35.『雑魚』
「やいやい、カムイきゅんやーい。いったいどういう了見だあよー」
先日の生徒会室にてミリーナから提示された案件について、フィリアがカムイにもの申す。
ちなみにバンとフィリアは、自分たちを襲った人物の顔は見ていないらしい。全身黒い衣装で身を包み、フードを深く被っていてわからなかったそうだ。これはふたりが目覚めた後、保健室を訪れたミリーナに話してある。
「色々あったんだ……」
「そんな言い訳が通じるかあー!」
子どもを驚かすように両腕を上げて、獲物を食べるべく襲いかかる獣を連想させる。
「今後、学園では様々な行事で魔法使いとしての技量を試される機会が多くなる。代表格はやはりプレアデスだろう。たとえ今年は出なくとも、来年、再来年になれば知識も実力も多少は身に付いている。となれば、出る可能性があるんじゃないか?」
行事に参加しないとしても、経験として培われたものは、魔法使いとして生きていく上で無用の長物にはなり得ない。
友を思いやる理由があれば、自分と相棒のためでもある。
カムイとアリスだけ協力すると悪目立ちする上、バンら友人たちに隠し事を増やすことになる。現状でもじゅうぶん多いのに、これ以上増やすのは友だちに悪いと眼帯少年は思ったのだ。
「それは……そうかも」
「するってーと、あれか。実際に学園で過ごしてきた先輩方に教わった方が、オレっちたちの良い経験になると」
「さすがはカムイ様だわ。ワタシのことをそれほど大切に想ってくれているなんて感激ですわ」
納得するようにバンが推測を口にした。便乗してメルトが自分の都合の良い解釈をしているようだ。
「俺が教えられることはあるけど、それでは足りなくなる日が必ず来る」
「カムイは器用じゃからの。そなたらに合わせた戦略や戦術を教えられるじゃろうが、偏りが全くないとは言い難い。ひとりだけではのうて、複数の人物から教えを請うのはありじゃと思うぞ」
「先に言っておくけど、無理はしないでほしい。生徒会の先輩方の助力が得られるとしても、相手は魔族ないしそいつらと繋がっているのは明らか」
得な面をアリスが話し、カムイが損な部分を話した。
「危険が伴う。最悪、死ぬ可能性も考慮すべきだ。だから――」
「ボク、やるよ」
「だな。オレっちも乗るぜ」
「カムイきゅんだけにイイカッコはさせないよぉーだ」
各々が承諾を示す返事をし、最後にメルトがどさくさに紛れてカムイの手を両手で包む。
「当然、ワタシもカムイ様と共に行きます。カムイ様となら地の果て海の向こう何処へでも行けますわ」
「ありがとう、メルト。それに、ケイ、バン、フィリアもな」
「わっ、わっ、きゅぅぅぅ……」
「おっと」
頬を仄かに染めて早口で捲し立てるメルトの手を握り返し、正面から感謝を告げて少女を沸騰させるカムイ。倒れる体を抱き止め、どうして気絶したのか困惑の表情を浮かべる眼帯少年。
「カムイ、そういうところだぞ」
「うん。そういうところだぞ、カムイきゅん」
「ん? どういうところだ?」
バンたちが意図することが分からないカムイは、眉をひそめて問いかけるが、返ってきたのは盛大なふたつのため息だった。
「まあまあ、僕はカムイくんの長所だと思うよ」
鈍感なカムイを苦笑いを浮かべつつケイは助ける。この優しさは彼の美徳であると眼帯少年は思う。
「何が何やら……」
「ほんにそなたは罪作りよの」
「誰が罪作りだ。その話はひとまず置いといて、改めて明日、みんなの答えを聞かせてくれ」
気絶したメルト以外の全員が分かったと頷き、今日はここで解散となった。
◆◆◆
同日の夜。男子寮の屋根の上に怪しい人影がひとつ。
「あいつさえ、あいつさえ邪魔しなけりゃ、計画は完璧だったんだ。あいつさえ――」
彼がバンとメルトの決闘に横やりを入れた張本人で、魔族に飼い慣らされた生徒の中のひとり。
「おい」
「――ッ!?」
急に呼び掛けられたので、驚いて声を出しそうになるも口元を手で押さえて耐えた。人影は今、隠密魔法を使用しているため、姿は見えなくなっているのだ。音さえ出さなければ何処にいるかどころか、いるかどうかさえ分からない。
