで彼女はリックから衝撃的な話を耳にした。数か月前、リックは暗殺未遂に遭ったというのだ。国民の混乱を防ぐため、このことは公表されていなかったが、捕まった犯人を尋問したところ、なんとその犯人がマチルダに指示されたことを示唆したというのだ。最初は犯人の世迷言だと信じなかったリックだが、犯人の身元を調べてみると、以前ザリバン家に勤めていた者だったことが分かった。


 リックの話を聞きながら、エレノアの胸にかすかな希望が宿った。彼女にとってこれはチャンスだ。王家を呪った疑いを自分に向けないための、絶好の機会だった。


(お姉さまが悪いのよ……私を、妹を疑うから……)


 エレノアは、ザリバン家に大量の呪具があることを話し、マチルダが以前リックを暗君と話していたことも告げた。


 話しながら、背筋に冷たいものが走り、良くないことになるのではないかという不安がよぎったが、しかし自分が疑われるよりはずっとマシだと感じていた。


(お姉さまなら、きっと切り抜けられる……)


 マチルダは完璧だ。このような事態、難なく乗り越える……。


 前に王宮で再会したときのリックは冷たかった。しかし、その時のリックは、まるで昔の恋人時代に戻ったかのように、エレノアの話を真剣に聞いてくれた。そして、「証言、感謝する」と、彼女に笑いかけてくれた。


 それから、あっという間にマチルダは王家を呪ったこと、反乱を企てている、という容疑で捕まった——





 エレノアは姉を陥れてしまったことに、深い後悔の念に苛まれていた。悩み抜いた末、彼女はある決心を固めた。自首しよう——その決意は、彼女の心に重くのしかかる罪の意識から解放されるための唯一の道のように感じた。


 しかし。


 裁判も行わずリックの指示でマチルダが処刑された、と一報が入った。


 捕まってから、何日も経ってない。あまりのスピードに、エレノアは混乱した。


 (どうして……あんなに強いお姉さまがあっさりと処刑されるなんて……)


 カミーラもまた、親友であるマチルダが処刑されたという衝撃的な事実に、ショックで倒れてしまった。

 エレノアは急いで王宮へとあがり、「見舞い」という名目でカミーラのそばに寄り添った。二人は共に涙を流しながら悲しみを分かち合った。


 そうしながら、エレノアは心の中で、何をしているのだろうかと自問自答した。涙が頬を流れるたびに、その思いはより一層深まっていく。


 でももう取り返しがつかない……。


 心に重くのしかかるその事実が、彼女をさらに絶望へと誘う。後悔や無力感が胸を締め付ける。


 その晩、リックの部屋を訪ねた。部屋の前には騎士たちが立っていたが、全員をスコルが気絶させ、外の見張りは彼に任せた。


 扉を開けると、リックは驚くこともなく冷静に彼女を迎え入れた。まるでエレノアがくることを予期していたかのようだ。


「エレノア、君のおかげであの魔女を葬ることができたよ」とリックは淡々と言った。


 エレノアの胸に、やり場のない怒りが沸々と湧き上がる。


「魔力を封じる縄を外国から取り寄せたんだ。まさかあんなに効果があるとはな。あれほど強大な力を持った魔女でも、魔力を封じれば何もできない」


 リックはくつくつとおかしそうに笑った。


「陛下……。何故裁判も行わず、即日処刑をしたのですか? もしかしたら姉にも言い分があったかも知れません」


 自分で証言しておいて何を言っている、と客観的にこの状況を見ているもうひとりのエレノアが嗤ったが、怒りが収まらないのを感じた。


「マチルダが犯人だろうとなかろうと関係ない」


「は……?」


「マチルダは最近調子に乗りすぎた。この前も、私の政策に対し貴族たちから嘆願書を集めて苦言を呈してきた。何様のつもりだ」


「それは……」


 リックが傍若無人な政策で、国民を苦しめるからだろう。


「いいか、大体おかしいのだ。あれほどの魔力を持った者がこの国にいることが。あの女が反乱を企ててなかったとしても、これから先どうなるか分からないではないか」


「でも、呪いの犯人は……? 姉が死んでも、辺境伯家の呪具を全部壊しても、第二王子も第三王子の呪痕も、消えてないらしいじゃないですか!」


「……それは、これから考える」


「……考えるって、」


「おそらく、ザリバン家の人間がまだ呪具を隠し持ってるはずだ。明日、あの家の関係者全員を拘束するよう命じる予定だ」


「……」


 言っていることの辻褄が合わない。こんなに、浅慮な人間だったであろうか。エレノアは腹が立つと同時に落胆した。

 こんな奴に、姉は殺されたのか。


 そして、このままだとザリバン家の人間はただでは済まない可能性が高い。数年だが世話になった家令や使用人達の顔が浮かぶ。


 ふと、自分にかかる影で、後ろにスコルが立っているのに気づいた。


「どうする?」抑揚のない声で問いかけられる。


「殺して」


 自分でも考えられないくらい、冷たい声が口から出た。

 こうして、あっさりと、リックはスコルの手によって殺された。





あと1話で過去編終わります。


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