1.『入学』
青色が広がる空の下、期待と不安が入り交じった表情の少年少女たちが歩いていく。
道の両端に連なる木々から桜の花びらが宙を舞う。まるで、黒を基調とした制服、それに身を包む彼らを歓迎しているようだ。
「やべぇ、緊張してきた……」
彼らの行く先は皆同じだ。世界中に点在する魔法の学び舎でも、特に有名な三大魔法学園のひとつ――アルドラント魔法学園。
一人前の魔法使いとなるべく彼らは今、門を叩こうとしているのだ。
「――くしっ」
可愛らしいくしゃみは、身を固くする彼らの中では際立ってしまった。
発生源は周りの者たちよりも、一回りほど背が低い少女。その髪は宵闇のように黒く、腰まで伸びているのが特徴的である。
「風邪か?」
「違う。花弁が鼻を擽っただけじゃ」
隣にいた白銀の髪の少年が手拭いを差し出す――が、片手で断られる。
少女は一度ずびっと鼻を鳴らし、大丈夫だと。
「まだ肌寒いから、気を付けなくちゃな。入学早々、風邪で欠席なんてつまんないぞ?」
「そなたは元気が有り余っているようじゃの」
「もちろん。どんな学園生活になるか楽しみだ」
やれやれと言いたげな少女。苦笑を浮かべる右目を眼帯で隠した少年――カムイ・スメラギは周囲に視線をずらした。
「ありゃなんだ?」「入るところ間違ってるんじゃないの?」「兄妹かしら」
周りの自分たちへの印象を言う声が聞こえ、うぅむ、と小さく唸るカムイ。
「人気者だな?」
「戯け。珍獣扱いの間違いじゃろ」
入学する年齢に達した者たちより小柄な少女は、自然と目を引いてしまうよう。中にはカムイの娘なのでは、と怪訝そうな眼差しを向ける者までいた。
「いつも通りだな」
このような評価は初めてではない。やはり、小さいと侮られてしまうものだ。なので、ふたりはいつものように聞き流す。
「――ねぇねぇ、あなたたちは兄妹? それとも親子?」
「うおっ――」
だが、唐突に現れた女の子がカムイの顔先に迫ってきた。
「あっ、自己紹介しないとだね。わたしはフィリア・ネールト。よろしくね!」
強引にカムイの右手を掴んで上下に振り回し、挙げ句、早口でまくし立てるフィリアと名乗った少女に呆然とする。
遠慮なしの態度で接してくる。面食らうとは正にこのこと。
何故なら、魔法使いとはもっと合理的だと彼は認識していたからだ。一定の距離感と呼ばれるものに重きを置くのだと。
「離れぬかッ、この痴れも――」
「わあーっ、近くで見るとかわいい~! お肌もスベスベだし頬擦りしたくなるよー」
カムイに馴れ馴れしいお邪魔虫。それを離れさせようとした少女だが、フィリアはお構いなしのよう。悲しいか、カムイに次いで彼女の餌食となる。が、そこへ救世主が現れた。
「何やってるんだ……。ふたりとも困ってるだろうが」
「うあー、食べられるー」
「こんなやかましいの、魔物でも願い下げだっての」
「なんだとー!」
フィリアの首根っこを掴んだ、カムイよりも少しだけ身長が高い男子生徒だ。
「――オレっちのツレが迷惑をかけてすまんな。昔から思い至ったらすぐ行動に移すのが悪い癖で……。悪気はないから、許してやってほしい」
冗談を言ってから、被害者ふたりに軽く頭を下げる。
「驚きはしたが、迷惑ではなかったから気にしないでくれ」
「そうか、ありがとな。っと、そうだ、オレっちはバンデス=デルカ。気軽にバンとでも呼んでほしい。このやかましいの共々、よろしくやってくれると助かる」
「カムイ・スメラギだ。こっちは相棒のアイリシェーラ・ヴィンツェル」
フィリアの時とは違い、今度はカムイも同意の上での握手を交わした。彼とは違い、アイリシェーラはふんとそっぽを向いた。先程の怒濤の勢いだったフィリアにご立腹のようだ。
相棒の失礼な態度に苦笑いを浮かべるカムイである。
「ちょっとぉ、だーれが、やかましいのだーっ。バンだってわたしと一緒によく怒られるくーせーにー」
「それはお前のせいだろうがぁ!」
「いいいい痛い痛い痛いー!」
やかましいやつの頭を拳でグリグリするバン。これが彼らの日常なのだとカムイは認識する。日頃から苦労しているのだなと心の中で激励を送った。
