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不吉だと捨てられた令嬢が拾ったのは、呪われた王子殿下でした  作者: 長井よる
真相編

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30話 共犯


 ビビは静かに語り始めた。


 ――話は四年前に遡る。


 まだカトレア森にオースティンの住処があったころ、ビビは一人でカトレア森に足を踏み入れ、オースティンに魔法の依頼をしようとしていた。彼女の依頼内容は、「田舎の母の病気を治してほしい」というものだった。オースティンは彼女に治癒薬を手渡し、その薬によって母親の病気は見事に完治した。


 ビビは喜び、お礼を言うために再度オースティンの家を訪れ、その際にレティシアと初めて対面した。ビビとレティシアは同じ年ごろの少女同士ということもあり、互いにすぐに打ち解けた。


 その後、マデリーンという貴族の少女も仲間に加わり、三人は親密な関係を築いていった。


 それからしばらくして――三年前。


 主人であるジーニー侯爵の長男ルーカスが、最近、ビビがオースティンの家によく出入りしていると耳にし、興味を持ったらしい。


 彼はビビに「俺もオースティンに願いを叶えてもらいたいから、案内しろ」と命じた。


 このルーカスという男は、我儘放題で、金も女も何もかも権力で手に入れてきた。その尻拭いをするのは、いつもビビや他の従者たちであり、彼女はほとほと呆れ返っていた。


(今更、何の願いを叶えてほしいんだか……)


 そう思ったものの、断るわけにもいかず、仕方なくルーカスと共にカトレア森へと足を踏み入れた。


 しかし、その日だけに限ってオースティンの家をノックしても誰も出てこなかった。オースティンもレティシアも留守のようだった。


「今日は誰もいないみたいですね……また後日にしましょう」


 そう提案したが、ルーカスは面白くなさそうに舌打ちし、あろうことかオースティンの家の扉にガンッと蹴りを入れた。


「……ビビ、知ってるか? この森の奥深くには、昔集団自決した女たちの霊が出るんだそうだ。見に行こうぜ」


 ルーカスは面白そうに笑みを浮かべて、ビビを誘った。


 遥か昔――まだジーニー侯爵家がこの地を治める前。


 ジーニー家の先祖と、当時の領主との間で、領地を巡る血で血を洗う争いが起きた。


 領主の妻や子供、親戚、従者など、何十人もの女性たちが命からがらカトレア森への奥へと逃げ込んだ。しかし、ジーニー家の追っ手に乱暴されることを恐れ、彼女たちはその場で自害した。


 そんな悲しい歴史が残る場所だ。


 その話は、ビビもかつて耳にしたことがあった。


 レティシアともそのことについて話したことがあり、「あんまり近づかないほうがいいわよ」と忠告されていた。


 ルーカスを止めようとしたが、彼は気にせずにずんずんと森の奥に進んでいった。ビビも仕方なくルーカスの後を追い、奥深くへ進むと、急に森が開けた。


 そこには、だだっ広い丘のような空間が広がっていた。一面に咲き誇るカトレアの花――息を呑むほど美しい光景だった。


(ああ……だから、カトレア森というんだ……)


 その景色に見惚れていると、横にいたルーカスがふふふ……と笑い出した。そして、「何だ? この美女たちは……誘っているのか?」とぼそぼそとつぶやいた。


「……?」


 ルーカスを見上げる。彼の目は血走り、涎を垂らし、焦点も合っていない。そして、カトレアの花に向かって、まるで襲いかかるようにその身を投げ出した。


 あまりのことにビビは呆気に取られた。


 ルーカスは自ら服を脱ぎ捨て全裸になり、楽しそうにカトレアの花々と戯れている。


 ビビはしばらく立ち尽くしていたが、すぐにはっとした。


「何をしているんですか!? 正気に戻ってください!!」


 彼を羽交い締めにし、なんとか引き戻そうとする。しかし、ルーカスの力は強く、すぐに振り解かれてしまった。


「何だ? 次はお前が相手にしてほしいのか?」


「はぁ……!?」


 あっという間に、ルーカスによってビビの体はカトレアの花の上に押し倒された。その瞬間、花は裸の女たちに変わり、ゲラゲラとビビを見て笑っている。その光景にビビは絶叫したが、誰も助けてはくれない。ルーカスは凶悪な顔で、ビビの服を剥いでいく――





