3.『授業』
アリスの寝ぼけ眼に苦笑しつつ、食堂に向かう通路で待ち構えていたバンとフィリアのふたりに朝食を一緒にと誘われる。断る理由もないので、カムイは笑顔で承諾した。
「いつも……なのか?」
「ん? あぁ、そっか。オレっちはもう慣れたけど、そういう反応が普通だよな……」
細身の見た目に反して、意外と大食いのフィリアに驚くカムイ。隣に座るアリスの前に並ぶ、小動物の食事を連想させる量と見比べてしまう。
彼が不思議に思うのは、あれだけの量が体に蓄積されないなら、いったい何処に消えているのか――。胸に行きかけた視線を引きちぎり、思考へと意識を向けた。
もし、アリスにバレてしまえば、純粋に命の危機が訪れるであろう……。
◆◆◆
「――なるほど」
少年の疑問は入学して初めての授業――魔法戦闘にて明らかとなる。顎に手を当てて呟くカムイ。
フィリアがなぜ、あれだけの量の朝食を平らげていたのか。その理由を目の当たりにした。
ガントレット型の〈ブレイヴ〉を両手に装備し、魔力を纏った拳で殴りかかるフィリアの姿。普段のお喋りな部分はなりを潜め、代わりに拳が次々と突き出される。
まずはどんな風に授業を行うのかを新入生に実感させるのと景気つけと称し、魔法戦闘の担当教師――ヘルネクト・ウォークロンが軽い手合わせを指示したのだ。
志願する者はいないかという彼の問いに、フィリアは「はいっ、はーい!」と元気よく手を挙げた。勢い良く振り上げた手の一撃を顎に受けたバンが、華麗に宙を舞ったのは言うまでもない。
カムイの中で『喋り魔』と言う呼び名が定着しかけている彼女に次いで、手を挙げたのは長身の男子だった。その口元に浮かぶ微笑に不純なものを感じ、何か企んでいるのではと眼帯少年は目を細めた。
最初の印象はあまり良くなかったが、もはや友人の関係であろうフィリアの身を案じたのだ。
「単なる接近攻撃ならいざ知らず、次から次へと鬼気迫る勢いの猛攻。近寄られたら対処に意識が持っていかれる。あれを受けながら反撃をするのは難しいだろう」
ルールの説明をヘルネクトが行い、まもなく手合わせが開始となる。が、結果は見ての通りで、幸か不幸かカムイの心配は杞憂に終わった。
男子生徒は力を示すと同時に、自分の存在を誇示するための踏み台としてフィリアを利用しようとしたのだろう。だが、彼女の実力を見誤っていたのだ。
「フィリアは典型的な接近戦タイプだ。けど、勢いはそこら辺の同年代の中では頭ひとつ抜けてる。近寄られてあいつほど厄介なやつはそういないぜ」
まるで自分のことのように、ふん、と鼻を鳴らしてバンが誇らしげに言う。
「となると、あの距離は彼女に有利な距離か」
身体能力を向上させる強化魔法は使わなかった。
開始の合図からの距離の詰め方と言い、相手に魔法を詠唱させる隙を与えない素早い動き。それこそ一朝一夕で出来るものではなく、普段から鍛えていなければ不可能なものだ。
「なめ、るなぁ!!」
しかし、黙ってやられる相手ではないようで、棍棒型の〈ブレイヴ〉を薙ぎ払い、フィリアとの距離を稼ぐ。
「「〈強化/ブースト〉」」
相手のタイミングに合わせ、フィリアも強化魔法を自身に施す。
「ハァアッ!!」
身体能力が向上した男子生徒が駆け、フィリアの胴を狙い棍棒を突き出した。
「――フッ」
だが、側面から拳をぶつけることで棍棒の軌道をずらす。続くもう片方の拳に対して、持ち手を前後上下と入れ換えて力の向きを調整。下からの打ち上げで対処した。
「――ッ!?」
回転する棍棒は自然と2撃目に移行するが、フィリアは体を逸らして避けて見せる。
「まだあ!!」
掛け声と共に棍棒を自身の胴や腕を駆使し、回転させながら軌道を読みにくい攻撃を繰り出す。
やがて、間合いの有利を取られるも、持ち前の早さと拳の重さで拮抗し始める。
「――そこまで! ふたりともよくやってくれた。〈ブレイヴ〉を収めて休憩するといい」
頃合いだと判断したヘルネクトの制止が割り込み、ふたりはピタリと動きを止め、熱を冷ますべく一呼吸してから指示に従った。
「オマエやるじゃないか。ま、ボクの方が強いけどな」
「そっちこそ。じゃあ、次は白黒はっきりつけなきゃだね」
「もちろんだ。……ボクはマキア=アルカン。特別にマキアと呼ばせてやる」
