40.『数奇』
試合の相手――シア=S・ユベルツィアと邂逅を果たした少年は大きく深呼吸をする。無論、それだけでは激しく脈打つ鼓動はともかく、気持ちの方は落ち着かない。
試合開始の合図が鳴る。なのに、カムイは腰の本は開かない。何故なら対峙したことで予想は確信へと変化する。
「運命、とでも言うのか」
不安定な微笑を消し去り、真剣な面持ちで素直な感想を呟く。過ぎ去りしあの日の光景が脳裏を過る。
「この時をずっと待っていました。兄さんを殺した、あなたを殺す日を」
カムイにしか彼女の声は聞こえない。観客席には届かない大きさで話しかけたのだ。紅蓮の炎のような赤い髪の少女は、決意を込めた表情で復讐を宣言した。赤と青のふたつの瞳は、復讐相手を捉えて逃がさない。
こうなるかもしれない。事前に予期していた、だから準備を済ませて対峙するに至った。どうということはない。
「…………」
どれだけ言葉を重ねても、どれだけ理由を探しても、所詮自分に言い聞かせる言い訳に過ぎないと心の何処かで理解する。
どう足掻いても過ぎ去った時間は変えられず、受け入れるか、逃げるかのどちらかだ。そして、逃げ続けた報いが訪れたのだ。
シア=S・ユベルツィア――数奇な運命の巡り合わせなのだろうかとカムイは苦笑する。悲しげに、儚げに、懺悔を込めた笑みを浮かべた。
「燃やし尽くせ、焔の顋――〈炎竜牙〉」
シアが炎を纏った剣を振り下ろすと、そこから燃え盛る炎の竜がカムイに噛みつかんと襲い来る。
甘んじて受けようか、それとも防ごうかと逡巡の後、少年は大きく息を吸い込んで吐き出した。翳した手のひらが向くは迫り来る焔の竜。
「氷結せよ」
観客には詠唱と言うより、命令に聞こえた。
そして、彼らは信じられない光景を目にする。氷とは縁がないはずの炎の竜が、カムイの命令に従ったように凍りついたのだ。
見たことも聞いたこともない現象を前に、紡げる言葉を観客たちは持ち合わせていなかった。
「……〈命言〉。まさか学生に使える者がいるとは信じられない」
目立たないように観客席の出入り口の通路に佇む男は、現実を噛みしめるように独り言を口にする。首都を訪れたレギオン部隊4番隊の隊長シュセットだ。
「相手の女性とはかなり物騒なことを言っていましたね」
彼の隣で同じく試合を見物するのは、4番隊の副隊長ビーイルである。
当初はレギオン部隊長が親善試合を見るために訪れる予定だったのだが、別の場所で魔族が不穏な動きを見せたと報告が入り、急遽彼らが来ることとなった。
部隊長に、各校の生徒の実力を見定めてこいと命じられてしまい、ゆっくりと観光をする気持ちを呑み込んで見物に来ていた。最初は乗り気ではなかったものの、他の試合を見終わって 足を止めてみれば面白そうな試合になる予感がした。
「羽ばたけ――〈紅蓮・鳳〉」
シアの剣が再び炎を纏い、今度は横薙ぎに振り払う。軌道に残った炎は、伝承に綴られる鳳凰のような形となり、翼を羽ばたかせて闘技場の上部へ移動し標的の少年を見下ろす。
「宿れ――〈紅蓮・焔〉」
炎の鳥を見上げるカムイに、音もなくシアが彼の眼下まで迫る。引き続き炎を纏ったままの剣を、相手を斬り裂かんとする勢いで振り上げた。
少年が思い切り後ろに飛び退いても斬れる距離。
「――え?」
何とも間抜けな声が少女の口をついて出た。
たとえ避けられても追撃するつもりだった。そのための余力を残していた――が、振り上げた剣はカムイの体に傷を刻んだ。
そうなることを望んでいた。そうなってしまえと思っていた。そうならなかったとしても、頭上に待機する炎の鳥が追撃するはずだった。なのに、なのにだ、相手は避けも防ぎもせず、甘んじて刃をその身に受けた。
「――どうした? 俺に復讐するんじゃないのか?」
上から声がかかる。斬られた傷の痛みで顔を歪ませながら、もう終わりかと自分を斬った少女に問いかけた。
「――っ!」
相手の勢いに呑まれると判断したシアは、飛び退いて一旦カムイと距離を取った。
意味が分からなかった。理解が出来なかった。
「……どうして……?」
シアは初めてカムイと目を合わせた。眼帯で片目だけだったが、その瞳には見覚えがあった。
かつて、兄を失って、全てがどうでも良くなり、生きる意味などないと思っていた頃、鏡に映った虚ろな瞳。それは――死を望む瞳。
兄を死なせてのうのうと生きてきた者が、どうしてそんな瞳をしているのか。少女の覚悟が揺らぐ理由としてはじゅうぶんだった。
「どうした? もしや、迷ってしまったのか? 復讐を果たさゆとしたきみの覚悟は、その程度で揺らぐものだったのか?」
少年が淡々と問いかける内容は、シアの胸中を見抜いているようで、様々な言葉が、思いが、感情が込み上げる。何が何だか混乱してきた。
「――うるさい!!」
それら全てを吹き飛ばす勢いで少女は叫んだ。
「半端な覚悟では俺は殺せない。もとよりきみを、親友の妹を人殺しにするつもりはないがね」
「……ふざけないで。あなたは兄さんを見殺しにした! だからっ、わたしがあなたを殺さなきゃいけないの!!」
思考の放棄に近く、ただ心に決めた行動を成さんとするべく、少女は叫ぶ。
膨れ上がった思いは、何かに、誰かにぶつけなければ、もはや治まらない。大切な兄を失った少女が抱える怒り、哀しみ、苦しみを改めて理解したカムイは、本を閉じた。
そして、シアに負けない迫力で両手を広げて彼は告げる。
「来いっ、シア=サラマンディア・ユベルツィア。きみの全てを、俺が受け止めてみせる。俺を殺す勢いで、全力でぶつけてみやがれ!!」