  その日、レティシアはひとりで街に買い物に出ていた。


 家に戻ると、扉に蹴られた跡を見つけ、眉を寄せた。


 そのとき、後ろから足音が聞こえ、振り返ると――血にまみれ、あちこち怪我をしたビビが立っていた。彼女の服は悲惨なほど乱れていた。


「な、何があったの、ビビ!?」


「レティシア……」


 ビビに連れられ、レティシアは森の奥へと足を踏み入れた。


 カトレアの花たちに埋もれるルーカスの裸の遺体を見つけ、レティシアは目を見開いた。


「どうしたの、これ……」


「私、ルーカス様を……主人を傷つけた……」


 ――ビビは、あの狂気の中で、思わず自分の短剣でルーカスの胸を斬りつけてしまった。


 傷は浅かったが、ルーカスは痛みに顔をゆがめてうめいた。その瞬間、女たちはキャハハハと喜び、彼の体に群がった。


 彼女たちはパッと消え、再び通常のカトレアの花に戻った。ルーカスは花に埋もれながら、目を開けたまま苦悶の表情を浮かべ、息絶えていた、という。


「どうしよう……私、このままじゃ……」


 ビビはがくがくと唇を震えさせ、その場にうずくまった。彼女が恐れるのも無理はなかった。ルーカスの死因は心臓麻痺のようだったが、ビビの浴びせた剣の跡がしっかりとその胸に残っていたからだ。


 レティシアはこの事態の深刻さに眉を寄せた。


 ルーカスは怨霊に殺されたとビビが正直に話したところで、信じてもらえない可能性が高い。何せ、この場所では女の怨霊が出るという噂はあったが、実際に霊に襲われて死人が出たという話は聞いたことがなかったからだ。


 ――このままだと、ビビは主人を殺害したとして処罰される。貴族相手の殺人罪……処刑も免れない可能性が高い。


「せっかく、母さんの病気が治って、お金を貯めたら一緒に暮らすはずだったのに……」


 ポタポタと、ビビの涙が地面に落ちた。


「……わかった。ではこう言って。紫魔女が現れて、突然襲われたって」


「紫魔女……?」


 いきなりの提案に、ビビは目を見開いた。


「……どういうこと? なんで紫魔女が出てくる?」


 レティシアは色彩魔法を解いた。


「……!! レティシア、それ……」


「紫魔女の仕業だと言えば、ビビ、貴女が疑われることはないと思う」


「……でも、そんなことをしたら、レティシアが罪に問われる。嫌だ、そんなの……」


「大丈夫。師匠に説明して、捕まる前に逃げるから。貴女は自分の心配だけして。お母さんと一緒に暮らすんでしょう?」


「レティシア……」


 ビビはその通りに、しばらくこの森に姿を隠した。そして、二日後、捜索隊が森に二人を探しに来た。


 ビビは見つけられやすいよう、目立つ場所に倒れた。そして、捜索隊に言った。「紫の髪と瞳を持つ女にやられました」と。


 レティシアはわざと色彩魔法を解いた状態で、ジーニー侯爵が派遣した討伐隊に姿を目撃された。案の定、騒ぎになった。そして、オースティンと共にカトレア森を去り、ロブ村の山奥へと居を移したのだ――



 


「……結局、その後侯爵家を追い出され田舎に帰りましたが、母はすぐに事故で亡くなり……このヌマイへと辿り着きました」


 ビビは静かに語った。


「侯爵様。この通り、レティシアは私を庇ってくれただけなのです。罰なら私が受けます!」


「……黙れ、そんな話信じられるか」


 ジーニー侯爵は肩を震わせている。


「あの森での集団自決の怨霊の件は、私も知っている。若いときに観光としてあの地を訪れたこともあるさ。しかし、ちょっと悪寒を感じた、とかその程度だ。今の話のような、裸の女たちに襲われる? 聞いたこともない」


 確かに、そんな危ない場所であれば、オースティンが放置しているはずがない。――実際、あの事件のあと、彼はあの場所を魔法で焼き払っている。


 なぜ、あのときだけ、怨霊はルーカスを憑り殺したのか。それは、レティシアもずっと不思議に思っていた。


「狂言はやめろ……!」


「――いえ、狂言ではありません」


 そこに立っていたのは、マデリーンだった。彼女もシャーロットと共にここへ来ていたようだ。


「エイミス家の娘か……いきなり何なのだ」


「ルーカス様が怨霊に襲われ亡くなったのは、全て彼自身の日頃の行いのせいです」


 マデリーンの発言に、ジーニー侯爵がぴくりと眉を上げる。


「マデリーン嬢。日頃の行い、とはどういう意味だ?」


 アンドレアスが尋ねた。


「我がエイミス家は仕事柄、高位貴族の方ともお付き合いがございますが……ルーカス様の女性関係については、かねてよりあまりいい噂を耳にいたしませんでしたわ。女性を妊娠させながら顧みなかったり、知人の下位貴族の令息の婚約者に乱暴を働いたり……口にするのも憚かれる話ばかり。もっとも、被害に遭われた方々の家には、侯爵様が相応の手当をなさっていたようですけど――それで当のご本人たちの心まで収まるかどうかは、また別の話ですわね。人の口に戸は立てられませんものよ」


