39.『成果』
おおよそカムイの読み通り、テウスの怒濤の攻めを捌ききれなかったクリシュナが敗北した。その事実を目の当たりにしたケイは、涙に潤ませた瞳を友人に向ける。
「どうしよう……」
彼がこうなるのも仕方ない。武芸部の名を冠する、それだけでも注目を浴びる。魔法行使より、戦闘面で期待されていると言っても良い。負ければ期待は落胆へと変化するのだから。
ある程度の実力を示せれば上々。しかし、クリシュナのように見せ場もなく退場するのは最も悔しい結果だろう。
そして、この闘技場で試合を行うのは、クリシュナ、ケイ、カムイの3人だけ。各校の誇りを担っているとも受け取れた。
敗北のペナルティはないと部長マルセルは言ったが、それはあくまでアルドラント学園武芸部内での話。
「月並みだが、自信を持って胸を張るんだ。やる前から諦めていては、何も成せない。――なら僕は、突き進む。そう言ったのは何処の誰だったかな?」
「うっ……うん。そうだよ、ファイトだよね!」
急に意気込むケイに面食らいつつも、その意気だとカムイは拳を掲げる。勢いがなくならない内に彼は試合会場へと降りていった。
「カムイくんも頑張ってね! 精一杯応援するから。カムイくんの相手、シア=S・ユベルツェンって人だけど、どんな人なんだろう?」
と思いきや、だだだと舞い戻ってきたケイは友人の応援を先にしておいた。負けて気絶したりした時のために一応の意味を込めて。
「――」
自身の対戦相手の名前を聞いた時、カムイ、そして彼と同じくアリスは怪訝そうに眉を歪めた。が、ケイに指摘されると何でもないと誤魔化した。
いつもの冷静沈着の友人とは明らかに違うのをケイでさえ気付いたくらいだ。
「アリス。もしそうだとしても絶対に手を出さないでくれ」
「悪いが、承諾はしてやれぬ。わらわが優先するのは、カムイ、そなたじゃ」
「えーっと……どうしたのふたりとも……?」
決して気のせいとは思えないカムイとアリスの雰囲気に、問いかけずにはいられなかった。
「そうだな、試合が終わったら話す。約束だ。だから、ケイも、試合中に何があっても手出ししないでほしい」
「大丈夫、なんだよね?」
「どうだろうな。俺の予想が正しければ、大怪我をすると思う。たとえ予想通りの展開になっても……お願いだ」
見たことがない表情だった。
怒りと悲しみと悔しさが入り混じった不安定な微笑み。ケイに残された選択肢など、頷く以外には残されていなかった。
「――よし!」
疑問を頭の隅に追いやり、対戦相手を見据える。
どうしてあんな表情をしたのか訊きたい。けれど彼は訊くまい。友人が自分から話してくれるのを待てる許容の持ち主なのだ。
話してくれなくても、カムイが困っていたら拒まれても手伝う腹積もりだ。普段の物腰柔らかさは、彼が相手への遠慮で一歩下がっているためである。
もし有り余る優しさが表面化すれば、相手を堕落させるほどの威力を発揮しよう。
眼帯少年が背中を押した人物の内面は、真に恐ろしいお節介焼きなのを当の本人はまだ知らない。
「両者、構え!」
試合開始前の声がかかり、ケイと対戦相手は〈ブレイヴ〉を起動させた。
二回戦。ケイ=ファルサ。対戦相手、魔法學舎ルベリアのフィン・マックセン。奇しくも棍棒使い対槍使いの組み合わせである。
「へえー、面白いじゃん。長い得物同士、良い試合を使用じゃん?」
「もちろん。でも、僕は負けないよ」
「良いじゃん、良い顔じゃん。もち、オレも負けられないじゃん」
少しだけ話し、終わる頃に試合開始の声が両者の間を駆け抜けた。
「――試合、開始!」
「貫けっ――〈輝光の槍/ランサ・ラディウス〉」
合図と同時にフィンが槍を後ろに引き、直後にそれを前方に突き出した。すると槍の先端から、一瞬で壁まで届く光線が放たれる。
