41.『復讐』
良く言えばお人好し。悪く言えば不器用。
「焼き尽くせ――〈炎覇竜蓮陣〉」
カムイの体は魔法をあらゆる無力化する。にも拘わらず火傷するのは、炎魔法が彼の体に触れて消滅するまで一瞬と言えど時間がかかる。消えるまでの僅かな時間で炎が空気を熱し、その熱が肌を焼くのだ。
だが、並の炎魔法ならこうはならず火傷を負うこともない。シアの炎魔法が単純に、彼の体質を看破しかけるほどに強力なのだ。
「どうしてっ、どうしてそんなになっても倒れないの!!」
瞳を潤ませ、少女は叫ぶ。身体のあちこちを火傷しながらも、決して倒れない復讐を誓った相手に。
復讐相手とは違い、少女は擦り傷ひとつ負っていない。一度の反撃もないのに、シアは胸の辺りが痛かった。
「……悪いが倒されるわけにはいかない。俺を憎んでも、怨んでくれても構わない。だけど、それだけは絶対に譲れない」
「どうしてお兄さまだけ死んだの! どうしてあなたは生きてるの! どうして、どうして……っ」
「決まってるだろ。ここで俺が死んだら、きみは人殺しになってしまう。クトラは……俺の親友は、そんなこと絶対に望んでいない!!」
視界が歪む。息が切れ、肩で呼吸をする。人体が必要とする酸素を炎は貪るのだ。足から力が抜けていく。歯を食い縛り、しっかりと大地を踏みしめる。
絶対に倒れない。絶対に死なない。親友の妹を、自分と同じ人殺しにしないために、カムイは倒れられないのだ。
「きみに譲れないものがあるように、俺にも譲れないものがある。悪いが、俺は負けず嫌いでね。きみが諦めるまで、ここに立ち続ける」
少年に放たれる炎は次第に威力が弱くなり、やがてシアはその場にへたり込んだ。
「どうしてっ、ねぇ、どうしてなの!!」
大粒の涙を流し、叫ぶようにカムイに言葉をぶつけた。
会場には少女の声のみが響き、観客たちは皆、訳も分からぬ状況に言葉を失っていた。
「懺悔、贖罪、罪滅ぼし……理由は何でも良い。あいつが守ろうとしたものを全力で守る。それが、生き残った俺の役目だ」
「……ぐすっ……意味わかんないっ」
クトラ=サラマンディアが命を懸けて守ろうとしたもの。その中にはシアも含まれている。なればこそ、カムイ・スメラギが彼女を自分たちと同じ道を歩んでほしくない。
ある種の恐怖なのかもしれない。もう2度と、彼は失いたくないというただの自己満足なのかもしれない。たとえ理由がどれだけ私利私欲より出でたものだとしても、それを本人が理解していたとしても、カムイは決して譲らない。
意地、わがまま、拘り――いくら言葉を並べても、親友が死んだ過去は変わらないのだから。
「――だが、きみには真実を知る権利がある。もし俺がこんな提案をしたと知ったら、クトラは俺を殴るかもしれない。何故なら真実を知ると同時に、あいつがきみに望んだ平和な日常を手放すことになるだろうから。……それでも、と真実を求めるなら、立て。立って俺と戦い、覚悟を示してみろ」
ぽたりぽたりと涙を流す少女は、復讐相手が言う真実という言葉が耳に引っ掛かった。
言い逃れ、言い訳、嘘方便と思うはずなのに、火傷だらけになりながら一度も反撃せずに、甘んじて炎魔法を受け止めたカムイ。それが影響したのか――知りたい、そう思うようになっていた。
「――黒焦げにしてあげる」
何を迷う必要があろうか。復讐の気持ちが消えたわけではないが、それ以上に大切なことを皮肉にもカムイによって思い出された。
――クトラが守ろうとしたものを守るのだ。
難しい言葉を、論理を、理由を建前に行動原理にしていた。そんな必要はなかったと言うのに。とっくの昔に、大切な兄から教わっていたと言うのに。失った喪失感を埋めるために、別のものを詰め込んでしまったのだ。
「見せてやる。天眼の剣聖の妹たる私の、本当の実力を」
涙を服の袖で拭い、自分を見るカムイの瞳を見つめ返して言った。
「ふ……良い顔だ。なら、俺も、応えねば……なる、ま――」
構えようとする手は上がらず。代わりに重力に従って地面に倒れ込むカムイの体。大の字に倒れて天井を見上げる。
「力が……入らないや」
「ちょ、ちょっと! 倒れないんじゃないの!?」
「心配ない。死には、しないさ。ちょっと、休む、だけ――」
その言葉を最後にカムイは気を失い、何とも訳も分からぬ内に決着がついた。
勝利宣言がされても、カムイとシアの事情を知らない観客たちは、彼らが発した言葉から憶測や推測をする別の楽しみを見つけるしかなかった。




