28.『三位』
怒りに呑まれながらも動きは機敏で、流れる所作で本を開いて呪文を詠唱する。
「〈プロテクション〉〈セラフィアル〉〈ボルテック・ロアー〉」
連続で3つ詠唱し、まずバンとフィリアに覆い被さるように結界を張る。次に怪我を治すために回復魔法を施す。最後に本を持つ手とは逆の自由な右手を翳し、ミリーナに雷撃を放った。
「ふっ――」
「ちぃっ」
空を駆ける雷撃は大槍であっさりと打ち消される。正面からの攻撃は無意味だと判断したカムイが次の手を打つ。
「〈グレイブ・ニードル〉」
雷撃に次いで、壁から伸びる無数の棘がミリーナに襲いかかった。まともに食らえば蟻塚になりかねない。
「〈光覇守護方陣〉」
槍を床に突き刺すと魔法陣が展開。棘たちは魔法陣の領域内には入れず、弾かれて枯れた木片のようにボロボロと朽ちて消滅する。
「何故だ。何故それほどの力を持ちながら――」
「今のお前には、何を話しても無駄だろう」
一歩も動いていない相手の強さを認めるカムイ。故に理解が出来なかった。――どうしてバンとフィリアを傷つけたのか。
獅子の如く堂々とした立ち姿で、ミリーナは否定も肯定もしなかった。冷静さを欠いていると指摘され、それさえもカムイの怒りを増長させる。
「〈ライトニング・ランス〉」
「〈死神の黒鎌/ブラック・デスサイズ〉」
突き出した大槍から迸る槍の形状をした稲妻を、反対属性の魔法で迎え撃ち対消滅させようとする。が、カムイが呼び出した黒鎌は稲妻を打ち消せず、逆に掻き消されて少年へと辿り着く。
貫通力を上げるため、魔力を先端に凝縮させたミリーナが一枚上手だったのだ。
何とか窓ガラスを割って外に飛び出すことで直撃を免れるも、制服は転がった影響で汚れてしまう。追い詰められているのは、彼の方だと語るように……。
「〈大地の鉄拳/グランド・フィスト〉」
「――ッ!」
側面に位置する教室側の壁から巨大な拳が生え、咄嗟に大槍を盾代わりに防御したミリーナを外へと殴り飛ばす。
空中なら避けられまいと追撃を試みる。
「〈グレイブ・ニードル〉〈鮮血の黒棘/ブラッディ・スピア〉〈燃え盛る炎矢/ブレイズ・アロー〉」
安易に着地させないように地面に棘を生やし、ミリーナを中心とした空中に黒い棘を無数に展開。
カムイの周りにはいつでも発射可能な炎の矢が、標的を狙ったままその時を待っている。
「貫け」
ミリーナへと翳した手を握ると、黒い棘が一斉に彼女に襲いかかる。穴だらけになるというのに、毅然とした表情を崩さない。
「〈強化/ブースト〉」
確かに聞こえた強化魔法の詠唱。その直後、突風が吹き荒れた。思わず閉じた目をカムイが開けた時には、彼女を囲った黒い棘、足下で待ち構える大地の棘が粉々に砕け散っていた。
羽が舞い降りるように、ふわりと大地に降り立つミリーナは神々しささえ感じさせた。あまりの美しさに目を奪われる少年は首を振って我に返り、手を振り下ろして炎の矢を放った。
「――なっ」
しかし、炎の矢が到達するより早く、彼女と共に大槍が迫り来る。障壁を張ろうにも間に合わず、身を捩らせて何とか躱すも、悪手だとすぐに思い知らされる。
「ぐ、かはっ――」
横凪ぎに振り払われた大槍が少年の横腹にめり込み、彼の体は宙を舞い、再び地面を転ばせた。2度目は彼の意思とは関係なしではあったが……。
転がりながらも地面を殴り付け、食らった勢いを利用して飛んで上手く着地を果たす。右横腹の鈍い痛みを感じながら、どうしたものかと次の策を思考する。
「――まだ続ける気か?」
「当然……。俺が倒れたら、諦めたら、誰が貴様を……倒すと言うのか」
「…………」
口からは血を流し、息も絶え絶えの少年は霞む視界の中でも、相手をしっかりと見据えながら答える。魔法を一切受け付けない彼の体は、攻撃を受けてしまえばこうなるのだ。
強化魔法だけでも施せたのなら、まだましな状態だったろう。
息が切れるような状態にはなり得るだろうが、視界が霞むほどのダメージにはなっていなかったかもしれない。
初めてミリーナの表情に変化が訪れた。些細なものではあったが、それは彼女を知る者なら驚愕に値する出来事だ。
「せめてもの情けだ。一瞬で楽にしてやる」
「笑わせるなっ。まだ……終わりじゃない!」
脇腹に当てていた手を正面に翳すカムイ。骨が折れているのか、だらんとぶら下がる左手に本はない。ミリーナとの間の地面に開いたまま落ちている。
もはや、死に損ないの足掻きにしか見えず。
「っ……」
自身を高揚させた相手の、見るに堪えない姿に眉を潜め、ミリーナは大槍を構える。言葉通り、苦しむカムイを楽にするために。
そして、互いに意を決したその時――
「――やめよ!!」
ふたりの耳に声が届く。
必死で、怒っているようで、それでいて悲しみを含んだ声が、ふたりを止めた。




