2.『壇上』
教員と上級生が駆けつけたことで事態は収拾した。だが、彼らが到着した頃には、喧嘩をしていた新入生のふたりは〈バインド〉済みだった。
カムイたちのもとに駆け寄ってきたフィリアが、再び目を輝かせる。
「今の今の今のっ、なに!?」
「恐らく駆けつけた教員か先輩の魔法だろう。先頭のひとりが〈ブレイヴ〉を構えていたからね」
と答えつつ、逃げ遅れた女子生徒に視線を移す。教員が寄り添っており、カムイはホッと胸を撫で下ろした。
「……」
カムイは笑顔で受け答えするが、バンからの視線が突き刺さる。後でちゃんと説明しようと思う眼帯少年である。
〈ブレイヴ〉とは――魔法行使に必要な魔力操作を行うための、従来の杖に変わる武具の呼称である。
普段は持ち運びを重視した掌程度の大きさだが、起動させることで様々なものへと姿を変える。剣や槍などの武器を含め、盾や鎧といった防具にもだ。
自分に合った〈ブレイヴ〉を持つのが、現代魔法使いの常識である。
「走りながら魔法を使ったの!? スゴッ! わたしも明日になったらできたりしてー」
「バカ言うな。一朝一夕でできるような芸当じゃないっての」
魔法を使うには当然、魔力を操作する必要がある。それが出来なければ魔法が発動しない、それか暴発するためだ。
魔力を操作するには必然的に集中力を要する。ましてや走りながらの魔法行使など、逆立ちで綱渡りをしろと言われるのと同義なのだ。そのため、新入生には縁遠い技術である。
「そんなことより、ずぅーっと気になってたんだけどさ。カムイきゅんの腰にある本は何なのー? もしかして勉強熱心な人だったり? そ・れ・と・も、〈ブレイヴ〉だったりしてー」
「きゅ、きゅん……? 想像に任せるよ」
そうこう話している内に、一行は入学式が行われる大講堂の前まで到着した。
大講堂の中に入ると手首のバンドを読み取り、どの列に並ぶかを上級生が指示していた。
カムイらも前を歩く新入生に倣う。その過程でバンとフィリアのふたりとは離ればなれになってしまった。
「――眠いぞ」
「我慢しろ」
「話が長いぞ」
「そういうものだ」
「わらわはもうダメじゃ」
「頑張れアリス。きみならやれる」
学園長の話の最中、あくびの声が聞こえてちらりと視線を向けると、アイリシェーラ――もといアリスが眠たそうな顔をしていた。瞼の重みに耐えきれずに目が細くなり、うつらうつらと立ち寝をしそうだ。
壇上で学園長が話し始めてから、僅か5分程度で限界寸前の軟弱な相棒に、カムイはため息を漏らす。
「――続いて、在校生を代表してミリーナくん、新入生への歓迎の挨拶を頼んだよ」
短い話を終えた学園長が降り、代わりにひとりの女生徒が壇上に上がる。たったそれだけで、カムイは大講堂の緊張感が張り詰めた気がした。
「生徒会副会長のミリーナ=アストルムだ」
黄金色のウェーブがかった長い髪を揺らし、碧い双眸で新入生たちを見渡す、美女と呼ぶに相応しい人物だった。
あまりの美しさに、周りの生徒の息を呑む音がカムイの耳に届く程である。
生徒会副会長ミリーナ=アストルム。
学内での強さを表した序列の第3位で、高貴な見た目とその強さから〈金獅子〉と呼ばれている。
「新しい生活が始まりに心を躍らせる者もいるだろうが、ここでは“自分は大丈夫だから”と油断した者から死ぬと知れ。笑いたければ笑えば良いぞ。私が副会長になるまでに死んだ者は、余裕で2桁を越えるからな。もし今、乗り越えられないと弱気な感情を抱いたのならばこの場から去れ。軟弱者に相応しい無駄死にをしたくなければだ」
殺気にも似た気迫を放つ壇上のミリーナに、ヒソヒソと話していた者たちが黙り込む。
いつの間にか、船を漕いでいたアリスも目が冴えたようだ。
たったひとつ、彼女の声だけが大講堂に響く。
「隣にいる者が卒業までにいなくなった、というのはこの学園では日常だ。だが恐れる必要はない。皆に平等に与えられた死が訪れるのが、単に早いか遅いかだけだ。〈賢者〉を目指している者ならば尚更ではないか?」
狩りをする獅子の如く鋭い眼光が新入生に向けられて、体を硬直させる者が多い中、話を聞きながらカムイは目を細めてミリーナを観察する。
「なるほど」
「うむ」
ほとんど同じタイミングでカムイとアリスは頷いた。
いずれ戦うかもしれない相手の強さは、やはり己が目で見て直接判断したいのだ。――〈金獅子〉と呼ばれるのは伊達ではないらしい、とカムイは口角を上げた。
「……」
カムイ本人ですら気付かない高揚を感じ取ったアリスは、壇上の副会長の方へ視線を向けた。さながら宿敵を睨むような眼差しで。
