17.『条件』
「ついに、だな」
武芸部の部室。試合も行える広さと設備が完備された、部室内の闘技場の観客席。バンは何故か、今から試合を行うカムイよりも緊張していた。
「バンくんが緊張してどうするの……」
眼下のカムイとマルセルのふたりを見つめて表情が固いバンに、そう言いながら苦笑するケイも彼と似たような心境だった。
学園序列10位以外のふたつ名が与えられた数少ないネームドの試合が見れるのだ。気持ちが昂らない方がおかしいとも言える。
「しっかり、カムイもよく引き受けたよなぁ」
「あの人、結構熱心だったよね。毎日来てたもん」
「あはは……。フィリアさんの言う通りだね。あの熱烈な勧誘を受ければ、誰だって引き受けると思う」
昼食をとる昼休憩になる度に、毎日カムイの勧誘に来たマルセル。新入生たちの間では、もはや恒例行事になりかけていたほどだ。
断り続ける眼帯少年が引き受けた理由は、彼を気遣ってバンたちがどの部活にも入っていないとアリスに指摘されたからだった。
お昼を共にする友人たちは、心の何処かでカムイにマルセルと戦い、勝ってほしいと望んでいたのだろう。故にこそ、彼が試合を行ってから入る部活を決めても遅くないと、選択を先延ばしにしていたのだ。
「ぶっちゃけよ、どっちが勝つと思うよ?」
「前の決闘とはまた相手が違うから、どうなるか断言は出来ないかな」
「やっぱり、カムイきゅんでしょ!」
「もちろんカムイに決まっておろう」
視界の隅の観客席で盛り上がる友人たちに、思わず頬を綻ばるがすぐに引き締める。試合相手と目が合ったのだ。
「まずは、申し出を受けてくれたことを感謝する。ありがとう」
「先輩の熱烈な勧誘を断れる人がいるなら、是非とも会ってみたいものです」
「ははは……そう言われると耳が痛い。でも――後悔はしていない。たとえ結果がどうなっても、ね」
カムイと一緒にケイも勧誘されていたが、少年の手合わせを見てから決めたいと言った。
もちろんネームドと戦う覚悟が足りなかったのも理由のひとつだ。が、それはあくまで半分である。残りの半分は純粋に、カムイ・スメラギの戦いを見たい気持ちの表れだった。
背中を預ければ心強い。百も承知のその理由を、観客席から自分の目で確かめたかった。
胸中の思いは、既に友人たちに吐露しており、カムイは喜んで参考にしてほしいと快く引き受けた。アリスがカムイの後ろではなく、彼らと同じ観客席にいる理由は、ふたりの手合わせの解説を頼まれたからである。
「申し訳ない気持ちはあれど、手加減するつもりはない。願わくば、君にも本気で来てほしい」
「……先んじて謝罪します。本気では戦えません」
「理由を訊いても?」
少年の目が相手を侮るものなら、マルセルも眉を歪めただろう。しかし、真っ直ぐ自分を見つめる瞳から、真摯な気持ちを感じ取ったが故に口が勝手に動いていた。
「俺が本気で戦う時、それ即ち相手を殺す時だけです」
「――ッ」
「なのだ、出来る限り善処します。それでもよろしいですか?」
ほんの一瞬。一言を口にしたその一時だけ、カムイがわざと発した殺気。それはマルセルに冷や汗をかかせ、納得させるにじゅうぶんなだった。
「……分かった。気にならないと言えば嘘になるが、オレもまだ死ぬわけにはいかない。出来る限り実力を見せてくれれば文句は言わない」
「配慮していただき、ありがとうございます」
「――話は纏まったようだな」
ふたりが条件を確認し終えた頃、審判役として彼らの間に立っていたジーデンが話に割り込んだ。
「ルールを確認する。今回はあくまで実力を確認するための試合だ。相手を過度に傷つける、または殺傷する魔法、戦法の使用は禁止する。こちらが続行不可能、または実力を十分に確認したと判断するか、どちらかが降参を宣言した場合に終了となる。双方、それで良いか?」
「異論なし」
「異論ありません」
ふたりの承諾を受け、頷いた後にジーデンは手を振り上げる。同時にマルセルが〈ブレイヴ〉を起動し、両手にふたつ名通りの鉤爪が装備される。
カムイはいつも通り、腰の本を手に取った。
「レイモンくんとの決闘の時も思ったけど、常時起動型のブレイヴなのかい?」
「先輩が勝てたらお教えします」
マルセルの問いかけに対し、悪戯っ子のような笑みを浮かべて見せるカムイ。
「ぷっ、ははは。勝たなければならない理由がまたひとつ増えたよ」
手合わせをする前からわくわくするのは、いつ以来だろうかと疑問を胸にマルセルは笑う。
もとより負けるつもりはないが、目の前の相手が彼に抱かせるものは気持ちを昂らせると共に、油断すれば終わりだと忠告されているように感じた。
構える手に汗が滲む。
「これよりマルセル・ウィッキンドウと、カムイ・スメラギの手合わせを開始する。双方、構えっ。それでは、試合――開始!」
ジーデンの手が空を切る勢いで振り下ろされた。
思い出せば言葉を失うほど記憶に刻み付けられる試合になろうとは、この時は誰も思っていなかった。




