7.『直感』
カムイの違和感の答えを、観客席のフィリアは直感で導き出していた。
「んんんんん……変なの」
「どうしたのじゃ?」
腕組みして盛大に唸るフィリアに問いかける。
「言ってることと思ってることが違う」
「ん?」
曖昧な返答に困惑の表情を見せるアリス。
本能のままにというか、直感に従うフィリアの言動を、他人が理解するのは難易度が高い。幼い頃から共に育ってきたバンでさえ、半分以上は分からないのだ。
知り合って日が浅い彼女がその真意を読み取ることなど叶わない……はずなのだが。
「ふむ――トッド・レイモンじゃな。男とは元来不器用なものなのじゃよ。心ではこうしたいと思っていても、いざ行動に移すと全く真逆のことをしかねない。ほんに難儀なものぞ」
最初こそ困惑するアリスだった。が、すぐにフィリアが言わんとしていることを理解し、彼女が抱く疑問に解答せしめた。
「……」
初めてだった。
言葉足らずと言われ続けたフィリア。そんな彼女の意図を汲み取ったのは、バン以外では初めてだったのだ。
「アリスちゃんっ、好きぃー!」
穏やかな微笑みで油断させてから抱きつき――理解する。
初めてアリスを見たとき、ふと――違う、と漠然とした感想が口をついて出た。次にフィリアが思ったのは、隣の人は誰だ、だった。実に彼女らしい思考の転換の早さである。
しかして不思議なもので、あのときの感覚は直感少女の胸に小さいが、確かに残っていた。その蟠りじみたものからようやく開放されたのだ。
故にこれは、感謝の気持ちを込めた抱擁なのだとフィリアは迷わず答えるだろう。
「これっ、そなたはっ、抱きつきすぎじゃ! 何処を触っておるのじゃ!? こらッ、やめ、ッ……やめんかー!」
「えへへへー」
女子ふたりのやり取り。それに対し、周りの生徒たちは微笑ましい気持ちで眺める者や、カムイたちとどっちを見るべきか迷う者など様々な反応を見せた。
無邪気な笑顔の裏で、何が隠れているのか気付けた者はいない。
「まったく……。今年の新入生は落ち着きがないな」
此度の決闘を焚き付けた生徒会副会長のミリーナは、客席で一際騒がしいふたりを一瞥し、眼下のカムイたちへと向き直る。
〈ブレイヴ〉の起動を確認する中、カムイだけ腰に携えていた本を手に取ったのが視界に入る。一瞬眉を潜めたが、即座になるほどと理解した。
「双方、構え――始め!」
ミリーナの号令が闘技場に響き渡る。
決闘、開始である。
◆◆◆
透き通る、それでいて耳に残るミリーナの号令がかかり、両チームが動き始めた――その時だった。
「逝っちまいなぁ――〈グランド・インパクト〉!」
トッドが開幕早々声を上げ、ハンマー型の〈ブレイヴ〉を思い切り地面に叩きつけた。すると、叩かれた箇所から前方へと地面に亀裂が入り、そこから相手を貫かんとする鋭利な棘が怒涛の勢いで生えたのだ。
「――っ、〈ウィンド・ブラスト〉」
棘の餌食になりかけたバンとケイを、カムイが風魔法をぶつけて吹き飛ばす。おかげで助かったふたりだったが、ひとり足らないことに気付く。
「いてて……って、カムイ!?」
まさかと思い、立ち上がるバンが姿が見えないチームメイトの名を呼ぶ。
「バン、ケイ。俺は大丈夫だ」
返ってきた声は、棘によって成された壁の向こうからだった。ふたりを風魔法で飛ばすと同時に、自身は反対側に飛んで棘を躱したのだ。
「おいおい、これじゃあ――」
「心配しないでくれ。配置は少し変わるけど作戦通りにやろう」
なおも物申そうとするバンだったが、それをまんまと見過ごす対戦相手ではない。
「よそ見とは余裕だなぁ!」
「させない!」
バンの頭目掛けて振り下ろされた鉄槌を、間一髪でケイが手を痺れさせながらも何とか棍棒で受け流す。
「す、すまんっ」
それでようやく現状を思い出したバンが後退し、作戦通りに前衛の援護に回る。
「さっさと倒して、カムイのとこへ行かせてもらうぜ!」
「ハッ、やれるもんならやってみろ」
バンとケイに対し、突っ込んできたトッドが相手をする。が、目の前に集中すれば、彼の背後から魔法が飛んでくる。棘と割れ目の始まりの場所にひとり立っており、連携を邪魔しようと介入してきた。
「面倒くせぇぜ」
バンからは距離があるため、魔法の迎撃は出来ても倒すことは叶わず。かと言って、無闇に前進すればトッドの鉄槌の餌食になりかねない。
「ほらほら、どしたあ!!」
「くぅっ、重い……っ!」
トッドの猛攻にはケイひとりでは受け止めきれないのも相まって、彼らの戦況は膠着状態へと陥るのだった。
一方で、カムイは大剣を振るう、それが似合う体つきの男子生徒と対峙していた。
「守ってばっかじゃ、オレは倒せねえぜ?」
「そうだな。どうしようか考え中だ」
重いであろう大剣の一撃一撃を、全て最小限の防壁魔法で受け止め、カムイは戦況の把握に努めた。
如何にトッド・レイモンが秀でていようと、そう安々と勝利を譲るほど仲間のふたりは弱くない。が、それは2対1の状況に持ち込めればの話だ。
目の前の相手も、防壁魔法で難なく抑えていることから、この盤上で最も厄介な立ち位置にいるのは――
「こっちに集中してもらう」
