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黄昏の銀月~Until my Life runs out~  作者: 入山 瑠衣
第一章『入学式』
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10.『夜道』

「はあー、食った食ったー」

「ねー、おいしかったー」


 寮への帰り道。先頭を歩くバンが、膨らんだお腹を叩いて満足そうに言った。大食いのフィリアには劣るものの、彼もケイが顔を引きつらせるほどの量を食べたのだ。


「あれだけ食べればそうなるよ」


 物足りないなどと言えば、川を探して放り込んで頭を冷やさせるところだった。


 冗談を思い浮かべるカムイが足を止め、つられて他の面々も立ち止まった。


「どうした? 腹痛か?」

「ううん。少し涼んでから寮に戻るよ」

「俺を置いて先に行け、ってやつだね!」


 心配そうな表情のバンに返事をし、何故かフィリアは楽しそうだ。


「分かった。風邪引くなよ」

「また、明日」

「ああ、もちろんだ」


 バンとケイは先に行くが、フィリアが妙にニヤニヤして一向に歩き始める気配がない。


「おい、ニヤニヤ」

「なんだね?」

「空気を読んでくれるとありがたいんだが?」

「ふむふむ、仕方あるまい。ニヤニヤ。では、さらだば」


 屋台でサラダを食べた影響か、最後の立ち去る際の台詞は間違っていた。だが、当の本人は全く気にも止めず、子どものように寮へと走っていった。


 残るはカムイとアリスのふたりのみ。バンたちを先に行かせた理由は、涼むためではなかった。


「……狙いは俺たちか。――そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」


 何故なら、入学式、強いては学園の門をくぐる直前からずっと、彼らを尾行する者がいたからだ。狙いが誰なのか確かめるため、バンたちを離れさせたが気配は遠くならず、残された答えはふたつにひとつである。


「――さっすが、謎の新入生クンだ。俺様の隠蔽魔法は上級生でも見抜けないってのによぉ」

「キモっ……おっと失礼、つい本音が」

「誤魔化せてねえぞぉ?」


 左右で色が違うピエロの仮面を上半分だけ被った、声と見た目から判断するに男子生徒だ。仮面で隠れない口から伸びる長い舌、くねくねと動く手足。

 カムイがつい本音を漏らしてしまうほど、気持ち悪さを感じさせる容姿だ。


 彼はともかくアリスに至っては、まるでゴミを見るような目である。


「冗談はさておき、目的は何だ? ファンなら申し訳ないがサインは考えていないんだ」

「冗談をさておけてねえよ。相手によってノリを変えるタイプかぁ。疲れるから普通に話してくれや」

「……仕方ない」


 疲れさせる見た目の奴が何を言っているのやら、と言う本音を呑み込んで仕方なく仮面の提案を承諾した。左手は腰の本に添えてだ。


 学園内だろうと、外よりはマシなだけで安全ではない。自分の身は自分で守らなければならない。


「喧嘩するふたり、あとはケイを取り囲んでいたトッド一味。やったのは――きみ(・・)でしょ、ピエロのお仲間さん」

「――なんや、気付いとったんかい。悪いやっちゃなあ」


 何もない場所にカムイが笑いかけると、景色を捲るようにして赤い髪の少女が姿を現す。入学式前に喧嘩をしていたふたりと、先日のトッドたちの動きを封じた人物だと、カムイは迷いなく言い切る。


 獣の如し鋭い目付きと、アリスは正面から睨み返す。悪い癖が出たなと少年はため息をついた。


「気付いたのは偶然だよ」

「他のヤツらは誤魔化せても、ウチらは誤魔化せへんで。面白そうやから、ちょっかいかけたろ思たら、途中で邪魔したことくらいバレバレやで」

「怪我をさせるつもりだっただろ。それに、あの時点ではバレていなかったと思うけど?」


 カムイが聞いたことのない独特な喋り口調で、何を言っているのか内容を理解するのに時間を要した。頭の中を整理する時間を稼ぐべく、彼は仮面の方へ問いかける。


「そこまでお見通しかいな。こいつが使ったものは、偶然でどうにかなるような甘い代物ではない。なら打ち消した犯人がいるはず。すぐに周りを確認したら、見つけた。混乱する新入生の中で、落ち着いた態度のお前さんらをな」


 喜怒哀楽のどれが強く表面化しても、冷静さを失うには十分だ。


 戦い方をカムイに教えた師匠は「落ち着きを忘れた者から死ぬ」と口癖のように言っていた。そのため、天変地異が起きてようやく驚く程度の余裕を、少年は常に持ち合わせているのだ。