「……フン、だからどうした。カトレア森の怨霊と何の関わりがある」


 亡き息子の醜聞を暴かれ、ジーニー侯爵は鼻白み、マデリーンを睨みつけた。


「……あの日、実は、私もあのカトレア森を訪れていたのです」


「え……?」


 マデリーンの発言に、レティシアとビビは目を見開いた。


「ルーカス様とビビの姿を見かけた私は、あの方の噂を知っていたこともあり、ビビが心配になって、こっそりと後をつけました。森深くのカトレアが咲く丘で――私は確かに見ました。……ルーカス様の背後にいた無数の女の霊と、カトレア森の女の怨霊が混ざり合ったのです。そして彼は狂い出し――やがてビビに襲いかかりました。あまりにも恐ろしく、私はその場から逃げ出してしまいました」


「混ざり合った……?」


 アンドレアスがつぶやく。


「女性に恨まれているルーカス様には、多くの女の生霊が憑いていました。そして、カトレア森の怨霊は、男に憎悪を抱いて自決した女たちです。しかも、ルーカス様は彼女たちにとって憎き敵のジーニー家の人間でもある。――その二つが引き寄せられ、融合したのです」


「世迷言はやめろ!」


「これは私の憶測ではありません。先日のパーティーでオースティン様にこの話をしたところ、そう説明を受けました。あの場所を焼き払ったとき、生霊と怨霊が混ざり合った霊がひしめき合い、しきりにルーカス様の名前を呼んでいた、と。……それほどまでに、彼は恨まれていたのです」


「……っ、勝手なことを!」


 ジーニー侯爵が怒鳴り、ビビを拘束するよう侯爵兵に指示した。しかし、それより早く王兵が動き、ビビを救い出す。


 ビビの前に、マデリーンが立った。


「ビビ……あの日、貴女を見捨てて逃げ帰ってしまった私は、貴女がどうなったのか、想像するだけで怖くて……カトレア森に戻ることができなかった。でも数日後、貴女が怪我をした状態で発見され、ルーカス様が遺体で発見されたと聞いて驚いたわ。しかも紫魔女が現れて二人を襲った、なんて……。意味が分からなくて、私はもう一度カトレア森に入ったの。でも、そのときはオースティン様の家も、跡形もなくなっていた」


「マデリーン……」


「ごめんね、ビビ、レティシア。あのとき逃げずにビビを助けられていたら……。私が証言していれば、少なくともビビの罪は軽くなったはずだし、レティシアが罪を被ることもなかった」


 ビビは首を振り、涙を流す。レティシアもまた、ジーニー侯爵に捕えられながらも「謝る必要なんてないわ」と言った。あのとき、マデリーンはまだ十四歳だった。恐怖で逃げ出してしまうのも無理はない。――誰が責められるだろうか。


 しかし、ジーニー侯爵は違う。


「うるさい!」と大声を上げる。


「陛下……ビビをこちらへよこしてください。従者が主人を守れないどころか、攻撃したとは……。元はうちの人間です。うちで処理をします」


「いや、駄目だ。いいか、通常なら確かに貴族へ傷を負わせるというのは咎められるべきだが……。今回のケースは正当防衛だろう。それに、ルーカスが数々の女性を傷物にしてきた、という話……。それが事実ならオースティンが言っていた自業自得とはまさしくその通りなのではないか?」


「……しかし!」


 ジーニー侯爵は、背後からレティシアの肩に手を回し、その細い首に刃物を向け叫んだ。


「ビビを寄越せ! さもないとレティシアを殺すぞ!」


 興奮状態にあったジーニー侯爵だったが、捕まえていたレティシアがなぜか自分の腕を掴んで刃物を落としたことに気づき、目を丸くした。


 いつの間にかレティシアは、縛られていた魔虫糸の縄を解いており、ジーニー侯爵の腕から抜け出すと、地面に落ちていたアンドレアスの剣を拾い、一目散に走り出す。


 呆然とするジーニー侯爵をよそに、レティシアはアンドレアスのそばまで走る。彼がすかさずレティシアを抱きとめた。


「レティシア、どうして」


 アンドレアスは安堵すると同時に、縄から抜け出せたレティシアに対し、不思議そうな表情を浮かべた。


「ふふ、縄抜け、昔から得意なんです」


 レティシアは照れたように笑い、彼に剣を渡した。


「私の命令が聞けないとあらば、しょうがない。申し開きは王宮で聞く。……兵たちよ、侯爵を捕らえよ!」 


 シャーロットが指示を出す。


「う、うわっ、やめろ……」


 侯爵兵も抵抗するが、鍛えられた王兵には敵わない。あっさりとジーニー侯爵は取り押さえられた。


 セレーナと、隣にいるスコルが無表情でこの事態を眺めていた。


 

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