21.『調整』
マルセルとの手合わせから数日後。カムイとアリス、そしてケイの3人は武芸部部室を訪れた。すると、他でもない武芸部部長が出迎えた。
「スメラギくん? 武芸部に何か用かい?」
きょとんとした顔で首を傾げる部長。それもそのはず。敗北した以上、カムイの入部はないと考えていた彼にとって、少年がここを訪れる理由など思い付かないのだ。
「入部しに来ました」
「そうだろうとも。オレの不甲斐ない姿を晒したんだ。入部なんて……ん? 今、入部しに来たと言ったのか?」
勝手に納得したようにうんうんと頷いた後、拍子抜けた声でマルセルは聞き返す。
「武芸部に入るために来たんです。正直に言えば、最初はあまり乗り気ではありませんでした。ですが、先輩との手合わせで、自分の足りない部分が見つかりました。なので入部して鍛えたいと思いまして。駄目、でしょうか?」
不安そうな表情からみるみる笑顔になっていき、カムイの肩をガシッと掴んだ。あまりの迫力にケイが後退りするほどである。
「それは本当かい! あとで嘘や冗談だったと言われても聞かないぞ!」
「こんな嘘や冗談を言っても、俺には得がありませんよ」
「そ、そうだな。思いがけないことだったので、ついな」
マルセルが咳払いをして気持ちを落ち着かせた頃、様子を窺うべく副部長が近付いてきた。
「武芸部へようこそ、スメラギくんにケイくん。そして、ヴェンツェルさん。3人全員が入部希望かい?」
突っ走る部長の代わりに、一応の確認を行う副部長。ふたり揃って実力を発揮するのだろうとカムイは予想する。
「俺とケイはそうですが、アリスは付き添いです」
「付き添い?」
「はい。見学も兼ねてですが。武芸部がどのような活動をしているのか直接確かめたいそうで、迷惑でなければ一緒にいても良いですか?」
「構わないとも。第三者の視点は重要だしな」
見学を快く受け入れてもらえて、カムイは胸を撫で下ろす。
「――おおっ!!!」
安堵するカムイに、物凄い勢いで駆け寄る人物がひとり。
「オマエが噂の眼帯野郎か。ふむふむ、なるほど、これが例の魔導書か。このご時世で、あえてブレイヴ化していない、魔導書を使うのは何か理由があんのか?」
早口で捲し立てる白衣を纏った謎の猫背少年。気圧されるカムイを差し置いて、すぐさま隣のケイに興味が移る。
「こっちは……使い手に合わせてちょっと調整されているが、平均的な性能の棍棒型のブレイヴだな。ボクならもっと上手く調整してや――」
「こらこら、怖がってるだろ。ブレイヴ大好きなのは知っているが、新入部員をいじめるのは感心しないぞ」
親猫が子猫の首根っこを加えるように、小柄な体をマルセルがひょいとつまみ上げた。大人しくなるどころか、降ろせと手足をバタバタとさせて暴れる猫背少年。
登場からものの数秒のやり取りで、変わった人物であるのを何となく察したカムイたちである。
「驚かせて申し訳ない。こいつはクロード・D・ヴェルグ。見た目は小柄だが、大のブレイヴ好きで腕利きの調整師だ」
「天才だからな」
ぶら下がった状態で威張る姿は、どうも威厳ある者とは遠く感じる。
小柄な見た目を弄られたのは聞こえなかったのか、褒められた方だけに反応した。
「我々武芸部員のブレイヴなどの武具の類いは、こいつが万全の状態にしてくれるおかげで戦えている」
「この天才を敬ってもいいぞ」
やはり、ぶら下がっている状態で鼻を伸ばしても、確かな能力が備わっていても滑稽な人にしか見えない。
ケイはどんな顔をすれば良いのか迷っている。
カムイは張り付けた笑顔で固定しており、アリスに至っては稽古を行う部員たちに視線を向け、もはや見てすらいなかった。
「よし。早速オマエたちのブレイヴをこのボクが調整してやる。ありがたく差し出すんだ」
「もしこうしてほしいなどの要望があれば遠慮なく言ってくれ。言葉は荒いが、仕事はきっちりとこなすのでな」
こうして入部初日は、軽い説明とブレイヴの調整で終わった。
「くぅーっ。初めはどうなるかと緊張してたけど、何とかやっていけそうでホッとした。ね、カムイくん。……カムイくん?」
歩きながら伸びをして楽しそうに語るケイは、難しい表情の友人に声をかけた。