優位性に余裕をもって相手の顔を確認しようと後ろを振り向く。が、最悪な選択だったとすぐに後悔した。
「――キサマのような雑魚でも、優等生なアイツは自ら出しゃばりやがる。如何に切れ味の良い包丁でも、扱いを違えば刃は欠けるんだ。オレが直々に排除してやる」
男の低い声が人影に降りかかった。
星明かりの下、暗い夜の中で大きな体躯の上の方で、ふたつの赤い光が人影を見下ろしていた。その光は隠密魔法など無意味だと言わんばかりに、確実にそこにいると捉えていたのだ。
「ヒィッ――」
一刻も早くここから逃げなければ――死ぬ。
本能で命の危機を察して行動に移そうとするも、時既に遅し。詠唱が始まっていなければ、〈ブレイヴ〉すら起動させていない。だが……遅い。
声も出す間もなくとはまさにこの事。人影の全身を暗闇が包み込み、星の明かりで生じた男の影にトプンと吸い込まれてしまった。まるで投げられた石が水に沈むようにだ。
「フンッ。本当に雑魚だったな」
不愉快そうに鼻を鳴らして身を翻す男。その背中に声がかかる。
「――殺したんですか?」
音もなければ気配も感じなかった。声が聞こえるその瞬間まで、突然現れたかのように存在に気付かなかった。
「キサマに話す必要はない」
背中を向けたまま言い返す。
男は声に聞き覚えがあった。
先日、久々に強い魔力を感じて目を向けた、生徒会副会長と戦っていた見知らぬ生徒と同じ声だ。
抱いた印象は、上部だけの退屈な奴。決して標的にはなり得ないとものの数秒で興味を失った相手。
話すだけ時間の無駄だと判断した男は足を動かそうとするが、
「もうひとつだけ訊きます。それを何処で入手したんですか?」
思いがけない質問に歩き出すのをやめた。
「奪いに来たのか? 友人がやられても、怒った振りで戦う道化が、オレに歯向かうとは。度胸だけは認めてやろうか」
「奪うつもりはありません。しかし――なるほど。バレていましたか。ですが、怒りは本物でしたよ。少々八つ当たりを含めてしまったのは否めませんが……」
破壊された壁の形状、倒れた友人の傷口、大槍に付着していた血。それらの情報からミリーナが犯人ではないと即座に理解しながら、逆にその状況を利用したのだ。
「アイツの実力を知るためにやりあったってのか? 食えない野郎だ」
後ろにいる奴の存在感は、認識して以降凄まじいものだった。感じ取れる魔力は生徒の中で平均的なものなのに、巨人がそこにいるのかと錯覚さえしそうなほどの圧迫感さえある。
「もう一度訊きます。それを何処で入手したんですか?」
「答える義理は――ねえだろうが!!」
振り返りながら魔法を行使。振り向き終えればそこには拘束された眼帯少年の姿があるはずだった。
「危ないところでした」
あたかも間一髪危機を免れたように腕で額を拭う仕草をする眼帯少年。背中越しに予想した位置より少しだけずれている。
「争う気はありません。夜中に大きな音を出したら睡眠の邪魔になります。捕まえて問い詰めるつもりでしたが、渡してもらえないようなので退きます。もし、有益な情報が得られたら教えて下さい」
「断る」
「残念です。では、失礼します」
たった今、攻撃されたばかりなのに、容易に背中を見せる相手に若干の苛立ちを覚える。
「逃がすと思うのか?」
「――」
重力が増したかのような全身にかかる重圧。直後、男は心臓を貫かれた――。
「――っ!」
咄嗟に胸部へ視線を落とし、手で触れて確かめるが、何処にも傷はなく痛みすらなかった。
そして、少年の姿も泡沫の夢のように消えていた。
「……ク、クククク、クーッハハハハハハッ!」
魔法でも技でもない。純粋な――殺気だ。
相手に死の瞬間を味わわせるなど、どれほどの血を浴び、どれだけ手を汚し、いくつの屍を越えてきたのか。
〈魔人〉と恐れられる男――ヴァロン・アンブレは夜空の下で高らかに笑う。――新たな獲物を見つけたのだと。




