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2話 瀕死の王子、拾いました

 


 ユハディーア王国の東の地にあるロブ村。決して豊かとは言えないが、村人たちは皆真面目で勤勉であり、活気に満ちていた。


 さて、このロブ村の山奥に、約三年前から魔導士オースティンが住み始めた。このオースティンというのは、百年以上も生き続けている凄腕の魔法使いである。

 彼は主に九十五年前のホルルン村龍害事件や、五十年前の王都魔獣襲撃事件、さらに最近では二年前のジル地区美少女連続誘拐殺人事件を解決したことで知られている。


 この国では魔力を持つ者は極めて稀であり、王宮や高位貴族に仕える魔法使いになることがほとんどで、また実力もさほど高くはなかった。

 しかし、オースティンはどこにも属しておらず、貴族から庶民まで分け隔てなく魔法の依頼を受けている。

 さらに、彼はどんな術を使っているのか、青年時代のままの容姿を保っており、大層な美丈夫だと評判だった。


 現在、オースティンは何処かで拾ってきた孤児の少女――名をレティシアという――と二人で暮らしている。彼女は魔力もちで、オースティンの弟子として彼から魔法を教わっている。彼が誰かを弟子にするのは初めてのことであった。


 レティシアは現在十七歳。綺麗なハニーブラウンの髪と瞳を持ち、整った顔立ちとすらりとしたスタイルで目を引く存在だった。性格は明るくさっぱりとしており、その振る舞いにはどこか気品が漂っていて、村の男子たちにも人気があった。



 ♢♢♢♢♢


 

 レティシアがオースティンに拾われてから、七年が経過した。最初に出会ったカトレア森の家は、ある事情で引き払った後、三年前からロブ村の山奥にオースティンと共に引っ越した。オースティンから魔法を学ぶ中で、レティシアは膨大な魔力をコントロールできるようになっていた。


「おー、レティシア、この前の薬、ありがとな! 息子、全快したぞ!!」


「ありがとう、レティシアお姉ちゃん!」


 ロブ村を訪れると、前回治癒薬を売った親子が礼を言ってきた。街で遊びに行った際、馬車に轢かれて重傷を負っていたジンという男の子が、今は元気に飛び跳ねて笑顔を見せている。


「どーいたしまして。次からは走ってる馬車には気をつけなよ」


「うん!!」


 レティシアは笑顔でジンの頭をクシャリと撫でた。


「レティシアちゃん! 下りてきたのかい! ほら、この野菜もっておいき!」


 店頭に立っていた青果店の夫人が、レティシアに旬の野菜を籠にたくさん詰めて渡してくる。


「いつも助かります」


「あ、オースティン様の大好物のトマト、大盛りにしておくからね!」


「あ、ありがとうございます。でも、今師匠は不在なんです」


「え! そうなのかい。どのくらい?」


「三ヶ月以内には戻ると言ってました」


「まったく……放浪癖のある師匠を持つと弟子は大変だねえ」


 溜め息をつく夫人に、レティシアは苦笑した。


「あ、レティシア!」


「レティシアさん!」


 その後も村人たちに次々と声をかけられる。これはレティシアが山から下りてきてロブ村を訪れたときのいつもの光景である。


 オースティンは滅多に村に姿を現さないが、弟子であるレティシアは度々ロブ村に足を運び、魔法薬を販売したり、村の困りごとを魔法で解決したりしている。


 その日持ってきた魔法薬を全部売り切ると、レティシアは村を後にし、山奥の自分の家へと向かった。


 慣れたもので、山道は通らず、家までの距離をショートカットするために道ではない道を草木を避けながら登っていく。


 すると突如、ドゴォン!!という轟音が響き渡った。


 レティシアは驚き、音が鳴った方向へと向かう。ふと開けた場所に馬車が横転しているのを見つけた。遥か上には山道があり、そこから転落したのだろう。


 上の山道を見上げると、明らかに堅気ではない風貌の男二人が馬車を見下ろし、「落ちちまったぞ!」とあたふたしている。


(……盗賊?)


