29.『反省』
鶴の一声の如しアリスの声で、冷静さを失っていたカムイが我に返る。
「――アリ、ス……?」
間一髪。相棒の名を呟くカムイの眼前に迫る大槍が止まっていた。少年にはそれが見えていないように驚く気配がない。
何かを求めて力なく伸ばされた手に、ミリーナは触れないように彼と距離を取る。もはや戦う意味はなく、彼女の前に立っているのは諦めの悪いただの少年だ。
「――カムイ!!」
「どうして……ここに?」
「そなたが魔力を使ったからじゃ。胸騒ぎがして来てみれば案の定無茶しおって、この大馬鹿者」
倒れかけたカムイをアリスが受け止め、抱きしめながら悪態をつく。
「カムイ・スメラギとアイリシェーラ・ヴィンツェル。お前たちには、後日生徒会室に来てもらう。諸々話を聞くつもりだ。心の準備をしておくのだな」
力の差を見せつけた〈金獅子〉はそう言い残し身を翻した。最後にバンとフィリアの方を見、障壁と回復魔法が持続していることを確認し、ひとり頷きその場を後にするのだった。
去っていく背中を眺めながらアリスは思う。――本気ではないとは言え、カムイをここまで追い詰めるとは……侮れんの。
◆◆◆
空が茜色に染まる頃、少年は目を覚ました。真っ先に見えた白い天井が、ここが保健室であると教えた。
「夕方か。よっ――ん?」
「……うぅん……すぅ……すぅ……」
起き上がろうと手に力を入れると、その上に何かが乗っかっているのに気付く。頭を動かして見てみると、そこには小さな寝息を奏でるアリスの姿があった。
相棒の寝顔を拝んで、枕に頭を預けて再び天井を見上げる。
「負けた、な」
頭に血が上っていたとしても、培った経験が体を動かしていた。冷静な判断が困難でも、適切な対処をした自信がある。
なのに、カムイは負けた。痛みで疼く横腹は、あばら骨が折れている証明で、内蔵もなかなかの損傷を被っているのだろう。
強化魔法を使われた途端、手も足も出なくなった。実力の差を思い知らされた気分だった。
「……ふぅー」
負けはしたが悪いことばかりではない。
序列3位――〈金獅子〉ことミリーナ=アストルムと実際に戦えたのは良い収穫だ。もっとも、対価はカムイの想定以上になってしまったのは否めない。
「油断したな」
カムイがそうであるように、ミリーナもまた本気ではなかった。双方がその気なら、あの周辺は平らになっていたかもしれない。そんなもしもを考えながら、少年は友人ふたりの安否が気になっていた。
「失礼しまーす」
「カムイきゅん、起きてるー?」
「ちょっとふたりともっ、静かにしてって言ったでしょ!」
「退きなさい。アタシがお目覚めの口付けを――」
扉が勢い良く開き、少年がたった今考えていたバンとフィリアに加え、ケイとメルトが騒がしく部屋に入ってきた。
「やぁ、おはよう」
「~~~~っ! お、お、起きてるなんて聞いてないわよぉぉぉぉ!!!」
カムイと目があったメルトが、真っ赤な顔で飛び出していった。
「その様子だと結構きつそうだな」
「わたしたちは回復魔法で何とかなったけど……その、カムイきゅんは……ね?」
一行のムードメーカーのフィリアには似合わない、言い淀む姿を見てカムイは察した。知られてしまったのだと。
「保健室の先生が君たちは知っておいた方が良いだろうって、カムイくんの体質のことを教えてくれたんだ」
申し訳なさそうな表情で知った経緯を話すケイに、体を起こしたカムイが苦笑する。
「この体質の性質上、いつかはバレる……そんな理由を抜きにして、友だちには話すべきだと思っていた。だけど、いざ話すとなると勇気が必要でね。なかなか話せなかったんだ。結局、こんな形で知られてしまった」
友人たちから視線を外し、白い布団へと落とす。隠し事をしていた申し訳なさで、目を合わせるのも烏滸がましいのではと思ってしまったのだ。
「――良いんじゃねえの。オレっちだって、話してねえ隠し事のひとつやふたつはあるぜ?」
「わたしもバンが隠してたヒゾウノオカシを食べたりとかしてるし、大丈夫だよ」
「はぁ? やっぱりお前だったのか!」
「あぅー、痛い痛いー」
最初に出会った時に見せた、頭グリグリの刑を披露するふたりに、ふっと笑みがこぼれるカムイ。
「僕たち魔法使いは得てして隠し事は多いものだって思ってる。だから、話そうとしてくれただけで僕は嬉しいな」
優しいケイの微笑みと、いつも通りのバンとフィリアのおかげで、胸のつっかえが取れたような感覚のカムイ。
「――持つべきものは友じゃの」
いつの間にか起きていたアリスが、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そうだな。みんな大切な友だちだ。――もちろん、きみもだよ、メルト」
「――はひっ! ……ありがとうございます」
扉に隠れていたもうひとりの友人にも、カムイはちゃんと声をかけた。呼ばれて恐る恐る入ってきたメルトの顔は、相変わらず赤いままで、もじもじと両の人差し指を当てたり離したりする。
「改めて俺の口から話すよ。俺の体質についてと、過去を少しだけ」
「無理しなくて良いんだぜ。焦らなくても、オレっちたちは誰もカムイを責めたりしないさ」
友の優しい気遣いに感謝しつつも、カムイはゆっくりと首を横に振った。
「俺にとって、話すことはけじめなんだ。あと無理にじゃない。逆に、知っておいてほしいっていう、俺のわがままだよ」
「しゃあねえな。わがままなら聞いてやるよ。な?」
「そだね。カムイきゅんのわがままなんて滅多にないし、貴重な体験だよー」
「僕はカムイくんのおかげで、ここでこうしていられる。どんなわがままだって受け入れるよ」
1ヶ月以上を共に過ごした友人たちが心強い返事をしてくれて、カムイの目頭が熱くなってしまう。
そんな中、ひとりだけばつが悪そうな、申し訳なさそうな表情の人物がいた。
「あの……ワタシも聞いて良いのかしら? カムイくんと話せたのだって最近だし」
「時間は関係あるまい。カムイよ、こやつは満身創痍なそなたを見て泣き出すほど心配しておったのじゃぞ?」
「ちちょちょ、ちょっとぉ! アリスちゃん、それは言わない約束でしょう!?」
慌てふためくメルトの姿に、ついに吹き出して笑ってしまうカムイ。
「――ぷ、ははははは、痛たた……ははは」
横腹は痛むも、込み上げた笑いに素直に従った。
彼につられて友人たちも楽しそうに笑い、暗い雰囲気を吹き飛ばした。
「こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「オレっちも」
「わたしも」
「僕も」
「アタシも」
「ほんにそなたらは……。これは、早う話してやらねばの」
同意を示す相棒の友人たちを見渡し、カムイに話を進めるように促した。
「大丈夫、忘れていない」
遮音魔法を部屋に施し、少年は笑みを崩して語り始めた。