「ん? あぁ、すまない。考え事をしてて聞いていなかった」
「考え事。部活に何か不満があるとか?」
「うーん。不満と言うより疑問だ。数多くある部活の中でも、武芸部は一番戦闘経験が積める部活だ。レギオンに選抜される人数がそれを物語っている」
たとえ天賦の才を持った人物でも、経験を積んだ凡人に敗北することもある。それほど積み重ねられた実戦経験は重要なのだ。
「だからこそ不思議なのは、序列10位以内がひとりもいないことだ」
「言われてみれば……」
「それなりの実力者はちらほらいたがの」
「これはあくまで俺の予想に過ぎないが、校内の力関係が1ヶ所に偏らず、均衡を保つように手が加えられているのかもしれない」
言ってから少年は苦笑する。もし推測が本当なら、何故そこまでして均衡を保ちたがる理由がよく分からない。幾つか予想はたるのだが、どれも決定打にはなり得なかった。
◆◆◆
カムイらが帰った後の部室にて、クロードは部長と副部長を呼び出した。
「改まってどうしたんだ、クロード。彼らに不満でもあるのか?」
いきなり新入部員と問題でも起こしかねないか心配するマルセルに、猫背少年は首を横に振った。
「いーや、むしろその逆だぜ。あのスメラギってやつの魔導書がヤバかったんだわ」
「カムイくんのが。君がそんな風に言うのは珍しい。話を聞かせてくれ」
自ら話題を振っておきながら、クロードは言い淀んだ。
マルセルとジーデンは先を促さず、話が始まるのを静かに待った。
「今どき、何にしても使う武具をブレイヴ化してないヤツなんていない。そっちの方が持ち運びが楽だからな。でも、メリットがあれば当然デメリットも存在する。起動時に少量の魔力を消費するのと、圧縮魔法を用いる都合で武具に複雑な術式を組み込みにくい」
「噂のブレイヴアルターが希少とされる理由のひとつだな」
「そうだ。術式を複雑化したければ、ブレイヴ化しない方が効率と実用の両方の面で有用なんだ。まあ、レギオンに所属する調整師なら、かなり複雑化しても可能なんだろうが……話を戻そう」
クロードは深呼吸しながら一度天井を見上げた。これから語る自分でも信じられない、現実離れした内容を頭の中で整理するために。
「スメラギの魔導書。もはやあれは、人の手で調整可能な代物じゃあない。認めたくないが、ボクには不可能だ」
「調整不可能……。それは術式が手が加えられないほど複雑になっていると言うことか?」
「複雑と言えば複雑だ。適当にこれ見よがしに複雑化しているのなら、ボクが効率よく調整したさ。でも、あれは違う。綺麗すぎるんだ」
信じられないと言いたげに笑うクロード。初めて見る猫背少年のそんな姿にただならぬ事態であるのだと、話を聞くふたりは察した。
「パッと見は無茶苦茶な術式。けどちゃんと調べたら、おかしいくらい細かく精巧な調整だった。複雑化した全ての術式を魔力伝達速度に特化させ、それだけが他の魔法武具より突出して秀でている。魔法武具に求められる他ふたつ、出力調整、操作性は最低限度役割を果たすだけでほぼ無視だ」
思い切り拳を握りしめる。どう足掻いても届かない領域を前に、己の無力さを思い知らされた気分だった。
もはや精巧という言葉でも足りない、魔法使いの魔力媒介として完璧な代物。
「――そうなるとおかしな点が浮上しないか」
それまで黙って腕を組んで話を聞いていたジーデンが口を開いた。
「出力調整と操作性は何が担っているんだ?」
「訊くなよ、わかってんだろ」
「……」
魔法行使に杖や、魔法武具が必要な理由は至極単純。
細かい魔力操作、出力調整、魔法操作などの複雑な事象を人間の脳だけでは同時に行えないのだ。つまり第2の脳や調節役として杖などを用いなければならない。
もちろん、素手でも魔法の発動は不可能ではない。そのほとんどが暴発し、術者諸とも消え去るが……。奇跡的に発動出来ても、今度は操作や出力で詰まる。
「気を引き締めねばなるまい」
「だな。何処かの誰かさんが、とてつもない新生を入部させてしまったからな」
カムイの入部が、武芸部の今後に大きな影響を与える予兆をふたりは感じた。
「ボクも負けてられない」
本人の預り知らぬところで、3人の先輩の心持ちに変化を与えた眼帯少年であった。




