6.『決闘』
決め事があるときの時間の経過とは早いもので、一週間はあっという間に過ぎ去った。
闘技場の前に立つケイは、緊張のあまりゴクリと喉を鳴らす。
「大丈夫、自信持てって。オレっちたちなら絶対に勝てる」
あからさまに緊張しているのが伝わってくる仲間の右肩に手を乗せ、バンが笑顔ではっきりと言いきる。
「そうだね。あの……地獄の特訓を、ののの乗り越えたんだし……うん……大丈夫さ」
過酷な一週間の日々を思い出してしまい、声を震わせるケイの左肩に手が乗せられる。その手が誰の者なのかを察し、少年は再び身体を強張らせた。
「だぁれの特訓が地獄の特訓だってぇ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
怨霊はこんな声をしているのかもしれない。バンがそんなことを考えてしまう低い声で、カムイが引きつった顔の少年に問いかける。
あまりの恐ろしさに謝罪を繰り返すケイだった。
「すまない、冗談だ。俺が言うべきではないが、よくあの内容をあれだけこなしたよ。だからあとは堂々と勝利を掴み取るだけだ」
「――うん!」
言われなくとも冗談とわかっていた。が、実際に言葉にされることで、気を紛らわそうとしてくれたのだと察した。
稽古をどれだけ重ねようと、本番で発揮できなければ意味が持たず。その多くの原因が緊張であるのは、ケイとて知らないわけではない。故にこそ、感謝を込めて元気よく返事をした。
「男子で盛り上がって、私たちは置いてけぼりなんだー。酷い人たちだー。ねー、アリスちゃん」
「うむ、そうじゃの。わらわらとて、そなたらの勝利を望む同志ぞ。除け者にするのは、些か傷つくのぉ」
フィリアの冗談に、珍しく悪乗りするアリス。
やれやれ、とカムイは苦笑を浮かべつつも、仲が良さそうなのを内心喜んでいた。
彼自身もそうだが、アリスも人と関わるのは苦手である。ひとえに周りの者たちと接してきた人数が違うのだ。もちろん、少ないという意味で。
「すまない。だけど、別に除け者にしてた訳じゃないさ」
「せっかくだから、えんじんでも組まないか?」
バンが閃いた素振りを見せると、カムイらの顔を見渡しながら提案した。
「えんじん?」
「なにそれなにそれー!」
何だそれはと、ケイが首を傾げる。フィリアは興味津々で跳ね回った。まさに穏やかな亀と、活発な兎である。
「説明はカムイがしてくれる」
「……え? わかった。円陣というのは、みんなで肩を組んで文字通り円を作り、全員で掛け声をするんだ。自分たちを鼓舞するためにね」
異国の文化に戸惑う友人たちを、説明を押し付けられたカムイが先導し、5人全員で肩を組んで円を作る。遠慮しがちなケイの手をバンが取り、フィリアとの間に押し込んだ。
「バンが、えいえい、というから、みんなはその後に続いて、おーっ、と元気よく言うんだ」
簡潔に説明を終えたカムイが、順番に顔を合わせてから下を向く。各々の思いが表情として見え、それらを踏まえて今から発する言葉を待つ。
ゆっくりと閉じた瞼を上げ――開口。
「えい、えい――」
「「おおーっ!!」」
全員の声が重なり、空気を震わせた。
「すごーい、なんか元気出たー!」
「フィリアは決闘に出ないだろ……」
フィリアが文字通り元気な声を上げながら円陣から離れ、それを皮切りに皆が一定の距離を開ける。
それぞれの表情は引き締まり、今すぐにでも決闘を始めても問題なさそうである。円陣の効果を実感したカムイは、心の中で密かにガッツポーズをするのだった。
「さあ、行こう」
そうして準備を終えた彼らは、闘技場へと足を踏み入れた。
◆◆◆