「挫折、後悔、悲劇がお前たちを襲うと断言する。それでも諦めずに何度でも立ち上がる意志があるのなら――上がってこい。諸君の奮闘を楽しみにしている。以上だ」
フィリアとは違った意味で――嵐のようだ、とカムイは思う。
そして、誰ひとりとして帰る者はいなかった。それを見届けたミリーナの不敵な笑みを、新入生全員が目に焼き付けて入学式は終わった。
◆◆◆
入学式を終えたカムイとアリスは学生寮へと向かう。が、その途中で見知った顔触れと再会を果たす。
「おーい、待てってー」
「歩くの速すぎー」
わざわざ走ってカムイらを追いかけたせいか、仲良く肩で呼吸するバンとフィリア。
「ふー、良い汗かいたぁ」
一仕事終えた労働者。それを連想させる素振りを見せるフィリアを横に避けて、せっかくだから一緒に寮に行こうとバンが提案したのだ。
断る理由はなく、何かの縁だと思いカムイは承諾した。
「入学初日からあんな騒動があるなんて、やっぱアルドラントは一筋縄じゃいかないぜ」
「俺も驚いた。まさか入学式の前に魔法を使うことになるなんて」
「カムイきゅんにさ、訊きたいことがあるんだけど。その眼帯はどうしてつけてるの?」
カムイの前に躍り出たフィリアが首を傾げた。
魔法使いが目を隠す理由は3つ。視覚に異常があるか、魔眼を保持している場合。または単純に、趣味やおしゃれの装飾品としてである。
だが、大半が魔眼に関する場合であるため、その点に触れるのはタブーにも等しい。
「ねえ、教え――むごふぉごごごっ!?」
「今のはなかったことにしてやってくれ。……もう少し言葉に気を付けてくれよフィリア。でなきゃオレっちの身が保たない」
慌ててバンがフィリアの口元を手で押さえる。彼が焦った理由は、彼女が問いかけた直後にほんの一瞬だけ、アリスからただならぬ雰囲気を感じたためである。
常識的な礼儀や遠慮を気にせず、単純に心の赴くままに行動する人だと判断されたフィリア。彼女のことを知らなければ、カムイも殺気を放っていただろう。
「気にしなくて良い。悪気がないのは伝わったからね。でだ、この眼帯はとてもすっごい我が眼を隠すために用いている。もし外されてしまった日には、7日7晩飴玉が降り続けるだろう!」
突然の華麗な動きから見事にポーズを決めるカムイに、言葉を失う3人。
「ぷっ――アハハハハッ!!」
降りた静寂をぶち壊す勢いで、フィリアがお腹を抱えて盛大に笑った。
無事に笑ってもらえて、カムイは頬を緩ませる。
「正直、もうちょっとお堅いのかと思ってたから安心したぜ。右目の眼帯が外されないことを願うぜ。飴が空から降ってきたら、童心が蘇って我を忘れそうだしな」
フィリアの盛大な笑いを皮切りに、バンも冗談を言って場を和ます。
「堅い、か……。もしかしたら緊張していたのかもしれない。ほぐしてくれた礼に、ふたりにはいずれ右目を見せると約束しよう」
「ぷくく、楽しみにしてるね!」
笑いから解放されたフィリアが、本当に楽しみだと表情で示した。
「話は変わるけど、授業は早速明日からだから……今日中に準備を終わらせておけってことだよな?」
「たぶん」
「これでカムイとオレっちがルームメイトになったら最高だな」
「……残念だけど、俺のルームメイトはもう決まっているんだ」
カムイは隣のアリスにちらりと視線を送る。彼が言いたいことを察したバンは、やれやれと肩を落とす。
カムイとアリス。ふたりの入学が決定した時点で、学園長が彼のルームメイトを選んでいた。
「わたしはこっちだから。気になっても、覗いたらダ・メ・だ・ぞ?」
「さあ行こう」
上目遣いで人差し指を咥えるフィリアを、バンは即座に身を翻して無視する。そんな態度に怒って、背中にぶつけられる文句すら彼は聞き流すのであった。
そして、カムイたちは男子寮に到着した。
「ルームメイトが決まっている……なんと羨ま――コホン。けしからん所業か」
男子寮まで来てもアリスが一緒に来れば、どんな馬鹿でもカムイが言わんとしたことが理解できる。それに対して本音が漏れかけるバンであった。
「落ち着いてほしい。事情は……機会があれば話す」
「良いさ。オレっちはどうせ独り身なんだよ……。オレっちだって、オレっちだっていつかは、その、凄いんだからな!」
バンは自分の部屋に到着するなり、言いたいだけ言ってバタンと扉を閉めた。ふてくされた子どもみたいに頬を膨らませてだ……。
「俺たちの部屋に行こう」
「うむ、良きに計らえ」
「……ええ、仰せのままに」
お姫様をエスコートするように、カムイは気品ある仕草で応じた。