「フィリア・ネールト。わたしもフィリアって呼んでいいよー」
踏み台として利用されるかに思われたフィリアと、笑みを交わすマキア。そんな彼女らにカムイは静かに驚愕する。
「凄いな」
バンが嬉しそうに話した理由が分かった。が、それとは別に、カムイには驚くことがあった。
言葉で説得したりするのではなく、力を示すことで相手の気持ちに変化を促した。最初の印象は悪かったはずなのに、共に行動する理由の答えがカムイの中で導き出される。
――あれは一種の才能だ。好き嫌いを通り越して、善い関係を構築するなんて……。
意気投合するふたりにヘルネクトは微笑み、カムイらの方へと身を翻した。
「奇しくも両者接近型の手合わせとなったが、彼らを軸にまずは概論を始めよう。まずは、今や魔法使いがひとりひとつ以上は持っている魔道具――〈ブレイヴ〉について……では、デルカくんに説明を頼もう」
「オレっちっすか!? こ、コホン」
目が合ってしまったバンが指名され、焦りを露にしたのを咳払いで誤魔化す。彼自身、気持ちを切り替えるきっかけにもしたかった。
「かつて魔法使いたちは文字通りの『杖』を使用していました。魔力を制御し、魔法へと昇華させる点で、それが最も効率がよかったからです。しかし、魔法を行使する都合上、稀にいる無詠唱魔法の担い手でなければ詠唱が必要で、その隙を突かれて敗北することが多々ありました」
バンの説明の根拠は、先程のフィリアたちの立ち合いで証明されている。彼女の怒涛の連撃は、反撃を封じると同時に、詠唱の隙きを与えなかったからだ。
最初の焦りに反してしっかりと説明する。突然指名されたのが焦りの原因だったようだ。
「魔法使いたちが議論した結果、杖以外、例えば剣や盾などの武具でも魔法を行使可能にし、詠唱の時間を作れるようにすればいいのではないか――そう結論付けます。長い研究の末に、圧縮魔法や変身魔法などを組み合わせた魔道武具――〈ブレイヴ〉が誕生しました」
「その通りだ。簡潔に分かりやすくまとめられていた。――付け加えるなら、戦いに用いるために開発された〈ブレイヴ〉の技術は、日用品にも応用可能だと分かり、我々の生活を大きく変化させることにも繋がった。当初は武具のみに限定されていたのがまるで嘘のようだ」
発想の転換とはよく言ったものである。
代表するのは魔法袋や魔法鞄と呼ばれる魔道具で、〈ブレイヴ〉製作の過程で開発された圧縮魔法を応用した収納魔法によって、通常よりも多くのものを入れられるようになった。
おかげで荷運びが楽になり、交易などでも有効的に使用されている。何より、学園の鞄も収納魔法が施された代物であり、生徒たちがどれだけ助けられているかは言うまでもない。
これだけでも〈ブレイヴ〉が人々にどれだけの影響を与えたかが理解出来る。
「〈ブレイヴ〉について理解を深めた次は、魔法戦闘の基礎を学んでもらう。事前に家で教わっているかもしれないが、復習だと思って付き合ってもらう」
「先生ー」
ひとりの女子生徒が手を挙げた。
「質問かね?」
「はい」
「聞こうか」
「〈ブレイヴ〉の上位魔道具――〈ブレイヴアルター〉は本当にあるんですか?」
存在自体が定かではない、魔法使いの間でまことしやかに語られる噂。その名を聞いたカムイの耳が微かに動いた。
「〈ブレイヴアルター〉か……。遥か昔、神と人が共存していた時代に創造されたと伝えられる、伝説の〈神器〉をそう呼ぶ。我々が日々使用する〈ブレイヴ〉の名はそこから取ったものだ。手にした者は世界の行く末を左右するそれが、世界には10種あると言われている」
使用者の実力など関係なしに、絶大な力を授ける神々の武具。
しかし、実在を前提の一説にこういうものがある。
〈ブレイヴアルター〉は意思を持っており、持ち主を選ぶのだという。
あるかないか不明なものだとしても、魔法使いにとって未知ほど興味を唆られるものはないのかもしれない。
「だが、残念ながら私の口から存在するかどうかは答えられない。というのが私の答えだ」
そこで〈ブレイヴアルター〉についての話は終わる。後は理論を説明してから実践か、またはその逆をヘルネクトが行い、魔法戦闘の最初の授業は終わりの時間となった。