 おそらく狭い山道を通るこの馬車に、盗賊たちが金品を要求したところ、パニックを起こした御者が運転操作を誤り、崖から転落してしまったのだろう。馬車は高級な造りで、明らかに貴族の物だ。レティシアは馬車に近づき、様子を確認する。御者も馬も、すでに事切れてしまっている。


「う……」


 ふと、横転している馬車の中から小さく呻き声が聞こえ、レティシアは急いで馬車の扉を開けた。中には、レティシアと同じくらいの年頃の少年が頭から血を流し、横たわっていた。


(まだ生きてる!)


 レティシアは少年を馬車から引っ張り出し、肩に抱えた。彼の腰に刺さっていた立派な剣を杖代わりにして、少年を自分の家へ連れ帰るため、レティシアは歩き出した。


 少し進んだところで、後ろから「待て!」と声をかけられた。


 振り向くと、先ほどの盗賊らしき二人がレティシア達を追ってきていた。


「娘、その貴族のガキを置いていけ!」


「馬車には金に代わるような物は何もなかった。そのガキを人質にして、生家に身代金を請求するしかねえ。ヒヒッ、その剣も高く売れそうだ」


 盗賊たちは、レティシアに向かって歩み寄る。


「……お。やけに綺麗な娘だな。お前も一緒に来い」


 一人が下卑た笑みを浮かべ、レティシアの腕を掴んだ。


「……触らないで」


 レティシアはパシッと男の手を払いのけ、強く睨みつけた。


「……え? ……なんだこの枝。……ギャア!!」


 すると、突然周りの樹木の枝がシュルシュルと四方八方から伸びてきて、男の両手両足に巻き付く。そのまま振り子のように男を近くの木に叩き付け、気絶させた。


 驚いたもう一人の男も、あっという間に同じように気絶させられる。枝は何事もなかったかのようにシュルシュルと元の位置に戻った。


 レティシアは少年を抱え直し、家への帰路を急いだ。




 家に帰ると、レティシアは少年を自分の部屋のベッドに寝かせ、治療を開始した。


 まず、服を脱がせて全身の状態を確認する。少年は全身打撲だらけで、手足は骨折しており、特に頭の傷が深く、命の危機を感じさせた。レティシアは、オースティンが作り置きしている治癒薬を使った。この治癒薬は、人間に元から備わっている自己免疫力を最大限に増幅させるものだ。ただし、一日の使用には限度があるため、使用限度の最大量の治癒薬を使い、何とか一命を取り留めることができた。


 骨折している手足を木板で固定し、ぐるぐると包帯を巻いていく。まだ少し残っている頭部の傷や、体にできた無数の打撲傷には貼り薬を施した。オースティンの部屋から、彼が愛用しているひよこ柄のパジャマを持ってきて、少年に着せた。後は治癒薬を数日飲めば、折れた手足もくっつき、全快するだろう。


 レティシアはホッとし、ベッド脇の椅子に腰を落とした。苦しそうに呻いていた少年も、今は大分落ち着いた寝息を立てている。


 治療のために少年の上半身の服を脱がせたとき、レティシアは気付いたことがあった。それは、馬車から落ちた怪我とは関係ない、直径五センチほどの黒い痣が左胸の上部にあったことである。その痣はまるでケロイドのように盛り上がっていて、なんだか痛々しかった。



 眠っている少年の顔を、レティシアはじっと見つめた。


(……綺麗な子ね)


 少年は艶やかな黒髪を持ち、眠っていてもわかる整った顔立ちをしていた。隈がひどいが、白い肌とのコントラストで、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


 レティシアは杖代わりに持ってきた少年の剣に目を向けた。柄にはユハディーア王家の紋章が入っている。まだ若そうだが、王家に仕える騎士なのかもしれない。おそらく良い家柄の子息だろう。


 ふと、どこかで見たことがある気がしたが、すぐにその思いを打ち消した。レティシアは侯爵家にいたとき、ろくに外に出してもらえず、他の貴族の子息とも一切交流などなかったからだ。



 窓を見ると、帰ったときはまだ夕方だったのに、すでにどっぷりと日が暮れていた。お腹がすいたな、と思った瞬間、レティシアはハッとした。


(あ、そうだ野菜!)


