16.『買物』
学園から一番近い街に、料理の材料を買うために訪れたカムイとアリス。ふたりは当初の目的である買い物が出来ずにいた。
「土地勘は相手が上じゃぞ」
「悔しいけどね」
路地裏を出たところで背後の気配を確認し、追跡者が未だについてこれている事実に落胆する。本気で逃げようとすれば容易いのだが、それでは逆効果だとカムイは判断した。
何故なら追跡者は――マルセルだからだ。
下手に実力を見せれば、更なる勧誘が待ち受けていることくらい火を見るより明らかだ。まさかここまで熱烈に武芸部に勧誘してくるとは思っていなかった眼帯少年は、そろそろ普通に買い物をしようと諦めかけていた。
「はぁ……」
「執拗なまでの追跡。何か理由があるのではないかえ?」
「聞いてから判断しても遅くはないと」
「そうじゃ。それかいっそのこと負かしてみるのも一興じゃろうて」
買い物をしながら検討しよう――と、逡巡するカムイの視界にそれが入った。
メモ用紙とにらめっこするアリスが顔を上げる。視線の先には、一人の魔法使いが店主に文句を言っていた。
男の魔法使いが一般人の店主にいちゃもんをつけていたのだ。
「誰のおかげで商売出来てると思ってんだ? ぁあ?」
この街に慣れていない、はぐれ魔法使いなのはすぐに分かった。
この街の住人は、魔法使いと非魔法使いがお互い協力し合っており、一方的な力関係で成り立っているわけではない。それを知らない魔法使いは、周囲から疎むような視線を一気に浴びる。
「ハッ。だったらこんな店、ぶっ壊してやる!!」
怒りで我を忘れ、魔法のコントロールが上手くいかず、アリスの方へと火球が飛んできた。
「――アリス!」
「ほあっ!?」
人目が多いところで下手な行動はするべきではない。よって少年は魔法を用いて対抗せず、少女を守るように抱きしめて火球を背中で受け止めた。
「ぐ……怪我は、なさそうだな。やっぱり熱いな……」
「カムイッ、どうして」
「体が勝手に動いてしまった。俺もまだまだみたいだ」
理屈はしっかりあれど、発言通りだとカムイは自分自身で理解していた。
同時に、これが魔力を待たない非魔法使いに当たっていればどうなったのかも含めて。
怒りでわなわなと震えるアリスに、買い物袋から取り出した棒付きキャンディを口に突っ込み、唖然とする魔法使いに振り向いた。
「――調子に乗るなよ痴れ者が。そんなに暴れたいなら俺が相手をしてやる。あんたが勝ったら、一緒にその店だけじゃなく、街をぶっ壊そう。ただし、俺が勝ったらその人に跪いて謝罪しろ」
「ハッ、ガキがいきがってんじゃねえよ! この街にお似合いの安い挑発に乗ってやらぁ。責任をオマエになすりつけてやるぜ!」
堂々と責任転嫁を宣言する半端者に怒りを通り越して呆れすら抱く。
「あんちゃん……」
「ご心配なく。店に被害は及ばせません」
「戦場じゃあな、甘ったれたヤツから死ぬん――」
半端者が言い終えるより疾く接近。右手首を左手で掴み引き寄せ、まずは右腕を殴りつけて骨を折る。
「いぎゃあああ!!!」
「うるさい」
次に右手を引っ張り、肘をみぞおちにめり込ませ、そのまま腕を振り上げて顔面にも一撃を加える。最後に体の向きを変え、遠心力も込められた拳を下から顎にぶつけた。
顎からの衝撃は脳へと直接伝わり、半端者はふらついて後ろに倒れる。
「おっと。どうやら本当の戦場を知らない、口先だけのぺてん師だったか」
襟元を掴んで倒れる方向を変え、ゴミのように投げ捨てた。
口元からよだれを垂らす半端者と、同じ目線になるようにしゃがみ、何を考えているのか分からない無表情でそっと告げる。
「――良かったな街中で。ここでなければ、二度と魔法を使えないようにしてやったものを」
「ひっ――」
「声を出すな。お前が口にしていい言葉は何か、分からないわけじゃあないよな?」
変に声が漏れないように口を両手で防ぎ、大きく何度も頷いで同意を示した。
「みなさん。ぼくのような世間知らずが、大変ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません!」
深々と頭を下げ、大声で謝罪した。
一連の謝罪を見届け、立ち去ろうとするカムイは店主に捕まった。周りには人だかりが出来、勇気ある少年を讃えたのだ。
「きみ、アルドラント学園の生徒だろ。いやぁ、おかげで助かったよ。ありがとう」
手を掴んで腕をぶんぶんと上下に振り、笑顔で感謝を述べる店主。彼を筆頭に周りの人たちがカムイを称賛し、買い物は予定よりも安い金額で、多い品物を持って帰ることとなった。
「圧縮バッグがいっぱいになるなんて……」
「時には感謝されるのも良いじゃろ?」
「こうなると分かっていたのか?」
「さての。わらわが予言者ではないのは、そなたも知っておろう」
良くも悪くも、確かな気分転換になったのは間違いない。
両手いっぱいの買い物袋の重さをしっかりと感じながら、夕方の涼しい風に髪を揺らすふたりであった。
そして、活躍の一部始終を武芸部の部長に見られていたのを、後日思い出すのも何かの巡り合わせなのかもしれない。




