12.『弁当』
全寮制の学園生徒が食事を行う場所は数少ない。
学園内にあるふたつの大食堂が代表だが、そこに生徒のほとんどが集まる。他には園内の各所で生徒が運営と販売を行う安心安全とは言い切れない売店や、学園から出たところの味が保証された屋台が彼らの食事処だ。
しかし、何にも抜け道は存在する。
「ぅおいすぃいいいいいいいいい!!」
並べられた弁当の中にあった卵焼きを食べたフィリアが、同席する者たちの恥じらいそっちのけの大声で美味しさを伝える。
「んでも、外で食べる生徒って少ないのな。青空の下で食べるってのが最高なのによ」
ちらほらと彼らと同じ選択をした生徒はいるにはいる。が、多くても両手で数えられる程度だ。
当然、カムイたちも食堂を利用していたのだが、祝杯の翌日にバンが口を開いた。――外で食べたい。
彼の一言をきっかけに、料理が出来るカムイが寮の食堂を借りて弁当を用意し、学園の各所にある広場で食べることとなった。毎日作るのは大変なので、休み明けの登校日のみの条件付きで5人の外での食事が決まった。
「あそこの凄さを見れば驚かないさ。ははは……」
「カムイきゅんの目に生気がないよ!」
「手伝ってくれって言われて行ったら、まさかあんな有り様だとは、オレっちも予想外……」
「魔法使いらしい、と思えば少しは……」
食堂の調理場の光景を思い出し、カムイの目が遠くを見つめる。彼と同様に他の男子ふたりも同じ目になる。
カムイひとりに押し付けるのは悪いと、手伝いを申し出ていたバンとケイも凄い光景を共有したのだ。とても調理場とは言えない光景を……。
そんな経緯があったにも拘わらず、カムイが作った弁当は皆が絶賛する出来栄えだった。
「校則では禁止されていなくても、わざわざ外で食べるって考えにならねぇんだろ。魔法使いの多くは、誇り高く合理主義だからなぁ」
「ああっ! それはわらわのからあげじゃぞ!」
「早い者勝ちだぜぇ、お姫さん」
賑やかな日々が日常になろうとしている。耳を塞がなくても良い音が心地好く、カムイが一番食べていなかった。
「――あら、とても楽しそうね」
「うおっ!?」
生徒たちが外で食事をしない理由がやって来た。
「ビックリするなんてヒドーイ」
手くらいの大きさだろうか。背中に羽が生えた小人が声をかけてきた。古来より人や動物を惑わせる世界の小さな住人――妖精である。
「やっべ。何されるかわかんねえぞ」
「失礼ね!」
「大丈夫だよ、バン。彼女たちが悪戯をするのは、ちゃんとした理由があるんだ」
本来彼女たちは自然豊かな場所で暮らしているが、魔物に襲われる危険がなく、木々が多い校内に好んで住んでいるのだ。悪戯好きの性格で、生徒たちをからかうのが日々の楽しみと本人たちも語るほど。
学園も、生徒たちのちょうどいい鍛錬になると居住を認めている。
この時期に餌食となるのは、やはり新入生が多い。
しかし、カムイは彼女らが悪戯をする理由を知っているようで、慌てて立ち上がろうとしたバンに安心して良いと告げる。
「そうですよね、我らの隣人よ」
「見た目は怖いのに、礼儀正しいのね。アタシはオフェリア。アナタの名前を聞かせてほしいわ」
「カムイ・スメラギと申します」
同じ弁当を囲む友たちが、貴族かと疑う程の綺麗な所作で少年は名乗った。
「スメラギ、ね……ふぅん。イイ名前、覚えたわ。じゃ、またね」
オフェリアと名乗った妖精は、名前を訊いたカムイにだけ手を振り、何処かへと飛び去っていった。
「今のが悪戯されない方法、なのか?」
「うん。小柄な見た目だから、どうしても見下したり侮ったりする。けど、妖精は俺たち人間より長命なんだ」
「わかった! 年上は敬う、だね!」
拳を開いた手のひらに打ち付けるフィリア。はっきりと言わないように、あえて言葉を濁したカムイは苦笑を返す。
良くも悪くも、彼女は思ったことを口にするのだと改めて実感した。
「ま、まぁ、間違ってない」
「つまり、無礼な態度だと悪戯されて、礼儀正しく接したら大丈夫なんだね」
「ああ。話をするのが大好きだから、時間に余裕があれば声をかけてみると良い」
頭を抱えるカムイの代わりに、ケイが結論を述べた。
「ケイ坊は賢いやつじゃの。棒の扱いはまだまだじゃが、知力はそこそこある。参謀や策略を巡らすのが向いているんじゃないかえ? 偶然、その分野に詳しい者がここにおるしの」
誇らしげな顔で相棒を見上げるアリス。見上げられた側は、ケイへと視線を移した。
「ケイなら戦略を練ることも、戦術を極めることも出来ると俺は思う。アリスはこう言っているが、興味があればで良い」
「うーん……。すぐには決められないかな。ちょっと時間をもらってもいい?」
「時間も何も、焦らなくて良いんだよ。選択肢が増えたと思えば」
年頃の若者らしく悩むケイに、懐かしい人物を重ねた少年の目が細くなる。
「カムイきゅんカムイきゅん。戦略と戦術って何が違うのよ?」
「バン、訊かれてるぞ」
「いやいや、今のは明らかにどころか名指しだったでしょうよ」
やれやれと両手を振るバンだったが、結局彼がフィリアの問いに答えることとなった。
「チェスをイメージしたら分かりやすい。どの駒をどのように動かすのかが戦略。動かされる駒が持つ能力が戦術だ」
「……カムイきゅん、どゆこと?」
「ガーン。……どうせオレっちなんて、オレっちなんてぇ……」
ちゃんと最後まで聞いたフィリアが、カムイに説明の補足を求めた。容赦ない彼女の辛辣な諦めに心が折られたバンは、背中を向けてひとりいじけるのだった。
「次はケイだな」
「僕!? わ、分かった。やってみる。簡潔に言えば、戦略は戦いに勝つための作戦。バンとフィリアは前衛で、僕は後衛で援護する――みたいな」
「ふむふむ」
「戦術は戦い方。フィリアは拳を駆使してどう戦うか、足も使おうかとか。――みたいな。戦場全体のことを考えるのが戦略。個人だけに焦点を当てたのが戦術だと、僕は捉えているけど……どうかな?」
「うん! たぶん! みんなで一緒にやるのが戦略。わたしひとりだけが戦術。どうよ!」
謎の自信に満ちたフィリアが、解釈したことを自分なりの言葉で翻訳する。
全然違うのなら否定しやすいが、あながち間違っていないだけに、ケイはどう反応すれば良いのかわからないようだ。
「正解。フィリアも作戦を考えたりしてみる?」
「イヤだ! そういう頭を使うのはカムイきゅんとケイケイに任せる」
堂々と胸を張って宣言する。下手に遠慮せずに丸投げだが、ここまで来るとむしろ清々しかった。




