29話 昔からの夢
「私は、確かに転移魔法を使いました。でもそれは王家への忠誠心あってこそ。……王妃になった暁には殿下やこの国のために尽力すると誓いますわ。そして、レティシアにはこれ以降一切手は出さないと念書を書いても良いですわよ」
「……っ、何を言ってるの、セレーナ。……もう一度火で焼かれたい?」
冷静でいられなくなったレティシアが、手に魔法を込める。呪いがかけられているせいで、出せる力はいつもの十分の一ほどしかないが、人ひとりを攻撃できる位は充分だ。しかし、男の子は囚われたままだし、アンドレアスのすぐ側には兵がいる。迂闊に近付くことはできない。
そんなレティシアを他所に、アンドレアスは至って冷静な口調で「何故、王妃になりたい?」と聞く。
「……フフ、昔からの夢なんです。だって、王妃とはこの国で一番の女性、ということでしょう」
セレーナはにっこりと笑った。
「……昔とは、百年前からか?」
「……っ?!」
アンドレアスの問いにセレーナが目を見開いた。
「な、何を言って……」
その時、ズンズン……と地響きが聞こえた。
それがどんどん大きくなる。
「なに、この音……?」とセレーナがこぼす。
遠方のほうからポツポツと灯りが見える。この侯爵家の一行と同じかそれ以上の兵がこちらに向かっているところが見えた。王家の旗をかがけている。
「これは一体……どういうことだ?」
兵がヌマイまで着くと、先頭の馬車から降りてきたのは、女王シャーロットであった。
シャーロットはジーニー侯爵の兵が子供や住人に武器を向け、またセレーナの前にアンドレアスが跪いている状況に眉を寄せた。
「陛下……?! どうしてここに………」
ジーニー侯爵が動揺し、目を見開く。
「……。待て、何故アンドレアスを跪かせている」
シャーロットが鋭い眼光で睨み付けると、セレーナもジーニー侯爵もハッとする。
「…………陛下。これはちょっとした冗談です。……殿下、お立ちになってください」
そう薄らとセレーナは笑う。
「皆を解放しろ」アンドレアスが膝をついたまま言う。
「……、分かりました……」
セレーナが兵に人質たちを解放するよう指示を出す。
解放された男の子は、慌てて近くにいたヌマイの少女の元へ走っていき、その体に抱きついた。
「母上……? どうしてここに?」
アンドレアスが立ち上がり、シャーロットに声をかける。
「ジーニー侯爵が兵を挙げてどこかに向かっていると情報を得たからな、気付かれないよう一定の距離を取りながら付いてきたのだ」
「……どういうことですか、陛下。何故私達を不審に思う必要が?」
先程まで、王太子に無礼を働いていた、ということは無かったかのようにジーニー侯爵が怪訝そうな表情を浮かべる。
「その武装兵達……まるで、外国に戦争でもしに行くと思われても不思議ではない」
「……。憎きレティシアを捕まえる為です。ましてやレティシアにはオースティンも付いている。この位武装しなくては、返り討ちにあうでしょう」
そこで、アンドレアスは王兵のほうに、グレンの姿をみつけた。腕を負傷している。
「グレン……! 君、何があった……?」
「……王宮へと戻る途中、そこのジーニー侯爵とセレーナ嬢に出会い……。私がこれから王宮へこのヌマイの疫病を知らせにいくと言うと、突然、兵に私を攻撃させ命を奪おうとしてきました。幸い、何とか逃げ出し、馬を走らせました。……そして、陛下の一行と会い、こうして一緒に来たのです」
そうグレンは腕の怪我を押さえながら言った。
「ジーニー侯爵、セレーナ。其方達一体何がしたいのだ。このヌマイで何の疫病が流行っている?」
「母上、そのことですが……」
アンドレアスが口を開こうとしたとき、こっそりとレティシアに近付いていたジーニー侯爵の兵が、後ろから彼女を羽交い締めにした。
「……ッ?!」
レティシアは咄嗟に魔力を込めていた右手で兵を攻撃しようとするが、それより早く持っていた縄でレティシアを縛り上げた。
「痛ッ……」
「レティシア?!」
アンドレアスが側に近付こうとするが、兵達数人がレティシアへ剣を向けて取り囲む。
「……よくやった」
ジーニー侯爵は笑い、レティシアの元へと近付いた。
「これは対魔法使い専用の特製の縄だ。あの魔女マチルダを捕えたときにも使われたとされる、魔力を封じる効果がある。レティシアとオースティンと戦うのだ。このくらいは用意してあるさ」
確かに、レティシアがいつものように念じてみても少しも魔法は使えない。レティシアの額から汗が落ちる。
「レティシア……何故、カトレア森で私の息子の命を奪った?」
ジーニー侯爵が静かに聞く。
「……それは……」
「……侯爵。レティシアならアンドレアスが王宮に連れて帰り、罪に応じた処罰を受ける。それで良いだろう」
「……いいえ! 陛下も殿下もこのレティシアの事を気に入っているのは周知の事実! 甘い処罰をされるとしか思えません!!」
ジーニー侯爵は悲痛な叫びをあげた。確かに、彼は長男を殺されたのだ。レティシアへの憎しみは限りないだろう。そう、王兵の者達も彼にどこか同情の目を向ける。
レティシアは黙り込んでいる。三年前の自分の選択が、こうしてずっと遺恨を遺してることに、唇を噛み締めた。
「お待ちください……!」
「……?」
この状況を固唾を飲んで見守っていたヌマイの住人たち。その中の一人の少女――レティシアやアンドレアスと同じ位の年齢に見える――が、声を上げ、飛び出してきた。
「カトレア森のことは、レティシアのせいではありません……!」
と、その少女は叫んだ。
レティシアは、ヌマイに来た時から、その少女の事を認識していた。会話はしなかったが、彼女がこっそりと影からレティシアのことを見ていたのを気付いていた。前髪が長く、その顔はよく見えなかったが、何処かで見た事ある気がする、と思っていたのだ。
「こ、侯爵様……。お久しぶりです、ビビです……」
「……! ビビ……!」
少女は自分の前髪を掻き分け、顔を見せるようにした。
ジーニー侯爵が目を見開く。
(ビビ……?)
レティシアもまた驚く。ビビとは、カトレア森に住んでいたとき、マデリーンと共に仲良くしていた少女の名前だ。
記憶の中のビビは、姿勢が良くいつもハキハキとしていて、今目の前にいるおどおどとした少女とは大分印象が違う。しかし、痩せこけてはいるが、良く見ると確かにビビの面影があった。
「私の息子をみすみす見殺しにしたお前が……こんな所で生き延びていたのか」
と、ジーニー侯爵がビビを睨みつける。
カトレア森の紫魔女事件で生き残った従者……とは、他でもないこのビビのことであった。
護衛も兼ねていた従者のビビが、主人の侯爵令息を守れなかったことに、侯爵は激怒し、ビビを侯爵家から追い出した。それっきり、ビビは消息不明になっていたのだ。
ビビは緊張で震えていたが、深く息を吐いた後、言った。
「侯爵様……、あの日何があったか、ずっと怖くて言えなかったのですが……お話しします」




