42.『陰謀』
闘技場内の医務室にて、医者は神妙な面持ちのシアに告げた。
「命に別状はない。理由は分からないが、火傷は驚異的な早さで治っていっている。もちろん、胸から腹にかけて斬られた傷も同様だ。信じ難いが、安静にしていれば明日にでも完治するだろう」
そう言って医者は部屋を後にした。残ったのは気まずい距離感のシアとアリスのふたり。
「……こやつが気を失うとは、強くなったのじゃな」
先に口を開いたのはアリスだった。
「隻眼の銀狼に復讐するには、もっと強くならなきゃいけないと思って、必死だった」
「動機はさておきじゃ、強くなったのは事実じゃ。胸を張って良いと思うぞ」
ベッドですやすやと眠るカムイを見下ろすアリスが微笑んだ。
「シアよ。そなたはまだ、カムイに復讐したいか?」
「……分からない。今だって許せないし、この先も許せそうにない。でも、わたしが思ってた人とは違う気がしてならないの。どうしてこの人が兄さんを見殺しにしたんだろうって」
ゆっくりと、だがしっかりと胸中の思いを言葉として紡ぐ。
「見殺し、か……。あながち間違っておらぬの。カムイ、そしてわらわはクトラに重役を押し付けてしもうたのじゃ」
「重役……?」
「そなたには知っていてほしいのじゃ。わらわらとクトラがどうして一緒に旅をしていたのかを」
妹が知らない、クトラ=サラマンディアとカムイらが歩んできた軌跡の話である。
「最初、世界各地で魔族を撃退していたのは、カムイとわらわのふたりだけじゃった」
黄泉姫が語るのは、彼らの名がまだ世に出る前の過去の話。カムイとアリスのふたりが、ひとりの熱血馬鹿と出会った頃の話。
「カムイとわらわが名前もない小さな村で魔族を倒したのを、偶然見かけた者がおっての」
交わした約束のために、世界中で魔族を屠る旅をしていた道中で何の気なしに寄った村。住人も20人程度の自給自足で日々を生き抜いている村だった。
泊まらせてもらう見返りに、活発になっている魔物の撃退のつもりで森に入ると、それらを従える魔族がいたのだ。
「クトラも強くなるために旅をしておっての。夜半に日課の素振りをしていたら、わらわらが森に行ったので、気になって追いかけてきておった」
懐かしい記憶を呼び起こし、微笑みを浮かべるアリス。
「魔物もろとも魔族を殺したカムイに頭を下げて懇願した。――魔族を倒す方法を教えてほしい、と。どんな理由があるにせよ、あやつは聞き入れるつまりはなかった。……じゃが、最終的にはカムイの根負けじゃ」
魔物を討伐するための滞在期間中、毎日カムイのもとへ通い、教えてくれと頭を下げに来たのだ。雨の日でも関係なしに取り憑かれたように毎日。――あんなのをやられたら、誰だってまけると思う。と、後にカムイは苦笑いを見せた。
「熱心というより、あれは狂気の域じゃった気がするぞ。それから旅に同行して、毎日カムイに戦い方を教わり、尋常ではない早さで上達していった」
そこでアリスは話を一旦切り、笑顔が消えた。
「やがてわらわらのふたつ名が付けられ、レギオンにも一目置かれ、仲も深まった頃……それは起こってしまったのじゃ」
深く息を吸い、心の準備をするアリス。つられてシアまでも緊張してしまい、ごくりと喉をならした。
「ここのような大都市に初めて訪れた際、クトラが奴隷制度が気にくわなかったらしくての、領主に直接抗議したのじゃ。無論、小僧の言うことは受け入れられず、クトラは行動に出てしもうた」
アリスは白く小さな手で拳をつくる。順調に魔族討伐を果たしていた矢先、彼らの運命を大きく変える出来事が起きた。
「何を、したの?」
「そなたなら予想出来よう。奴隷を逃がしたのじゃ」
奴隷商を襲い、檻に入れられていた奴隷たちを逃がしたのである。結局、何人かは逃げ延びたのだが、ほとんどが捕まってしまった。
抵抗してきた奴隷商に奴隷を「殺すぞ」と人質にされ、クトラは無力を突きつけられる結果になった。
「翌日領主に呼び出され、罰を命じられたが、カムイがひとりで3人分を受け持った。帰って来たのは見るも無惨な痛々しい姿じゃった。傷がない場所はなく、全身余すとこなく血を流しておった」
クトラは地面に頭を擦り付けて謝罪した。自分の身勝手な行動のせいで、仲間を傷だらけにしてしまった事実は、彼にとって何よりの罰になったのかもしれない。
しかし、カムイは決して責めも咎めもせず、あまつさえクトラの行動は良いことだと言ってのけた。まともに歩けなくなるほどの傷と痛みの原因を、少年はあっさりと許したのだ。
「謝罪し、あやつは宣言した。――オレは世界一強くなって、誰もが笑顔で暮らせる世界に変える、と」
強くなるだけでは足りないと、笑うカムイに指摘されてしまうも、クトラの熱意と覚悟はしっかりと伝わっていた。
「魔王が攻めてきたのは、その矢先じゃった」




