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黄昏の銀月~Until my Life runs out~  作者: 入山 瑠衣
第三章『潜む者』
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33.『真実』

 衝撃の一言にリリアンとキアトースは同時に思考が停止する。


「え……?」

「どういう……。だ、だってさっき、副会長が本気でも分からないってスメラギのこと――」

「落ち着けってキア。今からちゃんと話すから」


 取り乱す後輩たちの肩にクランタは手を置いて笑いかけた。女子であるリリアンには即座に(はた)かれてしまったが……。


「あれは丁度1年前。大都市イエクティーゼに魔王ガイアスが侵攻してきたのは知っているだろ?」

「はい。レギオンが多大な犠牲を払って撃退したと……もしかして――」

「察しが良い。さすがは我が生徒会の頭脳だ」


 世界中を震撼させ、同時にレギオンの名を知らしめた事態である。


 長らく後方からの指示に徹していた魔王が表舞台に姿を現し、手始めに魔族を率いて、クランタの故郷であるイエクティーゼに攻めてきたのだ。


 政府の発表ではレギオンの奮闘により魔王の撃退に成功したと語られ、カムイらの名前などつゆほども出ていない。


「魔王に手傷を負わせ、撃退したのはレギオンじゃない。人類の砦である3人の方だ」


 レギオンの面々は強い。隊長格の人物たちなら、学園の生徒が束になっても敵わないと断言出来るほどだ。


 だが、彼らには致命的な欠点があった。魔族の領域に攻めることは日常であり、村や街を守ったりした経験はあれど、大都市並の規模の人数を守りながらの戦いに慣れていなかった。


 長い年月、魔王が攻勢に出なかった事実が、ここで手痛い弊害となって降りかかった。


 父親の呼び出しがかかって帰郷していたクランタは、魔王侵攻の恐ろしさを経験することとなる。


「都市の複数箇所で火の手が上がり、混乱する人々は魔族にとって格好の餌食だった。泣き、喚き、叫び声が都市に響き渡って、駆けつけたレギオンも魔族の相手に必死で、避難や救助は二の次。そんな時、都市にいる全員に聞こえるような大きな声が聞こえたんだ」

『――イエクティーゼに住まう人たちよ、泣いて喚くのは後でも出来る。なら今は何をすべきか。簡単だ、生き残れ。全力で生き残れ。恥を晒そうが、手足を失おうが足掻いて足掻いて生き残れ。生き残った後、存分に泣き、喚き、そして笑え。まぁ、何が言いたいかってーと、振り返らずに走れ。教会と交易会館は安全だ。全力でなりふり構わず走ってこい! あとレギオンの人たちはそのまま魔族を倒しまくってくれ。守りはオレらがやっからよ』


 悪く言えば下品。良く言えば豪快だった。


 その時より、魔王軍撤退までに命を落とした都市の住人はひとりもいない。


 演説により人々が気を持ち直し、レギオンの面々も士気を上げたのが大きい。といっても、一番はひとり残らず全員に障壁が張られ、魔族の攻撃を防いだのだ。


「全員って……都市の住人、全員に?」

「いや違う」


 険しい表情で首を横に振るクランタに、問いかけたキアトースの疑問は深まる。


「レギオンの部隊員を含めた、魔族以外の都市にいた人間全員にだ」


 演説の終了と同時に、魔族が触れられず、攻撃を受け付けない都合の良すぎる障壁が張られた。住人の保護が緩和されたことで、追い詰められていたレギオンが押し返し始めたのだ。


 激化する戦闘の中で人々は協力し、避難場所までたどり着いてようやく一息つけた。


 避難所である教会にはカムイが、交易会館にはアリスが待っており、近寄ってきた魔族を次々と撃退する。クトラはひとり遊撃隊として都市のあちこちで、避難する住人たちを助けて回っていた。


「戦闘はレギオンが有利になり始め、もう少しで戦闘も終わると思われた。……だけど、そんなのを魔王が許すはずもなく、自ら戦場に舞い降り、立ち向かうレギオンを次々と返り討ちにしていった」


 人間と魔族では、種族として力に差がある。数ではレギオンが優勢でも、個々人の強さではやはり魔族に劣る者が多い。ましてや頂点たる魔王が相手なら、話はもっと単純になる。


「ボクだってアルトランドの学園生徒。率先して住人の避難にあたっていたのが仇となって、偶然魔王と鉢合わせしてしまったんだ。初めて目にした、たくさんの話を聞いてきた魔王。知らないことなどないと自負していたのに、いざ目の前に立たれると……恐怖で体がね、指の1本すら動かせなかった」


 禍々しいまでのオーラを纏い、周囲の空気が重くなったような錯覚さえ抱かせる存在。まるで、死、そのものが形を得た魔王の手が、無慈悲に振り下ろされ、クランタは死を待つだけだった。