 少年を抱えながらでは運べなかったため、転落した馬車の付近に今日村でもらった野菜を置いてきたことを思い出し、レティシアは家を飛び出した。

 駆け足で馬車の近くまで行くと、思った通りの場所に野菜が入った籠があり、安堵の息を漏らす。そのすぐ近くには、先ほどと同様に馬車の御者の遺体が転がっていた。


(……)


 レティシアは魔法で地面に穴を掘り、そこに御者の遺体を埋めると、手を合わせ、静かに祈りを捧げた。


 ♢♢♢♢♢


 レティシアが野菜を抱えて戻ってきたのは、家を出てから二時間ほどが経過した頃だった。すでに深夜の十二時を回っていた。


 家の扉を開けると、レティシアはすぐに異変に気づいた。


「う、うう、ああ……」


(え、何……!?)


 先ほどまで落ち着いていた少年が、今は苦しそうに呻いている。左胸にある黒い痣が痛むのか、少年はその部分を掻きむしるように押さえていた。


「……だ、大丈夫ですか? その痣が痛むのですか?」


 レティシアは、今回の怪我の治療に使った治癒薬を、再び少年に施した。限度量を超えているので体に負担がかかるが、背に腹は変えられない。しかし、少年の様子はまったく変わらなかった。


(師匠が作ったこの薬……大抵の怪我や病気に効く万能薬なのに……全く効かないなんてことがあるの?)


「う、ああああ、ああ!」


 少年のうめき声が一層大きくなり、レティシアはしばし呆然とした。


 しかし、すぐにオースティンの部屋へと駆け込み、ある物を手に取った。それは――サングラスだった。


 遥か昔、オースティンがまだ駆け出しの魔法使いだった頃、彼はとある貴族の息子から奇妙な依頼を受けた。曰く「婚約者の裸が見たい」

 婚約者なのだから、後数年経てば合法的に見ることができるはずなのに、思春期真っ只中の少年はどうやら待ちきれなかったらしい。


 オースティンは考えた末に、この透視サングラスを作成した。しかし、上手くいかず、裸を通り越して臓器まで見えてしまう失敗品が出来上がってしまった。

(余談だが、結局オースティンは服だけを透かして見ることが不可能だと理解すると、「俺は邪な依頼は受けない主義だ」と言い出し、依頼は断ってしまった)


 レティシアはその透視サングラスをかけ、再び少年の上半身を見つめた。


 黒い痣は体の内側に根のようなものを張り、そこから枝分かれするように十数本の細い管が血管のように伸びていて、それが心臓の周りを這いまわっていた。その管は時折心臓に巻きつき、緩く締め上げる。まるで死なない程度の拷問を施しているかのように感じられた。


(これは……何なの……? こんな病気、聞いたことがない)


「あ、うう! う、ううああ……」


 少年の苦しみの声が、彼女をさらに焦らせた。彼女は、龍の鱗から取れるという非常に貴重で強力な痛み止めの粉薬を、少年に無理やり飲ませた。それは効果があったようで、少年は次第に静かになり、再び眠りについた。その間も、細い管は少年の体の中を不気味に動き回っていた。




 ♢♢♢♢♢



 次の日。


「君、君……ここはどこだ?」


 聞きなれない声に、レティシアは目を覚ました。彼女はオースティンの部屋のベッドで寝る予定だったが、少年が心配で、ずっとベッド脇の椅子に座って見守っていた。いつの間にか、ベッドに寄りかかって眠ってしまったようだ。


「私は昨日……賊に狙われて、崖から馬車ごと転落したはずだ。……君が助けてくれたのか?」


 少年は体を起こし、漆黒の髪と同じ色の瞳でまっすぐにレティシアを見つめながら尋ねてきた。レティシアはその問いに頷いた。


 瀕死の人間を見捨てることができず、彼をこの家に連れて帰り、治療を施したことを説明する。


「君の名前は?」


「レティシアといいます」


「レティシア、助かった。礼を言う。……私はアンドレアス。このユハディーア王国の王子だ」


「………え?」


 レティシアは椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。


 ――アンドレアス。ユハディーア王国の女王シャーロットの二番目の子供の名前だ。


「魔導士オースティンがここロブ村の山奥にいるという噂を聞き、やってきた。……レティシア、オースティンの住処は、知っているだろうか?」


 アンドレアスの問いに、レティシアは一瞬沈黙した後、「ここですね……」と答えた。




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