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黄昏の銀月~Until my Life runs out~  作者: 入山 瑠衣
第一章『入学式』
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4.『提案』

 昼は選択科目が違ったりして分かれることもあるが、放課後は一緒に食堂で夕食を食べるのが日課になっていた。


「ふわぁ~あ」

「大きなあくび。バン、もしかしてさっきの授業寝てた?」


 盛大なあくびをしたバンに、カムイは苦笑しながら問いかける。


「錬金術は苦手なんだよ……」

「薬学に関してならクラスでも頭ひとつ抜けてるのに」

「薬学はほら、何て言うのかな。どれと組み合わせたら、どんな効果があるか分かりやすいんだよ」


 様々なものの組み合わせで出来上がりが変化する点では、錬金術と薬学は酷似している。が、似ているからどちらも出来る、というような簡単な話ではない。


 料理と物造りのようなものだと例えられることが多い。料理人が机を作れと言われたら、両手を上げるだろう。

 バンのようなケースは、魔法使いの間では珍しくない話なのだ。


「バンってば、昔っから花や木が大好きだもんねー」

「大好きっつーか、大事にしたらその分元気に育つのが嬉しいって言うか、楽しいって言うか。やりがいを感じるんだよ」

「とても大切にしているのは伝わったよ。今度、薬学をアリスにも教えてやってくれ」


 見返りは錬金術について教える。その交渉にバンはふたつ返事で承諾した。


 どうせなら勉強会を開こうと言う話題になった頃、穏やかではない声が彼らに届けられた。


「――さっさと渡せっての!」

「どうやら痛い目に合わねえと分かんねえ見てえだなぁ?」

「や、やめてっ」


 ひとりの男子生徒を、数人が囲っている状況。明らかに仲睦まじいとは言い難い彼らのもとへ、バンは「行ってくる」の言葉を残して駆け出した。


「……」


 紡ぎかけた言葉を呑み込んで、離れていく背中を呆然と眺めるカムイ。懐かしい姿を重ね、少年は追いかけようとせずに立ち尽くす。そんな彼の顔を覗き込むようにして、フィリアが首を傾げた。


「――行かないの?」

「ああ。無鉄砲だからね……」


 苦笑しながら返答するカムイに、眉を上げるフィリア。


「後先が見えてない考えなし。カムイきゅんにはそう見えるんだ」

「きゅ、きゅん……? ああ、否定はしない」


 ふーんと、つまらなそうな、どうでも良さそうな相槌を打ち、手を後ろに組んだフィリアは彼に背を向けた。


「ならさ、囲まれている生徒がアリスちゃんだとしたら、カムイきゅんならどうする?」

「――っ」


 意表を突かれて目を見開くカムイに対して、依然背を向けたままフィリアは話を続けた。振り向く必要などなかった。彼女はしっかりと、背中に伝わる動揺を感じ取っていたから。


「……ふむ」


 例えにされたアリス本人は、ふたりの会話を一歩引いて見守る姿勢だった。カムイの助太刀をしたいと思いつつも、それでは選択肢を減らすだけだと心を鬼にする。


「考えなしのお人好しとか、偽善者とか、自己満足とかいろいろ言われてきた。けど、バンは昔から変わらないんだ」


 男子生徒を囲んでいた数人の生徒たちと、バンがいつの間にか殴り合いを始めている。その光景にフィリアは瞳を揺らす。


 彼女の口調は優しい。なのにカムイの瞳には、前にいる少女の背中が酷く儚げに映った。まるで届かない何かを切望する者のように……。


「――人を助けるのに、理由なんかいらない。そう言って、たくさん怪我して……。でもやめないんだよ。何回危ないって止めてもやめないんだ」


 ――目の前で困ってる人を放っておけるかよ!


 バンは決して譲らないのだ。


 そこまで言ってフィリアは振り返る。いつもの悪戯っ子のような笑顔で。


「ねぇ、カムイきゅんはどうするの?」


 何故そんなことを訊くのか、残念ながら理由は分からない。だが、ただひとつだけカムイは理解した。曖昧な答えで誤魔化すのは悪手なのだと。


「俺は――」


 少年は拳を握りしめ、耳を済ます。


「……ふっ、何をやってんだか」


 果たして、その言葉は誰に対して向けたものなのだろうか。


 言うが先か、カムイは腰の本を手に取り――開く。


「〈プロテクション〉〈ロー・アイシクル〉」


 そして少年は紡ぐ。友を救うための詠唱(言葉)を――。


 羽交い締めにされて身動きが取れないバンに、〈ブレイヴ〉を起動させたひとりが振りかぶって殴りかかる。だが、その拳は突如現れた障壁と正面衝突し、数秒を要して激痛を脳に伝達する。