 しかし、彼に襲いかかろうとした死はいつまで経っても訪れない。思わず閉じた瞼を上げると、そこには――


「いけないな、魔王陛下。叱るのなら手より言葉の方が効果的だぜ」


 幾度も重ねた戦闘でボロボロになった白いローブを身に纏いし、演説と同じ声の騎士の背中があった。


「早く逃げな少年。人々の避難を率先して誘導したのはちゃんと見ていたぞ。これからの時代、少年のような勇気ある者が必要になる。だから逃げて、生き残れ! 全力でな!」


 背中を向けていて見える訳がないのを理解しながらも、クランタは力強く頷いて走り出した。生き残るために全力で。


「でもボクは足を止めてしまった。逃げる途中で、瓦礫に挟まっている女の子を見つけて助けようとしたんだ。それがどういう意味かも知らずに……」


 建物をいくつも破壊するほどの激しい戦いを繰り広げ、最後の一撃でお互いに心臓を貫きあった魔王とクトラ。


「がふっ――貴様の強さ、この我が認めてやろう。褒美だ、浮けとれぃ!」


 後退りした魔王が何処からともなく呼び出し、クトラに投げつけたのはひとりの幼い女の子。無事に抱き留めて辺りを見渡すが、既に宿敵の姿はなく、彼の眼は――未来を見てしまう(・・・・・・・・)


 抱き留めた女の子に刻まれた魔法陣が発動し、自分たちは爆発に巻き込まれて死ぬのだと。


 ふっと、鼻を鳴らす少年。


 胸に穴が空くという重傷を負った彼に、魔法陣を解除する複雑な作業を行える精神力と魔力は残されていない。気を抜けば意識を失い、永遠に目覚めないだろう。


「――悪ぃ」


 空を仰ぎ見て、未だに戦っているであろう親友に謝罪する。


 見捨てらんねえわ――と、本当は親友のためにとっておいたが、ここで使わなきゃ後悔する。そう判断したクトラは、今にも泣きそうな少女を優しく抱きしめて頭を撫でる。


「安心しろ、もう大丈夫だ――」


 魔法陣が光を放って、地面に巨大な窪みを残す凄まじい爆発が起こる。が、爆発の範囲内にあった何もかもが木っ端微塵になったはずの煙の中にひとつの影が見えた。女の子が無事だったのだ。


 クトラが爆発が女の子に及ぼす被害を、自分の肉体で肩代わりしたでのある。


 身を呈したクトラのおかげで、気を失っているものの女の子には爆発による負傷はなかった。ただ周囲には焼け焦げた勇敢な騎士だった肉片がそこら中に飛び散っていた。


「ボクが助けた女の子は、魔王の道具として利用され、天眼の剣聖を……笑えない冗談だったらどれだけ良かったか」


 少年が後悔したところで、何もかもが遅い。魔王は逃げ、唯一渡り合えた剣聖は、最後の最期まで守るべきものを守りきって――その命を散らした。


 一部始終を遠目ながらも見届けたクランタは何も言えず、何も考えられず、その場で膝をついて呆然とする。


 避難所の守護を終えて駆けつけたカムイとアリスは、周囲を見渡して状況を察したのだろう。現実から逃避しようと思考を停止させた少年に、優しくも儚げな笑みを浮かべてひとつだけ尋ねた。


「――あいつの最期はどんなだった?」

「……ぁ……ぇ……」

「ゆっくりで良いから、思ったまま、感じたまま言ってほしい」


 どれだけ辛かっただろう。どれだけ悲しかっただろう。どれだけ、悔しかったのだろうか。


 ずっと一緒に戦ってきた仲間が死に、いろんな思いが込み上げているはずなのに、カムイは少年を気遣い決して微笑みを崩さなかった。


 優しさに耐えきれず、恐怖なのか懺悔なのか後悔なのか、たくさんの理由が込められた涙が溢れ出した。それでも少年は泣きながら、必死に言葉を紡ぐ。ゆっくり、ゆっくりと。


「ぐすっ、うぅっ、かっごよがっだ、です! とてもっ、がっご、うあああぁぁ――」

「ありがとう」


 囁くように聞こえた感謝の声を最後に、クランタの意識は途絶えた。これ以上は負担になると判断したカムイが気絶させたのだ。


「――カムイよ」

「言わないでくれ、アリス。ふたりとも命に別状はない。ここで果たすべき私たちの役目は終わった。あとはレギオンに任せて行こう(・・・)

「…………うむ」


 あの侵攻以来、魔王は傷を癒しているらしく、魔族たちは比較的大人しくなった。


「――あれから1年。誰も隻眼の銀狼と黒の黄泉姫の姿を見た人はいなかった。ところが突然、この学園に入学してきたんだから、目が飛び出るぐらいの衝撃を受けたよ」


 入学式当日、眼帯をつけた新入生がいると聞き付けたクランタは、姿を拝むべくすぐさま講堂に駆け込んだ。


 主に前衛がクトラ、中衛がアリス、後衛がカムイの配置と役割の関係上、眼帯少年の姿を覚えている者は数少ない。それでも覚えている者は確かにいる。クランタ・メーテクツがそのひとりだ。


 講堂の隅から中を覗き、自分を救った剣聖の友を見つけ――られなかった。それもそのはず。彼の記憶の中のカムイとアリスの姿と現在の姿は異なる(・・・)のだ。


 ミリーナがふたりのふたつ名を口にした際、彼自身驚愕しすぎて顎が外れるかと思ったくらいだった。手で押さえて事なきを得たが、不自然な動きをしていたのは間違いない。

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