30.『抱擁』
過去を話すのは緊張するものなのだと、カムイは初めての感情に戸惑ってしまう。深呼吸を何度か繰り返し、鼓動がゆっくりになったのを手を胸に添えて確認し、友人たちを見渡して話を始めた。
「俺の一番古い記憶は、炎が燃え盛る光景。住んでいた村が魔族に襲撃され、人間を玩具みたいに弄んで殺していった。もちろん、抗った人もいた。散々な姿になっていたけどね」
瞼を降ろせば思い浮かぶ惨状は、彼の記憶に焼き付いて離れることはない。血と炎の中、叫び声が止まない地獄を、忘れたことなど一度もない。
今では対魔族部隊――レギオンが結成しているため数を減らしたが、当時は魔族が村や町を襲うのは決して少なくはなかった。
「ついに俺も魔族の標的になって、あぁ、死ぬんだって漠然と思ったのを覚えてる。不思議と恐怖はなかった。それより、この地獄から解放されたいと思ってた」
家族を殺されて行く宛てもなく、たださ迷った挙げ句に死ぬのなら、いっそここで殺されて楽になりたいと望んでしまった。その思考に至ってしまうほど、少年の心は希望を失い、生きることを諦めようとしていた。
「痛いかもしれないけど、すぐに楽になるなら我慢しよう。そうやって心の準備をしていたら――聞こえたんだ」
少年の耳に届くはか弱い声。だが、決して聞き違うことのない大切な人の声。
――助けてっ、お兄ちゃん!
助けを求める生き残っていた妹の声だった。
「何をしている? 俺が諦めてどうするんだって、強く思った。そして、気がついたら辺りは血の海。人間も魔族も関係なしにみんな死んでいた」
妹を必死に探したが、誕生日にあげたリボンの片方しか見つからず、少年は涙を流した。恐怖、後悔、懺悔、怒り、孤独が込められた涙を――。
「ずっと泣き続けて疲れたんだろう。雨が降り始めた頃に気を失ったんだ。目を覚ましたら見覚えのない木造の部屋で寝ていたよ」
窓から見える景色と、部屋の造りから森の中にある小屋だと予想出来た。
何が起こったのかカムイには分からなかった。外に出ようとしても体が言うことを聞いてくれず、激痛で動かすのも困難を極める。
どうにかならないかともがいていると、扉をノックする音が聞こえて間もなく開かれて、少年を助けたであろう者が姿を現した。
「俺を助けたのは――魔族だった。名前はゼノン。魔族なのに隠居生活をする変な人で、倒れていた俺を偶然見つけたらしい。それが事実かどうかは、あの時の俺にとってはどうでも良かった」
「魔族……」
口に出したのはフィリアだけでも、それぞれ同様の驚愕を胸に抱いていた。魔族が人間を助けるなんて、聞いたことがなかったからである。
そんな現実離れしたことを体験した当の本人は、驚きもせず、死を免れた喜びを感じる余裕さえ、阿鼻叫喚が耳元でこだまし続ける少年は持ち合わせていなかった。生き残った現実を、ただ受け入れるだけで精一杯だった。
「…………」
カムイが淡々と語る現実とは思えない話を、彼の友人たちは相槌も忘れて聞き入っていた。
「あの頃の俺が見る世界は色がなくて、白と黒が濃いか薄いかの違いだけで、景色を楽しむ心すら失っていたんだと思う。ゼノンの言う通りに生きていた……いや、あれは生きているとは言い難い。時間を無意味に貪っていたの方が正しいだろうな」
「――ッ!」
「んっ!」
まだ続くであろう話が途中で途切れた。
バンは目を見開き、フィリアは楽しそうな笑みを浮かべ、ケイはわなわなと口を開いたり閉じたりする。
ずっと黙って聞いていたメルトが突如、カムイの頭を思い切り胸にうずめたのである。予想だにしていなかった彼女の行動に、少年は動けずに固まってしまった。
己が相棒を大切に思ってくれる友人たちを、アリスはとても穏やかな表情で見守る。少し寂しげに見えるのは、子の巣立ちを連想させる光景だからであろうか。
「大丈夫ですわ! 今はワタシたちがいます。カムイ様の景色を、ワタシたちが彩りますわ!」




