32.『逸話』
協力を承諾したカムイたちが退室した後の生徒会室。騒がしさの筆頭たるフィリアがいなくなった同部屋に静けさが舞い戻る――訳もなく、ミリーナが彼らを案内したクランタに質問攻めを受けた。
「どどどどういうことですか!? 隻眼の銀狼と言ったら、3年前に突如現れた人類最後の砦と称される大物のひとりじゃないですか!? しかも黒の黄泉姫も一緒だなんて、どうして教えてくれなかったんですか!? あれ? でもたしかもうひとり――」
ずずいと顔で圧をかけて早口で捲し立てるクランタ。彼の反応は、ふたりを知る人物なら当たり前のものだろう。
いつも冷静で大人しい彼の驚愕する有り様は、後輩ふたりをさらに首を傾げさせる。知らない人物として至極全うな反応だ。
「待ちたまえ。お前への説明の前に、何も知らない後輩ふたりに彼らについて話したらどうだ? その間にひとまず興奮を鎮めろ。発情期の獣には即座に退場願う」
入学式の時に新入生相手に披露した眼光が、騒ぐクランタに突き刺さった。強者を前に獣は即刻萎縮し、大人しく椅子に座り直す。
ふむ、と獣が落ち着いたのを見届け、ミリーナは後輩のふたりへと向き直った。
「彼らはそんなに凄い人なんですか?」
「勘違いで副会長に襲いかかった不届きものだろ」
首を傾げるリリアンに、不機嫌そうにふんと鼻を鳴らすキアトース。
止められていなければカムイに突っかかっていたくらいに、ミリーナを慕う彼は不満を抱いていた。
「凄い――何を以てそう例えるかによるが……仮に私が全力を出しても、スメラギ、ヴィンツェルのふたりに勝てるかどうか怪しい。それほどの実力者だと断言しよう。キア、下手に手を出せば返り討ちにされることを肝に命じておけ」
「は、はい……」
手を出すなと言っているのと同義だなとキアトースは思いつつ、やはり嫉妬にも似た感情が込み上げる。しかし、彼は知っている。――副会長は絶対に嘘をつかない。
ミリーナが危険だと判断したのなら、彼にとっては最も危惧すべきものになるのだ。彼女に対して疑いの余地を持たない彼の実直な面は評価に値するが、その盲目さが時に仇となってしまうのも事実である。
「私も父から聞かされた話に過ぎないが、知っておいて損はないだろう。先程クランタが述べたように、スメラギは隻眼の銀狼、ヴィンツェルは黒の黄泉姫。そしてもうひとり、クトラ=サラマンディアが天眼の剣聖。それぞれがふたつ名持ちだ」
聞き慣れない3人目の名前を出されたリリアンは、訊きたい気持ちをぐっと堪える。ミリーナならしっかりと説明してくれると分かっているのに、知りたい欲求がもどかしさとして表れてしまう。
葛藤する彼女の胸中を知ってか知らずか、副会長は微笑みかけて話を続けた。
「3人は組織には所属せず、各地で暴れる魔族を打倒して人々を助けて回った。彼らは名乗らずに去っていくことが多く、ふたつ名も助けられた人々が敬意を込めて呼んだものと言われている」
ふたつ名は本人が名乗る場合と、周りから呼ばれて親しまれる場合がある。カムイらは後者で、他者より呼ばれて定まるのは、善し悪し関係なしに余程の実力者と相場が決まっているのだ。
「当時、数百人規模のレギオンと彼らの知名度は同等だった。レギオンが人類最後の剣、彼らが人類最後の砦と称され、それぞれ互いに足りない部分を補い良好な関係を築いていた」
「ですが、わたしたちは彼らのふたつ名すら聞いたことがありません」
「不思議なことではない。彼らにとって名声はどうでもよく、功績のほとんどをレギオンに譲渡した。レギオンの数々の偉業の中には、彼らが行ったものも含まれている。――流離い連中より、ちゃんとした組織であるレギオンが人々の希望になってほしい、と」
「3人だけの自分たちより、政府が組織したレギオンの功績にした方が人々が安心するから……ですか?」
目を見開いて呟くように問いかけるキアトースに、肯定の意を込めてゆっくりとミリーナが頷く。
そして、彼は自分の口で言葉にしたことにより、とある疑問を抱いてしまう。解答はすぐに、副会長ではない人物から聞くこととなった。
「だが突然、サラマンディアが姿を消したのをきっかけに、他ふたりも行方知れずとなった――というのが公に知られている内容だ。人類を見捨てただの、裏切り者だのと、それもう随分酷い言われようだった」
「――副会長。そこからは不肖わたくしめに任せていただきたく」
ミリーナが話をしている最中、ずっと黙って聞いていたクランタがすっと立ち上がった。先程の興奮を一切感じない口調だけで後輩のふたりは察した。――ただごとではないのだと。
「……そうだな」
深呼吸まで深くはないが考えるようにゆっくりと呼吸し、話をクランタに託すことにした。
「ありがとうございます」
頭を下げて感謝を伝え、彼が話を継いだので自ずと視線はそちらへと集中する。
緊張を解すべく、心の準備をするべく、コホンと咳払いをひとつ。
「結論から言おう。天眼の剣聖クトラ=サラマンディアは――死んだんだ」
噛み締めるように、悔しがるように彼は告げた。
英雄はもう――いないのだと。