決して声には出せないが、カムイにもバンの気持ちは察せられたのだ。視線が隣の少女に向かないように気を付けながら思う。
「キャーーッ!!」
幼馴染みであろうバンとフィリアの仲睦まじいやり取りに、カムイは何処か寂しげな表情を見せる。タイミングを同じくして、彼らの耳に悲鳴が届けられた。
先んじてバンとフィリアが悲鳴が聞こえた方に顔を向ける。
一拍遅れて、カムイとアイリシェーラも同じ方を向いた。
4人の視線の先、校門付近でふたりの生徒が喧嘩を始めたようだ。
「新入生同士の喧嘩だ。毎年いるって聞いてたけど、本当にいるんだな」
半ば呆れ気味でバンが言う。
目を凝らして確認すると、ふたりの新入生が〈ブレイヴ〉を手に睨み合っていた。このままでは周囲に被害が出るのは火を見るよりも明らかだ。
しかし、とカムイは眉を潜める。
バンが言っていたように毎年起こることなら、何かしらの対策がしてあるはず。なのに、その類が見当たらないのだ。
新入生の誰も止めようともしないことが、カムイを不機嫌にさせた。が、面倒に巻き込まれたくないという言い訳で、放っておこうとする自分もまた――同類だな、と自嘲する。
「さすがに止めないとだな。カムイ、手伝ってくれないか?」
自らを嘲笑う少年に、バンは真剣な表情で告げる。――放っておけないと。
ただの殴り合いの喧嘩なら見過ごせば良い。
当人たちが怪我をするは自業自得だろう。
しかし、彼らが行おうとしているのは魔法ありの喧嘩。周りにいる無関係な生徒が怪我を負う可能性がある。
それはつまり、止めようと介入した者こそ、一番の危険が伴うということだ。カムイがたとえ断ったとしても、バンは責めることなくひとりでも止めに行くだろう。
数分の関係ではあるが、それくらいの許容の持ち主だと判断していた。
「――カムイ」
くいくいと袖を引っ張られて視線を落とす。アイリシェーラが心配するように彼を見上げていた。
「……そうだな。――バン、行こう!」
「おう!」
要らぬ面倒に首を突っ込むリスクを負う必要はない。見て見ぬ振りが楽だと、カムイは理解している。理解しながら彼は選ぶのだ。
あいつなら間違いなくこうするだろう、と。
「一緒に行くぞ――って、あれ、フィリアは?」
隣にいたはずのフィリアに声をかける。が、そこには影も形もなく困惑するバン。
「そなたの相方なら、あそこじゃ」
冷静に告げるアイリシェーラの指の先。カムイが悩んでいる間に、喧嘩は既に始まっていた。
「ハアァァア!!」「うぉりゃああ!!」
喧嘩するふたりの〈ブレイヴ〉の衝突で生じた衝撃波が、退避しようとする黒髪の少女へと迫る。無事に逃げられるかと思われたその時、足を引っ掛けたのか躓いた。
カムイらより早く動いていたフィリアが、少女の前に立って自らを盾代わりにしようとする。
「フィリア!!」
バンが名前を叫ぶ。走って行こうにも、魔法を発動しようにも間に合わない。それ故に彼は叫んだ。誰か何とかしてくれと、願いを込めて……。
「……ありゃ?」
いつまで待ってもやってこない衝撃波。フィリアは恐る恐る瞼を上げた。
「おお……なにこれ、すごッ!」
球体の形で展開された〈プロテクション〉が彼女らを守ったのだ。危うく大怪我するところだったフィリアは、自分たちを囲む防壁魔法に目を輝かせている。
「――ふぅ。なんとか間に合ったな……」
「良くやった、褒めてやるぞ」
「ありがとう」
腰に携えていた本を左手に持ち、右手はフィリアらの方へ向けたままで、カムイが安堵の息を漏らす。
「カムイが、やったのか?」
「何とか間に合って良かったよ。後は先生方に任せよう」
驚いた表情のバンに、カムイは笑顔で言った。
「早くしないと入学式に遅れるぞ?」
「お、おう。そうだな」
何か訊きたげなバンだったが、今はひとまず呑み込んで、先を行くカムイたちを追いかけた。
彼らの学園生活の今後が気になったら、
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