5.『ひとり』
翌日、生徒会からの報せや、直近の行事などを記載しておく掲示板。学内の各所に設置してあるそれには、試合の日程とルール、そして参加者の名前が書かれていた。
「バンとカムイきゅんはわかるけど、このケイ=ファルサって人は誰なの?」
「昨日、いじめられていた生徒だ。それに一応同じクラスだよ」
「お、やっぱそうか。副会長も酷なことをするなぁ」
いじめていた者といじめられていた者を戦わせる。その目的は何なのかとカムイは疑問を抱く。
見せしめ、牽制、はたまた他の何か――。
「たしかに鬼畜の所業とも言えなくもないけど……とにかく、彼を探そう。本人の意見を聞かないと話が始まらない」
学校中を探し回ってもファルサの姿は見当たらなかった。それどころか登校すらしていなかったのだ。
となれば、心当たりは残りひとつとなる。
「まさか部屋から出てすらいないなんて……」
ファルサのルームメイトを見つけ出し軽い事情説明をすると、渋りながらも彼の居場所をカムイたちに教えた。
朝から一度も部屋を出ていないのだと言う。文字通りの引きこもり状態だ。
「カムイ・スメラギだ。バンデス=デルカとフィリア・ネールトも一緒だ。少し、話がしたい。だからここを開けてくれないか?」
「…………」
物音ひとつ聞こえず、誰もいないんじゃないか、と首を傾げるバン。
「いや、中にいる。ベッドの上で膝を丸めている」
「え? 何でそんなこと分かるんだよ」
すると、まるで見えているかのように、カムイが部屋の中のファルサの状態を伝えた。
ドアノブを回してみたが、やはり鍵がかけられているようだ。
「周囲に微量の魔力を飛ばして、状況を把握する方法だ。いろいろと便利でね、よく使うんだよ」
一般的な魔法使いが森や洞窟など、視角だけでは状況把握が困難な場合に使用される、魔法と言うより魔力の応用技である。
「開けるつもりはないらしい」
「なら強行手段に出るしかないな」
何処か楽しそうなバンは、同行していたファルサのルームメイトに鍵を開けるように促した。彼の懇願のおかげで、心を開いてくれたらしい。
持って生まれた才能なのか、人の心の壁を難なく乗り越えるのは、フィリア譲りなのだろうかとカムイは思う。
「無理を言ってすまない」
「ううん……。レイモンにはオレも文句を言いたかったし。それに、オレにはケイを励ますくらいしかできないから」
悔しそうに拳を握りしめたのをカムイは視界の隅で捉えた。
彼もルームメイトであるケイ・ファルサの説得を試みたのだろう。しかし結果は言わずもがなだ。自分ではどうしようもなく、他者の力を借りる選択をしたことに対してであろう。
「邪魔するぜ」
「おっじゃましまーっす」
他人の部屋に遠慮なく入るふたりに圧倒されつつも、カムイも後に続いた。
「え……ええっ、どうして!?」
「オレっちはバンデス=デルカ。で、フィリア・ネールトと、んでもってカムイ・スメラギ。掲示板は見たか? オレっちたちはチームを組んで、レイモンの野郎共をぶっ飛ばす。それを手伝ってほしいんだ」
突然の来訪者に戸惑うファルサをよそに、バンは単刀直入に、かつ簡潔に説明した。
「ぁ……無理だよ。ボクじゃレイモンくんには勝てない」
「そんなのやってみなきゃ分かんねえだろ?」
「そーだよ。当たって砕ければいいし」
「フィリア、砕けちゃ駄目だろ……」
幼馴染みの夫婦漫才を前にしても俯いたままだった。
返ってきた答えも、ファルサの卑屈さを表すには充分なものであった。
「分かるよ。レイモンくんは名門の出。対して僕は歴史もない駆け出しの魔法使いの出。産まれる前から結果は決まってる」
「家柄とか関係ねえって。お前自身が勝ちたいか勝ちたくないかが重要だろうがよ。今まではどうだったかは知らねえ。けどよ、今度はオレっちたちも一緒に戦うんだ」
「君たちには僕の気持ちは分からないよ。僕にはない自信がある君たちだけで戦えばいい。助けてくれたことは感謝してる。けど、もう僕のことは放っておいてよ」
そう言って自らの足を抱く腕の力を強めた。
無責任な言葉。
しかし、原因はファルサでも、そこに首を突っ込んだのはバンたちだ。このように突き放されても仕方がないと言えよう。
それに彼の言うことはルールに反していないのだ。何故なら人数は、指名された者たち3人以下で出場となっていた。つまり、最悪の場合、3人全員が参加しなくても構わないようになっている。
恐らく生徒会は、彼らに譲歩する選択肢を与えたのだ。
ケイ=ファルサを参加させなくても問題ない――と。
「――」
「そうやって、また逃げるの?」
カムイが介入しようと口を開いたのと同時、フィリアが先に言葉を放つ。