後方から魔法で援護し続ける相手チームの3人目だ。
しかし、戦場が二分された以上、意識も双方に向けなければならない。相手にすると非常に厄介な位置にしろ、負担はそれなりのものだと予想される。
大剣を受け止めながらカムイは背中を晒す。戦いに集中して、あたかも意識がそちらに向いていない――そう思わせるために。
「炎よ、集いて燃やせ――〈ファイア・ボール〉」
微かに詠唱が聞こえ、背後に魔力が接近してくるのを感じ取り、当たる直前で右側へと飛ぶ。奇しくもそれは、大剣が振り下ろされたのと同じタイミングだった。
大剣が火球と衝突し、爆発が起きて砂を巻き上げる。
「な、なんだ!?」
「〈ウィンド・ブラスト〉」
急な爆発に困惑する大剣の生徒は、背中を何かに押されて前方へ吹き飛ばされる。
「敵を穿てッ――〈ライトニング〉!」
背後への攻撃をあっさりと躱されたことで、焦りを感じてしまったのだろう。舞い上がった砂煙から出てきたのがカムイだと思い込み、速さを重視した雷魔法を放った。
「ぐああああああ!!!」
今度は見事に命中した。しかし、後衛を担う彼の目は次第に見開かれていく。本来当てるはずだったカムイよりも、揺らぐ者の体が明らかに大きかった。
「しまった」
思いがけない失態のあまり、お手本のような台詞を放つ彼はまさに無防備そのもの。
「〈岩の拳/ロック・フィスト〉」
カムイが前に突き出した2本の指をくいと上げると、生成された拳が少年の顎に炸裂した。衝撃でややしゃくれながら意識を失い大の字で倒れた。
「――どりゃあっ!!」
「――っと」
大柄な生徒が雷魔法をくらい、倒れかけながらも踏ん張って見せた。さらに雄叫びと共に身を翻し、カムイを斬らんとすべく大剣を振り払う。が、事前に予測しており、最小限の動きで避けて手を翳す。
「〈ウィンド・ブラスト〉」
試合開始直後のバンとケイよろしく、大剣生徒の体が吹き飛ぶ――かに思われたが、結果はカムイの予想とは違った。
「無駄なんだよぉッ!!」
「――いッ!」
何故か風魔法を受けても微動だにせず、腕力で強引に今度は大剣を振り上げる。防壁魔法は間に合わず、咄嗟に後ろへ飛び退くも腹部から胸にかけて斬り傷を刻まれた。傷口が熱を帯び、同時に鋭い痛みを脳へと伝える。
苦痛に表情が歪む。
それを見た大剣生徒が、ざまあみろと言いたげに口角を上げた。
「…………フゥ……」
距離を取って追撃に備えたカムイだったが、杞憂に終わり呼吸を整える。そして、笑う相手を真っ直ぐ見据えてこう言った。
「感謝するよ。おかげで思い出せた」
驕り、油断が招いた一筋の傷。それは少年が忘れていた、かつての感覚を取り戻させた。
「……なに言ってんだ、頭がおかしくなったか?」
突然の感謝に意味が分からない様子の相手を前に、カムイは不意に瞼を下ろす。
「やっぱ、オマエはバカなんだなあ!」
勝負を捨てたと判断した大柄生徒が駆け、その勢いを乗せた大剣の一撃がカムイの頭上より襲いかかる。勝った――そう確信した彼の視界が、唐突に斜めに傾いた。
「――へあ?」
何故なのか皆目見当のつかない現象に、素っ頓狂な声を上げる。当事者は理解が追いつかないだろうが、第三者として観客席で見ていた生徒には一目瞭然だった。
大剣を振るう生徒の足下――その地面が盛り上がっている。
手品のように、仕掛けが分かれば造作もないこと。だとしても、慢心しきった者には単純が故に効果覿面である。
「これには、俺も引っ掛かったんだ」
振り下ろされた大剣は、虚しくもカムイには当たらず、彼の左側の空を斬るに終わった。
当たった時に備え、防壁魔法を左肩周辺に展開済みであったため、どのみち攻撃は防がれていたのだ。
「風が駄目なら、拳でいこう――〈大地の拳/グランド・フィスト〉」
先程、後衛の少年をしゃくれさせたものよりも大きな拳が、ひらりと横へ移動したカムイの後ろから姿を現す。
体勢を崩した者には防ぎようがない。
「オラアッ!!!」
咆哮と共に力尽くで剣を振り上げ、拳を両断してみせた。どうだと言わんばかりの表情は、すぐに絶望に染まる。
両断した拳に続いて、2つ目の拳が彼に迫っていた。既に満身創痍で、先程の一振りに最後の力を使ってしまい、防ぐ術などあるはずもない。
巨大な拳を受けて紙のように、いとも容易く吹き飛んだ。
「いい気に、なるなよ……。あの人は、オレたちより、ずっと……強いんだからなァ――」
息も絶え絶えに、胸の傷に手を添えるカムイを見上げながらそう言い、気を失うのだった。
「覚えておく」
右手を赤く染め、残った少年は息を整える。
相手が気絶したのを見届けると、緊張の糸が切れたのか呼吸が乱れたのだ。傷は浅いが出血はまだ止まらず、痛みとて引いていないのだから無理もないだろう。
痛みが活路を見出したと言えば聞こえは良い。が、回復魔法で治せない彼には、もう少し深ければ命すら危ぶまれていた。
感覚が鈍ったと反省するのは後回しだ。今は一刻も早く、バンとケイのもとへ急がねばならないのだから。
「……」
そう考えながら足を進めようとし、彼はふと思う。――矛盾している。自身の行いと、先日の発言に生じている事実にため息をひとつ。