 今回はその落ち着きが裏目に出てしまったが。


「となると、トッドたちに手を出したのは、俺の戦う姿を見て判断するため。回りくどい方法を選んだものだ」

「悪いことばかりではなかったと思うけどねぇ。おかげでお友だちとの絆を深めれた」

「入学して1週間で、余計な注目を浴びているがな」


 噛みつきそうなアリスの頭を撫でて宥め、仮面の奥の瞳を見据える。カムイの実力を判断するために、ケイは巻き込まれたと言っても過言ではない。


「話を戻そうや。何でお前さんたちをつけてたか。理由は簡単。夏にやるプレアデスに俺様たちは出る」

「やっぱ、強いヤツを仲間にしたくなるやん?」

「そうか、プレアデスか」


 学内対抗魔法競技大会――プレアデス。


 学園の生徒たちが魔法を用いた様々な競技に参加し、優勝すれば豪華な景品が獲得可能な大会である。

 参加自体は自由で、その有無が成績に響くことはない。が、名声を得るには持ってこいの場所として、生徒のほとんどが出場するのが例年のお決まりだ。


 仮面が強い仲間が求める理由は、大会一番の目玉競技、生徒対抗試合が3人1チームで行われるからだ。


「1年生のほとんどは参加しないと聞いたが?」


 学園生徒が競うと言えど、中には怪我を負う内容のものや、最悪死ぬ場合もあり得る競技が含まれる。回復魔法などの生き残るのに必要な魔法の扱いが拙い1年生は、その影響で参加しない者が多かった。


 カムイは競技がどんなものか発表されてから、参加するか否かを決めるつもりだった。


「きみたちの実力は新入生の中で抜きん出ているのは分かる。だからこそ、白黒つけたいと思うのが魔法使いの(さが)だと返そう」


 微笑んで答えるカムイに、仮面男と赤髪少女はしばらく呆気に取られる。が、次の瞬間、お腹を抱えて盛大に笑い出した。


「プッ、ハハハハハッ。うん、面白いよお前さん」

「あー、お腹痛い。久しぶりにこんなに笑うたわ」


 数分後、落ち着きを取り戻すと仮面男が仮面を外した。


「忘れてた。俺様はカルミトス・ボゼイアン。お前さんならカロンで構わない。で、こっちが妹の――」

「ミルキー・ボゼイアンや。アニキ共々よろしくやで」


 仮面を外したカロンの目元は兄妹と言うだけあって、ミルキーとそっくりだった。


 カムイも彼らに倣って自己紹介しようとするが、もう知っていると断られたが握手は交わした。


「突っかかりにくいと思ってたけど……案外話しやすいな」

「表情が乏しい奴故に、よく誤解を招くのじゃ」

「せやな。顔で損しとるわ」


 アリスも交ざってカムイが的になる。


 先程まで威嚇し合っていたのに、仲良くなるのに時間は必要ないのだろう。本能で動く者同士、類は友を呼ぶというやつか。


「こんなことなら初めから話しかけとけばよかったなぁ……」

「ウチは最初から言うてたのに、人見知りしてたのはアニキやろ。自業自得やて」


 落ち込むカロンの背中を擦って励ますミルキー。


 仮面を外してからふたりの雰囲気が、心なしか明るくなったような気がする。こちらが兄妹の本当の顔なのだろう。


「すまんかった。次は正々堂々真正面から話しかけるぜぇ」

「バカアニキ共々悪かった」


 頭を下げるふたり。やり方は間違っていたが、やりたかったことは間違いと言えなかった。


「もし、また同じことしたら遠慮なく全身の関節を外すから、覚悟しておいて」

「お、おう……」


 月明かりに照らされたカムイの笑みに、身震いして思わず後退りするカロン。ミルキーは彼の後ろに隠れてしまった。


「そうじゃ、そなたらよ。ひとつ訊きたい。決闘の際、観客におったことは知っておる。わらわたちが勝利した時、そなたらは殺気を感じた(・・・・・・)か?」

「俺様は何も」

「……ウチは感じた」


 感覚は妹のミルキーの方が優れているらしく、兄のカロンは何も感じなかったらしい。赤髪の少女が怯えたように兄の腕で自分を抱きしめた。


「ほんの一瞬や。ほんの一瞬、氷で突き刺されたかと思ったで? でも、誰なのかは分からんかった」

「そうか。思い出させてすまぬの。特別にこれでおあいこにしてやるでの」


 震える少女の頬にそっと手で触れ、優しく微笑みかけた。やがて生気が顔に戻ってくるのを確認し、再びにっと笑顔を見せた。


 怖がる少女に笑いかける相棒を、いつ何が起きても良いように、カムイは腰の本に手を添えた状態で眺める。


「勝負の場では、遠慮せずかかってこい。ちゃんと叩き潰してやるぞ――カムイがな」

「俺かよ」


 眺めていたのがバレており、振り向いたアリスの指先が鼻につんと当たる。


「楽しみだねぇ。まぁ、プレアデスまでに手合わせはするだろうからよぉ、そんときは……」

「もちろんだ」


 男子ふたりが拳を付き合わせる光景を、残された女子ふたりは微笑ましい表情で見守るのだった。

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