核心を突かれたファルサの肩が、僅かにビクリと跳ねた。
「わたしはバカだからさ、難しいことは分かんない。分かんないけど、ケイケイが逃げてるってことくらいは分かる」
いきなり愛称呼びのフィリアに、ケイは困惑で、カムイは驚愕でそれぞれ開いた口が塞がらなかった。
「普通の魔法使いが薄情なのも知ってる。わたしたちが困ってても、周りの魔法使いは見て見ぬふりだったもん。悔しかったよ、すっごく。だからここに来た。悔しいのを悔しくなくすために」
いつもとは違う雰囲気のフィリアだった。活発とは真逆の儚げな印象をカムイは抱いた。
「何回も何回も、もう無理だって諦めかけた。でも、わたしにはね、バンがいてくれた。一緒だから頑張れた。何回何百回、何千回無理だって思ったけど、その度にバンが背中を押してくれた。だからわたしはこれからも頑張れるんだよ」
それでも最後は嬉しそうな笑顔で言ってのけた。
友の、仲間の、大切な人が挫けそうになれば手を差し伸べる。そして、背中を押して前に進ませてくれる。もう一度、重い一歩を踏み出させてくれるのだ。
「だから、何が言いたいのかと言うと……」
「ふふっ、そうだね、フィリアの言う通り。魔法使いとは元来、心よりも理屈や利益を優先させる生き物だ。もっとも、魔法使いに心があるのかどうかの問答は置いておいてなるけどね……。だと言うのに、ふたりはきみを放っておけないらしい。理屈や利益ではなく、心に従う稀有な魔法使いだよ」
やれやれと両手を広げたと思いきや、次の瞬間、真剣な表情に変わった。
「が、俺は残念ながら前者よりだ。このまま諦めて、手を差し伸べてくれたふたりからも逃げ、いじめられる生活に戻りたいのならば結構。それもひとつの選択だ。俺は尊重する」
紛れもないカムイの本心だった。
やり直すためにやって来た場所で、過去を思い出させるふたりと過ごすことになるとは思いもしていなかった。
運命からは逃れられないと宣告されたようで歯痒さはあれど、不快ではなかったのも事実。
そして、そんな懐かしい友を思い出させるふたりが手を差し伸べているのだ。ここで自分が黙って見ているだけでは怒られてしまうだろう。
「正直に言って、簡単な道のりではないだろう。同じように、今以上に挫けそうになることだってあり得る。死にたくなるほど惨めな思いをする可能性も。だが……それでも、と弱いと思う自分自身を奮い立たせ、立ち上がると言うのなら、俺も手を貸そう。実力はともかく、戦い方を教えることに関してなら感覚派のフィリアには負けない自信がある」
「へー、カムイきゅんってば良い度胸じゃん。じゃあ、どっちが教えるのがうまいか勝負しよ」
「俺だって負ける気はしない。俺の教え力の高さに恐れおののくが良い」
盛り上がるカムイとフィリアだったが、彼らの言い合いを中断したの意外な人物であった。
「――ぷっ、あはははは。ついさっきまで真面目に説得してたのに、急にテンションが変わるんだもん」
「そうだぞ、ふたりとも。教える云々は、ファルサの返事を聞いてからだろうが……」
「ケイで良いよ」
「――へ?」
予想していなかった申し出に、余裕の立ち位置だったバンが変な声を出す。
「ケイって呼んでほしいんだ。だから、なんと言うか……」
「フィリアって呼んでー」
「カムイで良いぞ」
「ば、バンって呼んでくれ」
フィリア、カムイに次いでバンが一足遅れて申し出た。
「ありがとう。僕、頑張ってみるよ」
「おうよ、その心意気だぜ。落ち込んでもオレっちたちが何回だって手を引っ張るからよ」
「俺たちだけじゃない。きみのルームメイトもだよ。ケイ、きみは決してひとりじゃないんだ」
カムイの微笑みのせいか、それともひとりじゃなかった事実を知ってかは本人のみぞ知るところ。彼らが分かるのは、突然涙を溢れさせたケイに戸惑ってしまう現実であった。
◆◆◆
バンたちがケイを説得し終えた頃、アリスはひとりで生徒会室を訪れていた。
役員に中へと案内される。そこには石造りの長机があり、奥側にはアリスがここに来た目的たる人物が座っていた。
「ようこそ、生徒会へ。アイリシェーラ・ヴィンツェル。それともこう呼ぶべきか――〈黒の黄泉姫〉」
生徒会副会長であり〈金獅子〉ことミリーナ=アストルムである。
「前者で構わぬ。やはり知っておったか」
アリスは警戒しながらも、彼女に促されて椅子に腰かけた。
「否定されると思っていたが……。前置きはこの辺にして、用件を聞こうか」
「分かっておろうに。まあ良い。わらわが訊きたいのは、いったいどんな目的で此度の決闘へと至ったかじゃ」
ふたりの視線の中心で、バチバチと火花が起っているかのようだった。周りの役員が顔を引きつらせるほどの気迫を放っていたのだ。