「呼応し、躍動せよ、――〈躍動する大地/グランド・ウェーブ〉」
予備動作で相手の行動を予測していたケイは、真横に跳躍することで光の速度の光線を躱す。着地しながら棍棒の端を地面に付けて詠唱。そこを中心に浜辺の波のように地面が波打つ。
「チィっ」
槍の光線の継続を阻止する。
薙ぎ払うつもりだったフィンが舌打ちし、光線を放つのをやめて次の行動に移る。刃が背中側に向くように槍の持ち手を変えた。
「裂け――〈槍扇〉」
思い切り振り払い、槍が通った軌道に沿って弧を描いた刃が形成、形を成すや否やケイに襲いかかった。
「我が身を守護せよ――〈プロテクション〉」
魔法使いなら誰もが使える障壁魔法。その強度は込める魔力に依存する。加えて障壁全体に満遍なく魔力を込めなければ、脆い部分が出来てしまう。
魔力操作に秀でた者なら強固で大きな一枚を。魔力量が多い者ならむらが生じにくい強固で小さなものを無数に繋げて一枚に。初心者なら不安定でも構わず張る――。
「そんなもんでオレの槍扇が防げるわけ――」
「防げるよ」
とにかく張る。重ねて張る。次々と展開する障壁は、一薙ぎの一閃に割り続けられる。が、次第に速度が落ち、威力が消された結果、十数枚目の障壁に阻まれてしまう。
カムイが教えたケイに向いている〈プロテクション〉の使用法である。
信じられない光景に開いた口が塞がらないフィン。槍を振り払った状態で固まってしまう。――でたらめにもほどがある。そう思ったのは彼だけに留まらず、一部始終を見ていた観客も同感だった。
「〈強化/ブースト〉」
中距離戦はここまでと決め、ケイは身体能力強化魔法を発動させ、対戦相手にフェイントを混ぜずに真っ直ぐ走る。
「――ハッ。突き刺し貫く――〈連刃槍〉」
我に返ったフィンの槍と同じ挙動を模す魔力で作られし槍。それらは真正面から接近するケイを近付けさせない勢いで突き出された。一突きで10本単位の魔力槍が追従する。無造作故に次が予想しにくく、油断すれば串刺しになったしまう。
ズサァと地面を堀りながらも停止し、槍を振るう槍使いへと視線を送る。
「試すのに丁度良い……」
「何言ってんじゃん? さっさと降参するのが身のためじゃん」
「我が声に応え、我が身の力を強化せよ――〈強化・改/ハイ・ブースト〉」
〈強化/ブースト〉の上位魔法――〈強化・改/ハイ・ブースト〉。通常の強化魔法よりも強力なものだ。本来ならケイが行使可能なほど簡単な魔法ではない。
……なら何故、彼がそんな上位魔法を使えたのか。カムイの指導があり、何よりケイ自身の努力の結果である。
発動を成功させたのはこれが初めてなのは、カムイとふたりだけの秘密。
「ハァアッ!!」
「くぅッ!」
お返しと言わんばかりの怒濤の連撃が、荒波のようにフィンに押し寄せる。普段のケイからは想像しにくい勢いで、相手を後退させていく勇姿は、カムイに一時の安堵を与えた。
どの部位でも武器として活用出来る棍棒の特性を活かし、相手に反撃の隙を与えない。それでもフィンとて棍棒と似た特性を持つ槍の使い手。回転させながら迫り来る棍棒を槍で丁寧に受け流し、受け止めて直撃を回避する。
「やらせないじゃん!」
〈強化・改/ハイ・ブースト〉を施したケイの一撃を体で受ければ、そこで勝敗は決するとフィンとて分かっていた。
「――そこだ!」
棍棒と槍の衝突音が闘技場にこだまする中、少年の声が間に割って入る。
右腹部への攻撃に見せかけて大地を踏みしめ、フィンが防御の姿勢を取ったのを確認してから後ろへと飛び退き、反応される前に今度は前方へ――フィンの方へと跳躍。
「〈剛・一突〉」
「――かはっ!!」
突きの一撃がフィンのみぞおちへとめり込む。そのまま膝を折り、四つん這いの姿勢になりながら呼吸を整えようとする。
「僕の勝ちです」
首もとに棍棒を翳し、ケイが告げた。