「いってぇ!?」


 凍った地面で足を滑らせた勢いと、魔法による肉体強化が施された拳。それでもバンと彼らを隔てる障壁は傷ひとつ付かなかった。


「まったく……きみは馬鹿だ、バン。大馬鹿者だ」

「酷い言われようだな」


 馬鹿にされながらも、バンは笑っていた。彼は信じていたのだ、必ずカムイが手伝ってくれることを。それこそ、馬鹿正直に。


「当たり前だ。数的有利と言うものを後でみっちり叩き込む」

「ハハハ。じゃあ、まずはこの状況を何とかしなきゃな」


 いじめる側の生徒たちを間に挟んで言葉を交わすふたりに、彼らとてただ黙って聞いているわけもなく行動に出る。


「てめぇら、調子乗ってんじゃねえぞ!」


 怒りに任せて次々と〈ブレイヴ〉を起動させる。


「フィリア。すまないが、アリスを頼む」

「およ? 仕方ないなー、このわたしが守ってあげるよー」


 一瞬だけ呆けた顔になるも、すぐにいつものニヤリ顔に戻った。


 この場に立つ、ほぼ全員が戦う覚悟を済ませ、今まさに始まろうとしていたその時――


「――そこまでだ」


 声と共に全身にかかる重圧が彼らを襲う。カムイはすぐに理解した。これは魔法ではなく、単純な魔力放出によるもので、出所となる者は只者ではない。


 全員の視線が声のした方へと向けられる。


「血気盛んなのは悪くないが、双方矛を収めるんだ。もっと相応しい場所を私が用意する」


 夕陽に照らされて煌めく金色の髪は、同性であるアリスでさえ美しく見惚れてしまうほどであった。


 カムイたちにとっては記憶に新しい人物。入学式で新入生たちに学園の厳しさを説いた、生徒会副会長その人である。


 入学式を終えたこの時期、新入生は入学した気分の高揚や学園生活での緊張から粗相を起こしやすい。更に、無知な彼らは上級生の実験の餌食になる可能性もある。


 無駄死にをさせないために日中含め、放課後にはこうして生徒会役員が巡回しているのだ。カムイたちは運が良いのか悪いのか、生徒会の中でも一番厳しい人物に見つかってしまった。


「っ……」


 〈金獅子〉ことミリーナは〈ブレイヴ〉を起動していない。だと言うのに、息が詰まりそうな程の重圧にカムイは目を細める。


 3位ですら気を抜いたら地面に突っ伏しそうな圧力をかけれる。ならば、1位はこれ以上なのかと考えると苦笑いが込み上げた。


「お前たちには1週間後、3対3のチーム戦を行ってもらう」


 数秒前に語った言葉通り、カムイたちといじめっ子たちの試合の場を用意すると言う。


「何でオレたちがそんな面倒なことを――」

「ほお、逃げるのか? トッド・レイモン。別に構わんぞ。逃げるのも選択肢のひとつだからな。無茶をして死ぬより、生きて成果を残す方が良いかもしれん」


 文句を言おうとした生徒にミリーナは微笑みかけた。逃げる(・・・)の部分を強調しているのだから、誰が見ても意図は明白である。


 しかし、頭で理解していても、納得し難い状態に持っていかれてしまっては手遅れであろう。


「……チッ、分かりました、やってやりますよ」


 先輩に対してあまりにも無礼な態度ではあったが、返事を聞いたミリーナは笑顔で頷いた。


「その返事が聞けて嬉しい。チームメンバーの選出は私が行う。どちらが勝ってもおかしくないようにだ。それまで今回のような諍いは禁止する。力を示すなら、影でやるより皆の前で堂々とした方が良いだろう?」


 口調も態度も異なるものだった。が、バンは彼女の雰囲気に心当たりがあった。人の話を聞かず、自分の意見を貫き通す。


 ミリーナの場合は実力も兼ね備えているが故、更に質が悪いのかもしれない。


「詳しい話は明日、掲示板に記載しておくので各自確認を忘れるなよ。異論がなければ解散」


 全身が重くなっているこの状況下で、異議を申し立てる者はいなかった。カムイたちは当然、いじめっ子たちも大人しく引き下がり、ミリーナの指示通り解散した。


「そなた、カムイのこと嫌いじゃろ?」


 本来の目的である、食堂へと向かう道中でアリスが問う。


「んー? わたしはアリスちゃん大好きだよー」


 首を傾げたかと思いきや、フィリアは突然アリスに抱きついた。


「何してるんだよフィリア……。早く行こうぜ、オレっちはもう腹ペコペコだぜぇ」

「わたしもお腹すいたー」


 見かねたバンが口を挟むと、楽しそうに幼馴染みを追い越して走っていった。


「どうした?」

「……何でもない」


 カムイが顔を覗き込むもそっぽを向いてしまうアリス。


 ちらりと去った背中を思い浮かべ、胸の奥に沸き上がった不安を抑え込んだ。無事に抑え終わると、ふぅと息をついて先に行ったふたりの後を追った。


 彼女は見逃さなかったのだ。カムイに話しかけた時の、何もかもを呑み込んでしまいそうな、恐ろしいまでのフィリアの深い瞳を……。

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