25.『暗躍』
「あの中でよく動く」
「そうじゃの。あやつではちときついかもしれぬの」
砂埃の中で繰り広げられる攻防を、まるで見えているかのように感想を述べるカムイもアリス。ふたりの瞳が仄かな光を帯びているのが理由だ。現在彼女は〈透視/スケリアイ〉を発動し、壁の向こう側でも見えるようになっているので、霧の中の様子は筒抜けである。
本来は瞳に直接施す魔法なのだが、カムイは特別で眼鏡をかける要領で、眼前に魔法陣を展開することで行使していた。
「だぁー、見えないー」
「ケホッ、ケホッ、砂が、すごい」
彼らとはうって変わって、砂埃に翻弄されるフィリアとケイである。〈透視/スケリアイ〉は難易度が高い魔法なので、1年生で使える人物は数少ない。
「くぅっ――!」
槍の猛攻を矢では捌ききれず、接近戦にも使える仕様の弓で応戦している。が、バンの鍛え相手のフィリアと、メルチェリーダの戦い方以前に武器が異なる。
矢を射る時間を与えられなければ、不利になるのはどちらかなど火を見るより明らかだ。
体に染み込んだ戦い方が逆に仇となっているとも言える。経験はその者の成長を促すと同時に、考えを偏らせる危険性を孕んでいる。
「近距離なら矢が射れないって思うよな?」
槍を弾いて地面に落とし、矢を投げてそれの動きを封じる。
「〈影刺し〉って言ってな。普通は人に使うんだけど、こういうのもできるんだわ」
固定された槍を引き抜こうとするメルチェリーダに、説明しつつ弓を構えた。矢を射れば勝利に近付く――その時、彼の体に衝撃が走る。自暴自棄になったかのように、バンに突進してきたのだ。
――ボンッ。
直後、メルチェリーダの後ろで爆発が起きた。しかしふたりが巻き込まれることはなく、いつの間にか張られていた障壁が彼らを守った。
「――ふたりとも、怪我はないか!」
観客席から険しい表情のカムイが駆けつけてきて、ふたりの身を案じる。不意の乱入攻撃を察し、障壁を張ったのは彼であった。
「アナタ、だったんだ……っ!」
「おっと」
感極まって涙を流しながらカムイに抱きつく少女。驚いたり戸惑ったりせず至って冷静に、幼子を宥めるようによしよしと頭を撫でながら、口を開けて呆ける友人に説明する。
「何処から話せば良いか……。入学式の日に騒ぎがあっただろ? あの時、喧嘩に巻き込まれそうになっていた、女の子がひとりいたのを覚えているか?」
「お、おう、覚えてるぜ」
「プラニスリンテがその時の女の子なんだ」
と、説明するカムイ自身も、抱きつかれる理由は分かっていない。続きを求めるバンにどうしたものかと悩んでいると、彼の背後にふたつの影が現れた。
「すまねぇ、お嬢。賊を取り逃がし――ヒュー、お熱いねぇ」
「茶化すな。久しぶりの再会やさかい、興奮するもんやて」
「ちょ、ちょっと、好き放題言わないでほしいわ。これは感謝の気持ちの表れで仕方なく、そう仕方なくなんだから!」
口笛まで鳴らして茶化す、カムイとアリスも見覚えがあるふたりの姿がそこにあった。先日の夜にお話しした、カルミトスとミルキーのボゼイアン兄妹だ。
顔を真っ赤に言い訳をするも、メルチェリーダは抱きついたままなので説得力がまるでない。
「そなたよ、鼻の下が伸びておるぞ」
「おや、いかんな。プラニスリンテさん、そろそろ離れていただけると助かるのですが……」
「アナタ方を振り切るなんて、分かってはいたけど一筋縄ではいかないわね。あとカムイさん。ワタシのことは、メルト、と呼ぶように」
見事にカムイの懇願を聞き流し、あまつさえ名前の呼び方を押し付けるメルチェリーダ。そんなふたりをニヤニヤしながら見つめるボゼイアン兄妹。
困惑から抜け出せず、謎が増えるばかりのバン。
そして、混沌たる状況を更にかき回す人物がケイと一緒に到着してしまう。
「うぉっ、なにこの状況! ちょー面白いんだけどー!」
ケイと一緒に正規の通路を辿り、観客席から降りてきたフィリアがとても楽しそうな声を上げる。
「詳しい話は後でする。プラニスリ――」
「むっ」
「メルト。襲撃者に心当たりはあるのか?」
呼ばれ方が不服だと頬を膨らませられ、カムイは渋々指示通りの愛称で呼んだ。陽だまりのように爽やかな笑顔に変わり、たじろぎながらも問いかけた。
「心当たりはあるわ。だけど……」
ちらちらとカムイの友人たちに視線を送る。彼らに聞かれると不都合でもあるのだろう。
「大丈夫。俺を信じて」
「分かりました」
カムイの思いが届き、メルチェリーダは惜しみながらも彼から離れる。そして、少年の先程の問いへの返事を語り始めた。
「ワタシの血筋。プラニスリンテは代々、魔族と戦ってきた家系。現レギオン部隊の隊長はマリアン・プラニスリンテはワタシの父なの。ワタシも物心ついた頃には、魔族との戦い方を教わっていたわ」
「そんで、俺様たちボゼイアン家とプラニスリンテ家は、昔っからの馴染みってわけなんだなーこれが」
何故、メルチェリーダが謎の刺客に狙われているのか。何故、ボゼイアン兄妹が彼女に従っているのか。ようやく話の筋が見えてきた。
メルチェリーダは家系が理由で魔族に狙われている可能性が高い。暗殺などの標的になりやすい彼女を守る役目を担ったのが、特異な魔法を行使するボゼイアン兄妹なのだ。
かなり隠密に長けた魔力操作で〈プロテクション〉を張ったのに、護衛を担う者なら術者を見抜いたのも納得である。
「するとだ。お前さんを狙ってるのは魔族なのか? 学園内に魔族がいるってのはおかしな話だけどな」
「意外と復活が早かったな」
「ああ。さすがに時間が経てばいつもと同じだ、ってなったんだよ」
いつもと変わらぬ雰囲気に戻ったバンが予想を口にする。
「魔族なのは魔族。でも、魔族特有の魔力を感じないの」
「よって考えられる手はふたつ。ひとつめは、魔族が自分の魔力を隠蔽している。ふたつめは、魔族が人間を使っているかだ」
「――後者だ」
はっきりと断言したカムイに視線が集まる。当の本人はおかしなことでもいったかなと、困惑気味の表情だ。
独自の調査を行っていたメルチェリーダたちでも、言葉を濁さざるを得なかったのだから驚くのは当然である。
「あくまで今日の襲撃者は、だよ」
「確かに人間じゃった」
「どういうこと? ふたりには見えていたの?」
カムイとアリスは一度お互いの顔を見合い、メルチェリーダの問いに頷いた。
「探し物は得意なんだ」
「あ、あのぉ……立ち話も何だし、移動しない?」
恐る恐る手を上げたケイの提案に、皆が同意するのは時間の問題だった。決闘と大量の情報による心身の疲れを感じていたのだ。




