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黄昏の銀月~Until my Life runs out~  作者: 入山 瑠衣
第一章『入学式』
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11.『確認』

「――良いのか?」


 月が天上に昇る頃、隣のベッドから声がかかる。いつもなら既に寝ているアリスのものだった。


 規則正しい小さな寝息が聞こえてこないので、カムイは半ばこうなると予期していた。


「……」


 月明かりに淡い光に照らされた天井を見上げる少年は、投げ掛けられた問いの意図を理解していた。


 ――馴れ合うのは良いが、後々邪魔にならないか?


 彼女はカムイが誰と交友関係を築こうと、文句を言うつもりはない。ただ、確認するだけ――本当に良いのか、と。


「あやつらと似たような輩じゃと思うがの。必要とあらば、手段なぞ選ばぬ。そなたやわらわの正体を探るべく、()の者たちを利用するやもしれぬぞ」


 殺気を飛ばした者は、ふたりが入学前まで相手にしてきた連中に近しいとアリスは予想する。


 彼女の予想が正しければ、馴れ合った者たちとは関係を絶ち、保守に入るのが賢い選択だ。


「そんな馬鹿なことをしようものなら、相手が誰であろうと全員叩きのめしてやるさ」

「ふふ、そなたらしいの。じゃが、わらわとの約束(・・)、よもや忘れてはおらぬよの?」


 久しぶりにアリスの笑い声を聞き、頬を綻ばせたカムイの返事が遅れる。


「忘れたことなんてない。あの約束は、俺が生きる理由でもあるんだ。だけど、大切な相棒の息抜きにもなっているようだし、こういうのんびりした旅路も悪くない」

「そうじゃの」

「それに、親友が過ごしたがっていた日常なんだ。大切にしたいんだ」


 お咎めはなさそうだと少年は密かに胸をそっと撫で下ろす。が、油断しきった彼の上に何かが飛び乗ってきた。他の誰でもない――アリスだ。


「――そなたが悪いのじゃぞ。そなたが、わらわを昂らせるようなことを言うから……体が疼いて仕方がないのじゃ」


 双眸を赤く光らせた捕食者がそこにいた。小さな口から覗くは、獣のそれのように鋭く、少女のものであるが故に細い牙。


「――くっ」


 2本の細い牙が少年の首筋に突き立てられ、初めてではない痛みで声が出てしまう。念のため、部屋に張ってある結界が機能しているか確かめ、大丈夫だと分かると体の力を抜いた。


「こく……こく……こくん。まるで箍の外れた獣じゃの」


 カムイを見下ろすアリスが自嘲するように呟いた。


「アリスに食べられるなら本望だ」

「ほんにそなたは罪深い奴じゃ」

「――っ!」


 首筋に残る小さな傷に口づけして少年の反応を楽しむ。


「初めての時はあんなに声を上げておったのに、可愛い気がなくなったの」

「何回目だと思っているんだ……。手足の指を合わせても足りな――いっ」


 減らず口を叩くカムイの傷口に指を沿わせる。ビクッと肩を震わせる少年にニヤリと口角を上げ、アリスはそっと呪文を唱えた。


 指が傷口を撫で、やがて痛みはなくなった。


「本当は残しておきたいが、バレると面倒じゃから仕方なく治してやったわ」

「ありがとう。中途半端な傷だから、治りかけが痒くて大変なんだ」

「世界中、何処を探しても、わらわらの毒に侵されぬ人間はそなただけじゃろうて」


 見下ろす瞳は元の色に戻っていた。身体が欲するものを与えたのだ。


「話を戻すが、バンたちとは今後も交友を続けるつもりだ。俺のためでもあるし、アリスのためでもある。頃合いを見計らって真実を話し、敵対するようなら……考えたくないがな」

「そなたが決めたことなら、わらわは共に行くだけじゃ。鍛えれば戦力になるかもしれんしの」


 バンたちのことを指して笑みを浮かべる少女を、カムイはひょいと抱き上げて隣のベッドに寝かせる。朝になればあの抱き枕の出番が来ると知りながら、儚い抵抗を続けるのも彼の日課だ。


「アリスが俺以外を褒めるのは珍しい。明日は雪かな」

「春、真っ盛りじゃ。雪なぞ降ってたまるか。わらわが寒いの苦手なの知っておろうに」

「あえて言ったに決まってるでしょ。何年一緒にいると思ってるんだよ。身長と体重とスリーサイズまで知っていると自負する俺である」

「気持ち悪っ」


 優しく微笑んで語るカムイに、自分の腕で自分自身を抱きしめながら引き気味のアリス。


 その反応に眼帯少年は眉をピくつかせ、不敵な笑みを見せつける。


「気持ち悪いとは良い度胸だ。俺のことなら隅から隅まで何でも知っている貴様に言われたくないなあ?」

「相棒についての全てを知りとうなって何が悪いかっ。わらわなりの気遣いを素直に受け取れんとは、そなた、女子(おなご)に好かれんぞ。まぁ、わらわは海より寛大な心の持ち主じゃ。愛想尽かすことはないから安心したまえ」

「ははー、よくもまぁ寛大なんて言えたものだ。水溜まりより狭いだろうに。じゃ、おやすみ」


 会話にならないと判断し早々に切り上げ、身を翻して自分のベッドで横になる。隣のベッドから数々の文句が聞こえてもカムイは心で耳を塞ぎ、迎えに来た眠気へと大人しく従った。


「このバカ者が……およ?」


 まだまだ文句を言うつもりだったアリスが首を傾げ、耳を澄ます。すると、聞き慣れた規則正しい寝息が届けられた。腰に手を当て、むすっとした表情が途端に母親のような穏やかな表情に変わる。


 たくさんの悪口や文句を口で言っても、本心ではないと相棒に伝わっているのを知るが故に数が多くなるのが悪い癖だ。


 アリスの中で、カムイの存在は唯一無二。逆も然り。


 言葉を重ねなくとも、彼らは時間を重ねてきた。


 ――生きながら死んでいた者。――生きる意味を失った者。


 互いの欠けた部分を補い、死ではなく生を選んだ理由こそ……。


「まったく、大きくなってもそなたの寝顔は変わらぬの」


 そっと髪に触れようとしたら、丁度寝返りを打ったので警戒したが杞憂に終わる。


「可愛い寝顔じゃ。思わず食ろうてしまいたくなるほどにのぉ……」


 指先で前髪を掻き分け、少年の愛らしい寝顔を眺める。


 窓から差し込む月明かりが、少女の髪に反射する。普段の夜空の如し黒から、相棒のそれよりも白く美しさを纏った白銀色の長い髪に――。

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