23.『螺旋』
「フィリアはどの部活に入ったの?」
昨日、聞きそびれたフィリアの部活についてケイが触れた。
「わたし? わたしはね、どこにも入っていませーん」
どうしてその内容で、ここまで堂々としていられるのかを考えた方が負けだ。カムイは既にそれを学んでいるので、驚かずに話を先に進めた。
「気になる部活はなかったの?」
「いやー、いくつかあったんだけど、なんとなーくパッとしなくて。未だに悩み中!」
「無理に入ることはないしな。自分がやりたい研究に時間を費やすのもありだと思う」
誰もが部活に所属するわけではない。その時間を他のことに費やす生徒も少なくないのだ。例えば、自己の魔法研究や、授業で興味を持ったことに注力したりなど、選択肢は豊富であるかるこそフィリアを悩ませた。
「でもせっかく学園に来たんだから、部活やってみたい」
「んー、となると、こういうのがやりたいとか希望はあるのか?」
「楽しいやつ!」
「なるほど」
訊く前に答えは出ていた。出ていたが、やはり直面すると精神に突き刺さるものである。即答に対しカムイも即座に状況を理解。いや、思い知らされて片手を額に添えた。
これ以上、本人を問いただしても埒が明かないと判断し、彼女の隣に座る幼馴染みを頼ることにした。
「思い当たる節はないか?」
「あまり具体的には難しいなぁ……あっ。体を動かすのが結構好きだぜ」
「さっすがバン。わたしのこと、わたし以上に知ってるぅ~」
「何年一緒にいると思ってんだぁ」
カムイの求めている答えを察し、事前に考えていたもののすぐには出てこず、中々見ない角度まで首が曲がった。その甲斐あってか閃いた内容を告げた。
物知りな幼馴染みをフィリアは称賛する。
「あやつ。あれで良いのかの」
幼馴染みらしく仲が良いふたりを眺めながらアリスが呟く。
「難しいだろうな。共に過ごした時間が長ければ良いと言う話しでもない」
「難儀だの」
「人が人である証拠さ」
細い体の何処にしまわれるのか摩訶不思議な量の料理が、フィリアの口に駆け込んでいく様子を、暖かい眼差しで眺めるカムイとアリス。
口についているタレをハンカチで拭き取るバン。
見ていてもどかしさが込み上げてくるが、本人たちの問題だと自分に言い聞かせて視線を外す。
「ごちそうさまでした」
ひとりだけ皿の枚数が違うフィリアの片付けを皆で手伝うのは、もはや彼らの日課となっている。当然持ってくる同様だ。
「次の授業は歴史学か。オレっち苦手なんだよなぁ」
「僕は歴史好きだよ。昔の人の偉業って、何だかわくわくするんだ」
「わっかるー。どうやったのか教わりたいよね!」
「うんうん、本当にそれ」
バンの嘆きをきっかけに、話しに花を咲かせるふたり。
賑やかなムードメーカーなフィリアと、正反対の大人しい人柄のケイではあるが、その性質がお互いの足りない部分を補強し合うだろうか。こういう話の趣旨で盛り上がるのは少なくない。
アリスがいれば空気は違うかもしれないが、今は用事があるので別行動だ。
「言語学は得意なのに、歴史学が苦手というのは珍しいな」
「そういうもんか?」
複雑な表情を隠すべく苦笑するバンに、カムイが話題を振って思考の方向を変えようと試みる。
絶対ではないにしても、言語学と歴史学は繋がっている場合が多い。歴史を紐解くために言語を、言語を理解するために歴史を――と言うように両方を学ぶのが効率が良いとされる。
「切っても切れない関係に俺は思える。どちらか片方が欠けてしまえば、全てを解明することは困難だ。古代言語を話せる友人がいて、昔の話をたくさん聞いたよ。例えば――」
懐かしい友の話をするカムイに興味を惹かれ、聞き入る姿勢に入るバン。胸の中でこの調子だと眼帯少年は思う。
「……」
魔法の気配を感じて話しは続けながら、そちらへと視線を飛ばす。
「あっ――きゃふ!?」
話が盛り上がる時を見計らってか、彼らの前で少女が盛大に転ぶ。顔を床にぶつける形で転んだらしく、お尻が頭より上にある。翻ったスカートの中身をふたりの少年は目撃してしまう。
「おやおや……大丈夫かい?」
「――っ!」
数秒だけ絶景を堪能し、歩み寄ると同時に器用な手捌きでスカートが翻っているのを直し、鼻をさする少女に手を差し伸べる。が、その手はパシンと叩かれてしまう。
「アタシを転ばすなんて、どういう了見なの!!」
「……俺がきみを転ばして、何の得があるのかな?」
「そんなもの決まってるでしょ。プラニスリンテ家の長女であるアタシに恥をかかせるのが目的、そうでしょ!」
叩かれた自分の手を見つめてから、ひとりで立ち上がる少女に首を傾げるカムイ。
赤くなった鼻に片手を添えて、人差し指を転ばせた犯人だと決めつけた相手に向ける。黒曜石の如く輝かしくも思える髪を、左右で螺旋状に巻いた目付きの鋭い少女だった。
入学後よりたった1ヶ月足らずで目立ち過ぎている。そう自負する彼は、日常から何かしらの悪巧みを仕掛けられても、落ち着いて対応出来るようにと身構えていた。
しかし、嫌がらせにしては遠回しに感じる。
「あとっ、絶対に、その……見たでしょ」
鼻だけならともかく、何故か頬も染める螺旋髪の少女。
早く次の教室に向かいたいが、放っておくのも後々厄介になるとカムイは判断し、先にプラニスリンテ家のご令嬢たる彼女を宥めようと行動に出る。
「メルチェリーダ・プラニスリンテ嬢。俺がきみを転ばせた証拠はあるのか?」
「~~っ。こんな段差がないところでアタシが転ぶはずなんてあり得ないわ。それに転ぶ直前に、何かに足が引っ張られたような感覚があったわ。どうせアンタがアタシの、その、下着見たさに、魔法を使ったのでしょう?」
途中で言い淀むも、相当訊きたいのか2度同じ問いかけをする。
「誤解だ。バンはともかく、きみの下着が黒色だろうと白色だろうと俺はどうでも良い。本気で見たければ、転ばせるなんて姑息な手は使わず、正々堂々と正面から懇願するとも」
真剣な眼差しで誠意を伝えるカムイ。
「オレっちはともかくってどういうことだよ! それにカムイってば、真顔で言うことじゃあないぜぇ」
周りにいた生徒もバンと同意見だった。
然れど、2度の問いかけは仕方ないとすれ、魔法が発動した方向すら分からないのかと若干の落胆が、少年にため息をつかせた。彼が己が発言が誤解を招いたと気付くのは、少女が耳まで真っ赤なのを確認してからだった。
「アンタはっ、どれだけの恥をアタシに上乗せさせれば気が済むと言うの!?」
「まずは落ち着くところから始めよう。紅茶を飲みながらゆっくりと――」
「決闘を申し込みます」
槍型の〈ブレイヴ〉を突きつけられ、天井を仰ぎ見るカムイ。
「ちょっと待てってプラニスリンテさんよぉ」
「そこのアンタも同罪よ。この眼帯を叩きのめしたら、次はアンタの番だから、無様にならないようにせいぜい準備しておくことね」
「……な、なんだとぉ?」
仲裁に入ったバンを煽り、即効で怒らせる話術にカムイは感心する。――こいつ、出来るかもしれない。