闘技場に入ると、上級生の生徒が待っていた。決闘を行うカムイ、バン、ケイは入り口からそのまま真っ直ぐに。そうじゃないアリスとフィリアは、すぐ右の階段から客席へと案内した。
「凄い熱気だな……」
「うん……」
カムイたちが闘技場の舞台へと顔を出した途端、生徒たちの熱狂が彼らを出迎えた。
まるで、餌を与えられた魚の群れのようだと少年は思う。血肉の代わりに戦いに飢えた獣のようだ、と。
流石は生徒会と言うべきだろうか。
1年生だけではなく、上級生までもが彼らの決闘を拝見しようと観客席を埋め尽くしていた。
光栄なのか恐れ多いのか判断しかねる。少なくとも、バンとケイは熱量に押され気味のようだ。
「――来た」
呟くカムイの視線の先には、トッドを筆頭に取り巻きであろうふたりが闘技場へと入ってきた。まるで勝利を確信しているかのような笑みを浮かべながら。
「双方、揃ったな。――静まれ」
たった一言。
蛇に睨まれた……いや、獅子に睨まれた獲物のように、たった一言で闘技場は静寂が満ちる。
感情云々に有無を言わせず、首に刃を突き付けられた感覚に陥れば、よほどの愚か者でなければ黙ってしまう状況なのだ。
「これより、3対3の決闘を行ってもらう。ルールは簡単だ。禁忌とされる魔法は禁ずる。そうでない魔法ならば自由に使用するが良い。3人全員が戦闘不能、または降参したチームの敗北となる。戦闘不能如何は、私が判断する。以上、各自〈ブレイヴ〉を起動しろ」
ミリーナによる簡潔なルール説明が闘技場内の全員に伝わった。その真意を理解した数少ない者たちの中には、息を呑む者、好奇心につられて口角を上げる者、など様々な感情を露わにする。
数少ない者に含まれるカムイは、半ば睨むように副会長に向けた目を細くする。
――相手を殺してはいけないとは、彼女は一言たりとも言っていないのだ。
つまり、勝敗の有無に、彼らの生死は関係なし。最後に立っていた者が勝者だと、堂々と彼女は告げた。
「カムイ、ケイ。絶対に勝とうぜ!」
「ああ、もちろんだ」
「うんっ、僕も頑張るよ!」
カムイは背中に声をかけられて振り返り、バンの気合いに乗っかった。ふたりはルールの裏に気付いていない。
問題視すべきはトッドたちが、もし気付いている側ならふたりの命が危ないと言う点だ。
「……」
可能性を危惧するも、少年はすぐに首を横に振った。先日、自分の口で――魔法使いは馴れ合わないもの、と言ったのにお節介が過ぎる。
1年の時間が過ぎようと、あの出来事を経ても、カムイの根底は変わっていないのだ。
彼がひとり思い悩んでいる間に、バンとケイは〈ブレイヴ〉を起動させ準備を終えていた。
「……カムイ、大丈夫か?」
3人の中でただひとり、〈ブレイヴ〉を手に取っていないチームメイトにバンが声をかける。2度の深呼吸を経て、雑念を外に追いやってから大丈夫だとカムイは返した。
「おい、ケイッ!」
呼ばれたケイがビクッと肩を震わす。対戦相手のトッドが彼を睨むように見ていた。前衛である彼は、必然的にチームメイトの中で一番前に立っており、隠れる盾の役割りの者はいない。
「逃げずに来たことは褒めてやる。けどな、来たことを後悔するくらいの敗北を味あわせるから覚悟しとけ」
威圧的な言葉に気圧されかけるケイの背中を、中衛であるため彼の斜め後ろに立っていたバンが叩く。悠然とした笑みを浮かべ、親指を立てた拳を突きつける。
「オレっちたちの強さに泡を吹くんじゃねえぞ!」
バンの更に後ろには後衛のカムイがいた。バンの堂々たる立ち振る舞いに尊敬の念を抱く。だが、その瞳は別の人物を捉えていた。
態度や口調こそ高圧なのだが、妙な違和感があるトッド・レイモンである。




