36.『首都』
カムイを含めた武芸部員たちは交流試合を行うべく、石造りの建物が名物の首都ファイアンドを訪れた。
「凄い凄い凄い! ほとんどが石で出来てるよぉ! ねえねえ、カムイくんカムイくん、あれは何かな?」
宿に荷物を置くと、部長のマルセルより指示があった。
「――交流試合は明日から2日間行われる。作戦会議とか準備とか色々あるが、せっかくファイアンドに来たんだ。今日はたーんと、観光して楽しみたまえ」
準備は怠らないことを条件に、自由行動を許可された。久しぶりに訪れたので優雅に散歩をするつもりだったカムイは、初めて来た首都に興奮したケイに連れ回されるのだった。
アリスは一緒には行かず、部屋でひとり眠っている。
「あれ? あー、あれか。日時計と言って、時間を出っ張りの影が示す仕組みだ」
「へぇー。じゃ、あれはあれは?」
「んー、あれはだな――」
視界に入った未知なるもの全てについての解説をさせられ、途中から言葉には感情が乗らなくなっていった。いわゆる棒読みである。
見るもの全てに新鮮な反応を示すのでケイは忙しく、カムイの無気力も体力もあまり気にせず、存分に観光を楽しんだ。
「あの元気は何処から湧いてくるんだ……」
「好奇心は人を疲れを誤魔化すと言うらしいぞ」
「やかましい。となると、今頃ケイも俺と同じ状態か」
宿の自室に戻って早々、ベッドに飛び込み枕に顔をうずめるカムイ。ケイを侮っていたと反省する眼帯少年である。
「ここに来るのは何年振りじゃったかの?」
「クトラに会う前だから……4年振りだ」
「わらわも懐かしく思えるぞ」
「他の人より密度の濃い時間を過ごしたのが理由だと思う。思い返してもたくさんありすぎるって実感するくらいに」
〈隻眼の銀狼〉と〈黒の黄泉姫〉のそれぞれのふたつ名で呼ばれる以前に、とある用事で彼らは首都を訪れていた。
「しかし、あまり雰囲気は変わっておらんの。もっと変化しておると思っておったが……」
「他の都市ならまだしも、一応首都――国の顔。簡単に変えたりしたら住民が混乱する」
「そういうものか? わらわの感覚では、1年やそこらで見たこともない街並みになっておるぞ」
「偏見だと否定は出来ない。人を呼び込むために、新しい趣向を取り入れるのも方法のひとつだからね。積極的に変化させているところもある」
商売と魔法使いの家系は似ているなとカムイは思う。
骨董品など昔から作られるものと、新しく実用的なものの値段は同程度の時がある。歴史と新鮮さが同等になり、それは価値にも反映される。
魔法とて歴史を重ねた家系の秘伝の魔法は強力とされるが、やはり実用性がなくなれば廃れてしまう。
「道具も魔法もどんどん簡略化され、強力で難度が高い魔法の行使が簡単になっていく」
「人は楽や便利を求める生き物じゃ。そなたが先日話しておった、模造品然りの」
「完全は無理でも、似たものなら作れるんだろうね」
力を欲するが故に、それを得るための努力なら、時に人は狂信だと思えるほど勤しむことがある。力を欲する理由が加えられれば尚更だ。
「戦争が長引き過ぎたのじゃ。やはり、大切なものを失った者の精神は驚異じゃ。いざ、復讐を誓った者を前にしたのがたとえそこらの道行く者だとしても、わらわやそなたですら呆気なく敗北する可能性とてあり得るのじゃから」
相棒の忠告を胸に刻む。アリスがこのような内容の話をする時は、胸騒ぎを覚えていたり、嫌な予感がする時で。大抵の場合、的中するのをカムイは知っている。
首都で何か、カムイやアリスにとって大きな出来事が訪れようとしている。それが良いことなのか悪いことなのかは定かではない。
「心の準備をしておくよ」
学園の件と言い、魔族たちの動向が気になる。ケイに連れ回される最中、人間に変装した何体かの魔族を見かけたのも要因のひとつだ。
何事もなければ良いが……。そう望むのは、何かが起こると確信しているからだと、少年は自嘲するように苦笑した。
「……」
「難しい顔をしてどうしたのじゃ……なるほどの」
窓から外を眺めるカムイの隣に、そっと寄り添うようにして外を覗いて、相棒の怪訝な表情の理由を察した。
小汚い布切れを着て首輪で繋がれた、まだ10歳くらいの少年の少女が数人、屋根付きの馬車へと入れられる。
大きな都や街では珍しくはない。同じ人だとしても、生物ではなく物として扱われる――奴隷である。
「……くっ」
「助けようなどと考えているのではあるまいな?」
「分かっている。その場しのぎだって言いたいんだろ。分かってるさ」
拳を握りしめ、眉を歪めて不快感を露わにする。震える相棒の拳をアリスは両手で包み込み、窓をぶち破って飛び出さないように牽制した。
用途は様々だが、国が認めている重要な労働源である。
一時の感情で彼らを解放しても、救いにはならないことをカムイは知っている。生活する場所、働き口を与え、生きる意味を問いかけ、共に考えて生きたいと思わせた時に、初めて救ったことになるのだ。
もし、救いが可能だとしても、奴隷が補っていた労働面に穴があく。そこが解決出来なければ、極端過ぎるかもしれないが国が成り立たなくなる場合もあり得る。
国がなくなれば、国民が露頭に迷う。その者たち全員を救えるのか、という話だ。
「やるせないな」
「あやつなら、迷わず突っ込んでいるだろうがな。あやつはあやつ、そなたはそなたじゃ」
今は亡き、もうひとりの仲間の話を出されたら、カムイは何も言い返せない。全く正反対の思考の持ち主同士が、お互いに相手の考えを理解し補い合っていた。
何度も喧嘩したし、殴り合いもした。それでも必ず仲直りし、共に戦い続けた。それぞれの思惑を、誓いを、願いを胸に――。




